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No.208「頭蓋内出血が生じ、新生児に脳性麻痺等の後遺障害。患者側敗訴の一審判決を取り消し、医師に分娩後の転送義務違反を認めた高裁判決」

東京高等裁判所 平成13年5月30日判決 判例タイムズ1095号 225頁

(争点)

  1. 胎児に負担とならない方法で胎児の娩出を図るか、妊婦を高次医療機関に転送する義務があったのにこれを怠った過失の有無
  2. 患児の出生後、早期に新生児救命救急の施設を備えた病院に転送することを怠った過失の有無

(事案)

患児X1は、X2と妻X3との間の長男であり、X4は、X1の祖母である。Yは、Y産婦人科医院を経営する医師であり、看護師の資格を有しない妻のみを助手とし、無痛分娩を標榜し、帝王切開術を施行しないこととしていた。

X3(入院当時34歳)はX1出産のため継続的に受診していた、Y産婦人科医院に昭和60年1月13日午前2時40分に入院した。同日、午前8時40分、入院後初めてY医師の診療を受け、陣痛が5分毎にあり、子宮口の開大は0.8cmであることが確認された。X3は同月15日午前9時20分、Y医師の診察により子宮口2cmの開大及び破水が確認され、同日午後1時10分、子宮口3cmの開大、同日午後10時30分、子宮口4cmの開大が確認された。Y医師は、同日午後10時40分、胎児心拍数及び陣痛の経過を記録するため分娩監視装置の使用を開始したが、当時、この装置により、胎児心拍数を確認することはできたものの、これを記録する機能が不調で、胎児(X1)の心拍数は断片的にしか記録紙に記録されず、聴音の方法により心拍を確認しつつ分娩介助に当たった。

Y医師は、同月16日午前0時25分、児頭が骨盤出口部にあるのを確認し、午前0時28分、吸引カップを装着し、同29分X1が娩出された。

出生直後から、X1には落陽現象(落ちる夕日のように黒目が下瞼に沈む現象)が認められ、呼吸にも異常が見られたため、Y医師は、同日午前1時10分、X1に対し酸素投与を開始し、X1を他の病院に転送することとし、同日午前3時頃、電話でX1の受け入れを大学病院など3病院に依頼するもいずれも満床により断られた。同日午前5時頃、Yは、S県小児医療センター(小児センター)へのX1の転院受け入れを依頼したところ、落陽現象は健康児にも起こりうるので、呼吸数が毎分60ないし70になったら何とかして引き取る旨の返答を得、同日午後1時前にX1の呼吸数が毎分60になったのを確認し、救急車で小児センターに転院させた。

同日午後1時44分、X1は小児センターのO医師の診察および検査を受けたところ、視床出血および大量の脳室内出血(左視床部からの出血が脳室内に穿破したもの)が確認された。

X1は同月19日と2月19日の2回にわたり手術を受けたが、頭蓋内出血の結果、点頭てんかんが生じ、脳性麻痺、精神発達遅滞、水頭症等の障害が遺り、身体障害者第一級と認定された。

X1ないしX4が、Y医師に対し、分娩介助時の債務不履行ないし過失によりX1に障害を遺したとして、損害賠償を求めて提訴した。一審判決はXらの請求を全て棄却し、Xらが控訴した。

(損害賠償請求額)

患者側(両親・患児・祖母)の請求額:合計1億2021万9961円
(内訳:患児の逸失利益3077万7801円+生涯の介護料3551万3073円 +患児の慰謝料2000万円+両親の慰謝料合計2000万円+祖母の慰謝料300万円+患児・両親・祖母の弁護士費用合計1092万9087円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:
【第一審の認容額】0円(いずれも請求棄却)
【控訴審の認容額】合計1億1691万9961円
(内訳:逸失利益3077万7801円+生涯の介護料3551万3073円+患児の慰謝料2000万円 +両親の慰謝料合計2000万円+祖母の慰謝料0円+ 患児・両親の弁護士費用合計1062万9087円)

(裁判所の判断)

胎児に負担とならない方法で胎児の娩出を図るか、妊婦を高次医療機関に転送する義務があったのにこれを怠った過失の有無について

裁判所は、前提としてX1の頭蓋内出血の原因は、子宮収縮等によるストレスによって胎児にもたらされた低酸素状態である蓋然性が最も高いと判示しました。

その上で、裁判所は、X3について、1月15日午前9時ころ分娩が開始し、同日午後1時10分に子宮口が3cmに開大し、その後さらに1cm開くのに9時間要しており、分娩の遷延に伴い胎児に与えるストレスや危険が増加することを考慮すると、遅くとも、フリードマンの頸管開大曲線における活動期以後に子宮口の開大が毎時1.2cm以下であることが明らかとなった15日午後2時10分頃には、Y医師は、帝王切開により早期かつ迅速に胎児を娩出させるか、又は帝王切開術を施行しうる医療機関へX3を転院させることを考慮すべきであったとしました。

しかし、Y医師は、帝王切開術を施行しないこととしていた以上、自らこれを施行する義務を負わず、胎児心拍すら記録されていない事情もあって、上記時点においては、胎児が低酸素状態と認めるに足りる証拠もないので、X3を高次医療施設に転送する法的義務を負っていると認めることも出来ないと判示して、帝王切開・転院のいずれについても過失を否定しました。

患児の出生後、早期に新生児救命救急の設備を備えた病院に転送することを怠った過失の有無について

裁判所は、X1には、1月16日午前0時29分出生の直後、アプガースコアは悪くなかったものの、中枢神経系の異常を示す落陽現象が見られ、同1時10分ころ呼吸障害のため1時間余り酸素の投与がされた、同3時には顔色は青白く、目を閉じ、手足を全く動かさない等、全身症状がかなり悪化していたと判示しました。そして、落陽現象が正常児にも起こる例があることを考慮しても、Y医師は、X1について出生後速やかに、小児科の医師に委ねるべき法的義務を負っていたにもかかわらず、落陽現象の示す事の重大性を認識せず、同1時10分ころ酸素を投与したのみで、同3時ころ、他の病院に受け入れを要請するまで、X1を 放置したとし、このことは不法行為上の過失に当たると判断しました。

以上から、裁判所は、原告らの請求を全部棄却した原判決中、X1、X2、X3の各請求を棄却した部分を取消し、同人らの請求を全部認容しました。

X4については、看護師の資格を有することもあって、X3の看護に努め、X1の介護を援助してきたことは認めたものの、X1と同居していないことなどを勘案し、民法711条を類推してY医師に賠償を命ずべき精神的損害を受けたとまでは認め難いと判示し、原審でX4の請求を棄却した部分は相当であるとして、同人の控訴を棄却しました。

この控訴審判決に対して上告受理申立がなされ、その後和解により訴訟は終了しました。

カテゴリ: 2012年2月13日
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