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No.180「胃癌手術後、患者が胆汁腹膜炎を発症して死亡。医師が手術後にサンプチューブを不適切な位置に固定したため縫合不全が生じたとして、病院の責任を認めた地裁判決」

大津地裁平成5年9月27日判決 判例時報1488号135頁

(争点)

  1. 医療法人に損害賠償責任はあるか
  2. 損害(逸失利益)

(事案)

A(本件当時67歳の女性)は、胃付近に痛みを覚え、昭和61年5月6日、医療法人Yが開設、経営するY病院内科を外来受診し、胃吻合部潰瘍及び胃癌の疑いのため、同月9日、Y病院に入院した。

同月17日、Y病院は、Aに対して病理組織検査を実施したところ、Aが胃癌に罹患していることが判明し、同月31日、Aの夫であるX1、子供であるX2とX3に、その旨告知した。

Aは、同年6月5日、手術を受けるため、Y病院外科へ転科し、Y病院の外科医師であるB医師が担当医となった。B医師は、同月13日、Aに対して超音波検査を実施したところ、腹膜播種結節、肝臓への血行性転移、リンパ節への転移は、認められなかった。

同月16日、Aに対する手術(以下、第1回目の手術)が行われ、C医師が執刀を担当した。開腹した結果は臨床診断とほぼ同じであり、Aの癌は、漿膜への浸潤が認められたものの、リンパ節への転移、播種性転移及び肝臓への転移は認められなかった。しかし、空腸、横行結腸及び結腸間膜は、癒着を起こしていたので、胃の癌組織部分とともに、リンパ節、空腸、横行結腸の癒着部位を切除した。また、胆嚢と十二指腸も癒着していたため、胆嚢も切除した。縫合後、Aの左右腹部にドレーン(排液管)が挿入され、手術は終了した。

また、Aは、鼻から残胃までサンプチューブ(術後に胃内圧が最も脆弱な縫合部にかかり、縫合不全が発生するのを防止するための減圧用チューブ)が挿入された。

Aの術後の経過は良好であったため、Y病院は、Aを普通病棟へ移した。しかし、Aは、同月19日早朝から左側腹部の疼痛を訴え、診察の結果、左の腹腔内に挿入してあったドレーンから、胆汁ようの液の流出が認められたので、B医師、C医師らは、胃の全摘術・食道空腸吻合術(以下、第2回目の手術)を行ったが、Aは胆汁性腹膜炎になっていた。

Aは、同月27日、内出血がひどく、病状が極度に悪化し、同年7月12日には痙攣を起こし、血糖値の異常等の症状を示した。そして7月16日に、Aは死亡した。

Aの遺族で相続人である夫X1、子X2及びX3は、B医師らの過失ないし債務不履行によってAが死亡したと主張し、B医師らの使用者であるY病院に対し損害賠償を求めて訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

遺族(夫と子2名)請求額:合計3106万円
(夫:患者の逸失利益の相続分503万円+葬儀費用100万円+夫固有の慰謝料1000万円)
(子2名:患者の逸失利益相続分各251万5000円+子固有の慰謝料各500万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計1891万8176円
(夫:患者の逸失利益の相続分150万9088円+葬儀費用90万円+夫固有の慰謝料750万円)
(子2名:患者の逸失利益の相続分各75万4544円+子固有の慰謝料各375万円)

(裁判所の判断)

医療法人に損害賠償責任はあるか

この点について裁判所は、まず、第2回目の手術は、第1回目の手術後にAに縫合不全が生じたためになされたものである、と認定しました。そして、縫合不全が生じた原因については、Aには、加齢や縫合部付近の癒着という縫合不全の誘因が存在していたことは否定できないものの、このようなAの状態のもとで、Y病院医師がAの残胃内に挿入されたサンプチューブの先端の位置を不適切な位置に固定したことが主たる原因となって、Aに第1回目の手術後の縫合不全が生じた、と認定しました。

そして、これらの事実を踏まえた上で裁判所は、サンプチューブは、その固定する位置によっては、吻合部を圧排して縫合不全を生じさせたりする危険があり、しかも、Aは第1回目の手術時、空腸や横行結腸に癒着を起こしており、縫合不全を生じさせる誘因を有しており、B医師らY病院医師は、第1回目の手術により、そのことを認識していたことが認められるのであるから、Y病院医師は、これを胃内に挿入するにあたっては、なおさら患者の吻合部を圧迫しないように適切な位置に固定する必要があったのに、その操作を誤って、サンプチューブをAの胃壁ないし吻合部を圧排する位置に固定したと認定しました。

さらに、Y病院医師は、サンプチューブをAの胃内に固定した後、すみやかに適切な位置にあるか否かを確認し、不適切な位置にある場合は、適切な位置に固定し直すべきであり、6月16日に撮影したレントゲン写真を確認すれば、Aの残胃内に挿入されたサンプチューブの位置が吻合部を圧排する危険性のある位置にあることを容易に発見することができたにもかかわらず、これを見落としたか、これを認識しながら、適切な位置に固定し直すことをしなかったとも認定しました。

そして、これらのY病院医師の過失ないし債務不履行により、Aに縫合不全を生じさせ、胆汁性腹膜炎を併発させて、第2回目の手術の甲斐なく、死亡させたというべきである、と判示して、Y病院医師らの行為が過失ないし債務不履行にあること、それによりAの死亡が生じたことを認め、使用者であるY病院は損害賠償責任を負うと判断しました。

損害(逸失利益)

裁判所は、Aは大正7年生まれの主婦であり、死亡当時67歳であったこと、第1回目の手術診断の結果、胃の5分の4程度、リンパ節、空腸、横行結腸の癒着部位、結腸間膜、胆嚢を切除したことには争いがなく、このような事情のもとでは、第1回目の手術を受けた後のAに残されていた労働能力は、50%であったとするのが相当である、と判示したうえで、生活費控除率40%として、損害額を算定し、上記裁判所の認容額の損害賠償を、医師らの使用者であるY医療法人に命じました。

カテゴリ: 2010年12月 7日
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