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No.333 「出産時の低酸素症により脳性麻痺に罹患した新生児が、身体障害者等級1級の後遺障害を負い、その後に死亡。胎児心拍の連続的な監視や頻繁な監視を実施しなかった医師に過失があるとして病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

鹿児島地方裁判所平成15年1月20日判決 判例タイムズ1164号257頁

(争点)

  1. 医師の注意義務違反の有無
  2. 医師の注意義務違反と脳性麻痺発症との因果関係

(事案)

X1(胎児の母)は、平成3年3月30日の初診以来、約1か月おきにY医師が開設するY産婦人科(以下、Y医院という)において妊娠経過の診察を受けてきた。

平成3年10月19日早朝、X1は、陣痛が始まったため、Y医院に架電し、午前6時50分ころ、Y医院に到着して入院し、内診室に通された。

同日午前6時55分ころ、Y医師は、X1を診察し、子宮口が2.5センチメートルほど開大し、子宮頸管の展退度も90%と進んだ状態であったが、胎児の位置はマイナス3(児頭の下がり具合をプラス3からマイナス3までに区分するもので、マイナス3は児頭の下降がない状態を表す)であった。

同日、午前7時2分ころ、Yは、X1に分娩監視装置(妊婦の腹部に装着し、胎児の心音及び陣痛の状況等を検知してモニターに表示し、記録する装置。子宮の収縮と胎児の心拍数を同時に、かつ、連続して検知し、記録することができるため、胎児仮死の診断に有効とされている)を装着させ、7時15分ころまで経過を観察したところ(以下、分娩監視装置を使用して胎児の心拍数と子宮の収縮を検査し、記録することを「モニタリング」という)、一過性の頻脈は2、3度みられたものの、遅発性一過性徐脈や変動性一過性徐脈、基線細変動消失等の胎児仮死の徴候は見られなかったため、正常と判断し、一旦モニタリングを中止して、他の患者の手術のため内診室を出た。

当時、Y医院にはB市立病院に所属するH医師がY医師の要請により、Y医院において他の患者に対する手術を行うため、午前6時30分ころから在院していた。H医師は、Y医師とともにまず他の患者に1名に対して帝王切開手術を行い、次に別の患者に対し子宮筋腫手術を行った。

同日午前7時32分ころからモニタリングが再開され、7時40分ころに他の患者の帝王切開手術が終了したことから、8時7分ころ、Y医師は内診室に戻ってX1を診察したところ、子宮口が全開し、子宮頸管の展退度は100%であったが、胎児の位置はなおマイナス2であった(この遷延は回旋異常や児頭骨盤不均衡等の異常があったことを示唆する)。

Y医師は分娩を進行させるため人工破膜を施行したところ、羊水が流出したが、混濁は見られなかった。その後、Y医師は別の患者の子宮筋腫手術のため再び内診室を出た。

同日9時ころから、モニターに変動性一過性徐脈(これだけでは胎児の切迫仮死兆候とはいえないが、陣痛に関連した臍帯ないしは児頭への圧迫が胎児循環に影響していることを示す)が現れるようになった。

9時28分ころ、モニタリングが中断され、手術を終えたY医師が内診室を訪れてX1を診察したところ、子宮口は全開大、子宮頸管の展退度は100%、児頭の位置はマイナス2と変わらなかった。そこで、Y医師はX1に対して歩行等で体を動かすことを勧めた。

同日9時58分からモニタリングが再開されたが、Y医師は、それまでの経過を考慮した結果、分娩のための積極的な処置を行うことにし、10時1分、モニタリングを中止し、10時5分ころ、高圧浣腸(陣痛や児頭下降を促進する効果があることがある)を実施した。

同日午前10時25分ころ、Y医師は、硬膜外麻酔を施したうえで帝王切開手術を行う意図のもとに、X1を内診室から分娩室へと移動させた。

診療録には、分娩室への移動の記載に続き、10時30分にモニターを開始し、KHT(超音波ドップラー装置。以下「ドップラー」という)による胎児心音検査の結果が良好であった旨の記載がある。

このころ、X1の陣痛周期は2分間隔、血圧は100mm/hgであり、子宮口は全開大であったが、胎児の位置はなおマイナス2であった。Y医師は、X1から痛みが強く我慢出来ないとして帝王切開手術を要請されたため、帝王切開を行うことを決断し、X2(X1の夫。胎児の父)に連絡して承諾を得た。

同日午前10時33分、Y医師は麻酔チューブ挿入による硬膜外麻酔を開始した。

診療録には、麻酔開始の記載に続き、「KHT.12、11、11」の記載がある(これはドップラーで胎児心拍数を5秒間で3回計測した結果、1分当たり144ないし132であったことを示す)が、麻酔記録には胎児心拍数の記載はない。

Y医師は、H医師にX1の手術を依頼し、同日午前11時5分、H医師は執刀を開始し、同日11時9分、X3(女児)を取り出した。

取り出されたX3は、第1啼泣、筋緊張がなく、皮膚の色も白色(チアノーゼよりも進んだ状態)で反射もみられず、心肺停止の状態でアプガースコアは0点であり、仮死状態というよりもむしろ死亡に近い状態であった。

H医師は、直ちにX3に対して気管内挿管し、吸引した上で酸素投与を行い、心マッサージを行った。H医師はボスミン及びメイロンを投与しようと看護師に指示したが、手に入らなかったことから直ちにB市立病院に連絡して、応援の医師を呼び出し、更に蘇生術を続けたところ、午前11時30分ころ、心拍数が90から100台/分に回復し、11時32分には自発呼吸も回復、11時40分にはバビンスキー反射が再開し、B市立病院に転送された。同日午後0時15分ころ、X3はB市立病院新生児センターで集中治療を受けた。

X3は平成3年11月27日までB市立病院で入院治療を受けた後、同月28日から平成4年2月28日まで国立C病院で入院治療を受け、その後も同病院で通院治療を受け、平成6年8月31日まで自宅でX1、X2らによって介護された。X3は、この間、平成4年5月1日、脳性麻痺による両上下肢の機能の著しい障害があるとして、身体障害者等級1級の認定を受けた。

平成6年9月1日、X3は重症心身障害児施設に入院し、平成14年7月まで、医療措置や介護を受けてきた。その間、県立こども総合療育センターで脳性麻痺に起因する両股関節周囲筋解離の手術等を受けるため入院した。

平成14年6月下旬ころ、X3は、呼吸困難に陥り、同年7月13日にはD総合病院に入院して、気管切開手術を受け、同月18日には一旦施設に戻ったが、翌19日、心肺停止の状態に陥ったため、D総合病院に搬送されたものの、気管内壁より動脈性出血が発生し、気管腕頭動脈瘻及び出血性ショックにより、同月26日、死亡した。

そこで、X1及びX2は、Y医師に対し、X3が出産時の低酸素症により脳性麻痺に罹患し、身体障害者等級1級の後遺障害を負い、その後に死亡したのは、Y医師が胎児の心拍数の監視を怠り、胎児仮死の兆候を見逃したため、帝王切開手術の開始が遅れたことに原因があると主張して、Y医師に対し、債務不履行に基づく損害賠償を求めて訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
9432万6784円
(内訳:新生児の逸失利益3357万2098円+新生児の慰謝料2500万円+父母の慰謝料2名合計1000万円+介護費用1572万4000円+医療費56万0047円+葬儀費用97万0640円+弁護士費用850万円。遺族が複数(父母)のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
6174万6440円
(内訳:新生児の逸失利益2409万0312円+新生児の慰謝料2500万+介護費用552万5400円+医療費56万0047円+葬儀費用97万0640円+弁護士費用560万円。遺族が複数(父母)のため端数不一致。)

(裁判所の判断)

1.医師の注意義務違反の有無

裁判所は、まず、X3の脳性麻痺の原因は、常位胎盤早期剥離による胎児仮死(低酸素状態)であったと認定しました。

そして、胎盤剥離による胎児仮死が発生した時期については、証拠上明らかではないものの、分娩監視装置による記録が残っている午前10時1分ころまでは、既に午前9時ころに出現していた胎児心拍の変動性一過性除脈がたびたびみられたものの、これだけでは急速分娩が必要な胎児仮死の徴候に該当するとはいえないが、これから約1時間8分を経た午前11時9分の娩出時には、X3の仮死状態はアプガースコア0の重症であり、ほとんど死亡に近い状態であったことに照らし、モニタリング中止時である午前10時1分ころから11時9分の娩出までの間の比較的早い時期に発生していたことが推認されるとしました。したがって分娩監視装置による監視及び記録が10時1分ころ以降も継続されていたとすれば、硬膜外麻酔を開始する以前に異常徴候を察知することができた可能性があると判示しました。

裁判所は、午前8時7分過ぎころには、胎児の下降がはかばかしくない遷延分娩であったため、人工破膜が行なわれ、その結果羊水が失われて、圧迫が生じやすい状態となっていたこと、午前9時ころ以来変動性一過性徐脈が出現し、午前10時1分ころの監視装置によるモニタリング中止の直前ころにもこれが引き続いて現れており、胎児の循環系に負荷がかかっていることが十分うかがえる状況であったことからすれば、Y医師は、帝王切開のための硬膜外麻酔を開始する以前及び開始後において、胎児仮死の徴候がみられないかどうかについて、分娩監視装置による連続的な監視を行ない、ドップラーによる胎児心拍の監視しかできなかったとすれば、きわめて頻繁にこれを実施すべき注意義務があったと認定しました。

その上で、Y医師が10時1分の分娩監視装置によるモニタリングの中止後、監視装置またはドップラーによる胎児心音の検査を診療録に記載された2回以外に行ったとは認められないことから、Y医師がこの注意義務を尽くしたとは認められないと判断しました。

2.医師の注意義務違反と脳性麻痺発症との因果関係

裁判所は、Y医師が硬膜外麻酔を開始した後にも継続的な胎児心拍数のチェックを行ない、異常を検知した後直ちに腰椎麻酔に切り替えて帝王切開手術を開始していたとすれば、麻酔薬剤の注入後短時間でX3を娩出することができ、その後の蘇生術に要する時間を考慮しても、X3の低酸素状態を実際にかかった時間よりも早期に解消し得た確率は高かったと推定されると判示しました。

さらに、胎児仮死による低酸素状態の継続時間と脳性麻痺の重症度との間の比例関係は一様ではなく、個体差や条件の差異によって変動すると考えられるが、X3の母胎内における低酸素状態の継続時間を上記のように短縮し得たとすれば、脳性麻痺そのものの発生を回避し、もしくは、可能な限り速やかに娩出したにもかかわらず脳性麻痺の発症を回避できない状態だったとしても、少なくとも症状を相当程度軽減することができた蓋然性が高いと認められ、従って、Y医師の注意義務違反と重症脳性麻痺の発症との間には因果関係があると認定しました。

以上から、裁判所は上記「裁判所の認容額」記載の賠償を命じました。

その後、当事者間で、Xらが、損害賠償金に付せられた年5%民法所定の遅延損害金(約1800万円)を放棄するかわりにY医師が控訴しないという和解が成立し、本判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年4月20日
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