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No.540「喘息患者が急性心不全により死亡したのは、医師が医学上の定説を著しく逸脱する薬剤投与を行い、副作用に対する適切な措置を怠ったからだとして医師及び病院に損害賠償を命じた地裁判決」

大阪地方裁判所昭和59年4月27日判決 判例タイムズ532号234頁

(争点)

医師に注意義務違反があったか否か

*以下、原告を◇ないし◇、被告を△及び△と表記する。

(事案)

A(昭和27年生まれの男性)は、昭和54年3月中旬ごろから朝方咳が出るようになり、Oクリニックで気管支炎の診断のもと通院治療していたが、当初は咳が短時間で収まっていた。

同年5月4日早朝、咳がひどく息ができない状態であったため、Aは、救急病院であるG病院に運ばれ、ネオフィリン入りの筋肉注射を受けたが、気管支喘息の疑いがあるとして、専門医の精密検査を受けることを指示された。Aは、同年5月14日にS病院で一般検査及び診察を受けたところ、気管支喘息と診断された。

そして、同月30日午前3時ごろから喘息発作が始まったため、Aは、同病院で治療を受け、ネオフィリン静注のほか、気管支拡張剤や消炎剤等7日分の投与を受けた。なお、その当時のAの状態は、咳は頻回であったが、起座呼吸をするまでのことはなく、通院治療中も会社に出社して、平常通り勤務しており、仕事を休むことはなかった。

昭和54年6月6日、Aは自ら車を運転して社会福祉法人である△の経営する病院(以下「△病院」という。)に行き、△病院の院長である△医師の診断を受けたが、初診時のAの症状は咳がひどく呼吸が苦しそうであり、咽頭部発赤が見られた。そこで△医師は、問診及び聴打診の上、血圧測定、胸部X線撮影、検尿、心電図、簡易肺機能、血液等の各種検査をしたところ、心電図検査によれば、冠状動脈循環不全を呈し、簡易肺機能検査によれば、パーセントⅤC(肺活量)が67.4、1秒率が48.4を示していた。以上の所見から、△医師は気管支喘息と診断し、Aに対し、翌日から2週間の予定で入院することを指示し、当面の治療として5%ブドウ糖300ccに水溶性ハイドロコートン(副腎皮質ステロイドホルモン。以下「副ス剤」という。) 100mg、クロマイサクシネート(抗生物質)、強ミノC(消炎脱感作剤)等を混入した点滴を施行するとともに、ヒスタグロビンを投与し、IPPB(間歇的陽圧吸入法)により酸素を30分間吸入させた上、Aを帰宅させた。

なお、同日施行した血液検査の結果、白血球数は9000/mmであり、白血球分類のうち、エオジンは5であった。

Aは、 6月7日に独歩で△病院に入院した。入院時の状態は、体温36.8度、脈拍72、血圧112/70で呼吸困難、咳ともになかったが咽頭部発赤が直らず、胸部呼吸音は両側とも粗く呼気が延長していたので、△医師は、前日と同様にハイドロコートン入り点滴等を投与した。なお、Aは、夕刻から通常食を摂取した。

6月8日、Aが「毎朝5時ごろになると咳が出て苦しくなる。」と訴えるので、△医師は諸検査のため採血をした後、ハイドロコートン100mg入りの点滴を施行し、また、ヒスタグロビンを投与した。しかし、Aは午後6時の点滴中に倦怠感を訴えたため、点滴中のハイドロコートンの投与を中止して、ネオフィリン10ccと交換した。なお、同日の臨床化学報告書によれば、カリウム値は3であり、正常値(3.6~4.9)よりやや低かったが、△医師は一時的なものと判断して、低カリウム血症発症の可能性を全く疑わなかった。

6月9日、10日、△医師はネオフィリン入り点滴及び酸素吸入を開始し、ヒスタグロビンを投与したところ、Aが咽頭痛及び頭痛を訴え、熱感、顔面紅潮、顔面発疹が発生し、瘙痒感を訴えたため、リンデロンVIG軟膏を投与した。

6月14日、軽度の喘鳴発作のため、△医師はストメリンDを噴霧して発作を緩和させたが、悪寒、全身倦怠、咳が発症し、気分不快を訴えたので、酸素1リットルを放流して安静にさせた。しかし、喘鳴発作は治らず呼吸困難となったため、△医師はネオフィリン入りの静注及びソルコーテフ100mg入りの静注を再開したが、喘鳴が少々軽減したのみで苦しいのは治らなかった。

そして、6月15日には咳、喘鳴発作が強くなり、呼吸困難となったため、△医師は酸素1.5リットルの放流の上、ネオフィリン入りの静脈注射及びソルコーテフ100mg入り静注を施行すると共に、ヒスタグロビンを同日より1週間投与し、ソルコーテフも追加するよう指示し、ヒスタグロビンを追加投与した。

以後、6月16日から同月18日まで、△医師はネオフィリン入り点滴とヒスタグロビン投与及びソルコーテフ100mg入り点滴を施行したが、喘鳴発作は軽快せず、咳、呼吸困難が続き、全身倦怠感、胸内苦悶を訴えた。

そこで、同月18日、△医師は水薬としてリンデロンシロップ(副ス剤)ほか抗生物質、去痰剤の投与及びソルコーテフ100mgの追加を指示し、同月19日以降も、ネオフィリン入り点滴及びソルコーテフ100mg入り点滴を施行し、ヒスタグロビンを投与し、酸素放流を続けたが、Aの前記症状は軽快せず、かえって同月20日には心雑音が強度となり、Aは呼吸困難、胸内苦悶、咳、喀痰のため「死にそうだ」と訴える程になった。

しかし、△医師はその後も同様の投与を続けたため、この症状はさらに強くなり、指爪チアノーゼ、冷感の症状を発症したため、△医師はヒスタグロビン及びソルコーテフの投与を一旦中止させた。しかし、約1時間半後、△医師はネオフィリン10cc 、ハイドロコートン100mg入り点滴を施行したところ、Aは、大声で「死ぬ。点滴を抜いてくれ」と興奮し、苦しさのあまり点滴の注射針を体動で自然に抜去したので、その後ケフリン2g入り点滴を施行した。

6月21日から7月1日まで△医師はAに対してネオフィリン、ハイドロコートン入り点滴を主体とした治療を続けたところ、症状は全般に軽快し、一時気分良好の日が続いた。

7月2日からは△医師はハイドロコートンの投与を中止し、ネオフィリン入りの点滴を投与施行したが、Aの気分は良好であり、症状は良かったので、Aは7月4日をもって一旦退院した。

ところが、7月5日早朝より再び以前と同様の喘息発作が起こったため、Aは、再度△病院に入院したが、入院時の状態は体温37.1度、脈拍90、血圧132/78、顔色不良、咳、喀痰、胸内苦悶があり、同日は同様の症状が続いたので、△医師はAに対し、ハイドロコートン入り点滴を行い、ストメリン(吸入剤)等を投与した。

そして、7月6日から同月27日まで、△医師は、Aに対しネオM入り静注又はソルコーテフ静注、ハイドロコートン入りの点滴並びに気管支拡張剤の頓服服用等を施行したが、Aの症状は軽快せず、7月27日には喘鳴発作、胸内苦悶の症状が重くなったので、ソルコーテフ100mg静注のほかヒスタグロビンの投与を再開し、7月28日にはアミノフィリンの静脈注射をした。

しかし、胸内苦悶は緩和せず、Aは全身倦怠感、不眠を訴え症状が悪化したので、同日から通常食を流動食に変更した。その後、△医師は、ネオフィリン入りの点滴とヒスタグロビンの投与又はソルコーテフ100mg入りの点滴とヒスタグロビンを投与したが、点滴途中でAが胸内苦悶を訴え中止を希望したため、△医師は上記点滴及びヒスタグロビンの投与を中止し、以後の点滴剤をネオフィリン10ccからネオM2ccに変更し、ハイドロコートンの投与を中止した。

しかし、7月29日になってもAの症状は悪化の一途を辿り、歩行困難なため尿器を使用せざるを得ないようになり、起座呼吸で酸素吸入中も自制できなかった。そして、Aの妻である◇が面会に来た午前11時20分ごろには朝食全粥中等量摂取したが、依然として喘鳴及び胸内苦悶があり、起坐位の方が楽で眠くてたまらないがしんどくて眠れないと訴え、さらに起立が全く困難で呼吸ができず腹式呼吸も全くできず、自分でも呼吸するのがまちがっているのではないかと訴えるまでに至った。

そして、7月30日にはAは「息ができないが胸苦ではない。」と訴えたので、△医師は酸素放流を3リットルに増量しアミノフィリン10cc静注、ネオM入り点滴及びソルコーテフ100mg入り点滴を施行し、加えて、ヒスタグロビンを注射したが、点滴約3分の1位でAは喘息発作があり胸部笛声音が認められたので点滴を中止し、しばらくの間、副ス剤を使用せず経過観察することとし、ネオMを静注した。ところが、Aは全身発汗し、苦悶状態は最大となり爪甲チアノーゼまで現われ興奮状態となって暴れ顔面蒼白となったため、M医師が急診し、ウインタミンを点滴中側管より投与し、酸素バックで人工呼吸し、ピューリタン吸入を行ったが、Aは吸入を拒否し、再び激しく暴れたため点滴を一時中止した。

その後もAは、顔面蒼白、爪甲色不良、四肢冷感、左上肢痙攣の重篤状態となったため△医師は酸素吸入を行うとともにアレベール(気管支拡張剤)やトリプシン(蛋白分解酵素)の吸入を行い午後6時5分には心臓の状態を把握するためモニター装置を開始し、午後7時にはM医師の指示でデキサメサゾン10mg(副ス剤)入り点滴を再開した。しかし、Aはうめき声を出し、その苦悶は最大となり、体温も次第に上昇し、発汗を伴う不整頻脈となり、午後10時56分にはM医師が喀痰排出のため吸引を施行したところ、茶色粘調吐物を多量に排出し、その後もM医師の指示で同夜より翌朝にかけて半時間ないし1時間おきに吸引を施行したが、その都度同様の茶褐色粘調吐物を多量に排出した。

7月31日、M医師はAに対しウインタミン注射のほかネオM入りの点滴を施行し、タチオン、グロンサン等を点滴内に追加した。その後、Aは茶褐色胃液等の吐物を多量に排出し四肢に発汗があり、脈拍やや微弱気味で不整脈であり、時々全身痙攣があったので、△医師はバニアイシンを注射し、尿素窒素、アンモニア、採血検査を行った。その後の吸引施行でも、茶褐色胃液嘔吐や鼻腔より白色粘調痰が多量に排出され、Aは、 「あーあー」とうめき声を上げたり、意識もうろう状態となった。そこで、△医師は、従来の点滴液中に強心剤や血圧上昇剤等を投入し、また抗生物質や強心昇圧剤を投与するとともに解毒剤や脳機能回復剤、副ス剤等を含めた持続点滴を開始するとともに吸引施行により茶褐色吐物や胃液を排出させたため、Aは高温となり呼吸促進するなど全身状態は極めて悪化した。 

そして、その後治療を続けるも回復せず、同年8月3日午前4時3分ごろ、Aは急性心不全により死亡した。

そこで、◇ら(Aの妻と子及びAの母)は、△らに対して、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
7235万4389円
(内訳推測:逸失利益3904万4389円+患者の慰謝料500万円、遺族固有の慰謝料遺族3名合計2500万円+弁護士費用331万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
5225万3667円
(内訳:逸失利益3903万9268円+患者の慰謝料300万円+葬儀費用31万4400円+遺族固有の慰謝料700万円+弁護士費用290万円。遺族が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

医師に注意義務違反があったか否か

この点について、裁判所は、まず、Aの初診時及び入院時の気管支喘息の程度は、当時中等度の発作程度であったと認めるのが相当であると判示しました。

次に、証拠及び文献によれば、副ス剤の使用については、安易にこれを使用してはならず、重積状態の場合を除いては、まず気管支拡張剤を原則とした対処療法により呼吸困難の回復を計るべきであって、この療法により治療効果が期待される場合は最初から副ス剤を使用せず、この療法が無効であるか十分な治療効果の挙がらない場合に初めて副ス剤を使用すべきであること、そしていったん投与を開始した場合には即刻離脱に関する配慮が必要であり、大量、長期間投与後、突然投与を中止すると急性副腎不全を起こして短期間のうちに死亡することがあり、又その離脱を誤ると各種の副作用が出現し、原疾患の再燃悪化を惹起することが医学上の定説となっていることが認められると判示しました。

そして、裁判所は、△医師は中程度の患者に過ぎないAに対し初診当初から副ス剤であるハイドロコートンを継続投与したのみならず、その後も同様副ス剤であるソルコーテフ等の投与を継続投与し、その後突然この投与を中止していると判示しました。

裁判所は、初診当初の投与については、この投与方法は、医学上の定説とされる副ス剤の投与方法に照らし、極めて特異なものというべきであると指摘しました。

裁判所は、次に入院期間中の継続投与についても、鑑定の結果によれば、大量衝撃療法に始まり投与量を漸減し、維持療法に移行していくという副ス剤の治療方法がとられるべきであったにもかかわらず、△医師には、Aの病状悪化に対する対応として、合成副ス剤の内服投与の増量によるのではなく、ハイドロコートンやソルコーテフの点滴を増量しているのであって、その結果、喘鳴発作を遷延させ、副ス剤を頻繁に投与せざるを得ない状況に陥らせたものであることが認められ、この点でも医学上の定説に沿わない治療行為があったと認めざるを得ないと判示しました。

更に、裁判所は、鑑定の結果によれば副ス剤の副作用として、投与中断に伴う離脱症候群があり、大量の副ス剤を長期間にわたって投与した場合には投与中惹起される副腎機能抑制が持続するため副腎機能の脱落症状が出現し、その投与中止により、患者は抑うつ的な精神状態に陥り各種の不快な症状を訴える場合が少なくないこと、しかし気管支喘息の治療にあたって離脱症候群の中最も重要な点は原疾患の再燃、再悪化であって副ス剤の離脱にあたって治療を担当する医師が最も注意を払う必要があることが認められると判示しました。

そして、鑑定の結果によれば、7月5日の発作再燃は明らかに副ス剤の突然の中断による離脱症候群の結果としての原疾患の再増悪とみなされ、その結果、7月5日以降更に発作が重症化遷延し、その後の治療を困難なものとしたことが認められるとしました。

裁判所は、Aは症状の悪化した昭和54年7月30日から死亡するまで数回にわたり、茶色血液様あるいは茶褐色吐物を多量に排出したものであるところ、吐物には血液が混入していたものと推認され、かつ、吐血は、消化管上部よりの出血に基づくもので、食道、胃、十二指腸からの出血によること、そして吐血をきたす主な疾患としては、胃及び十二指腸潰瘍、胃炎、胃がんがあり、このうちでも潰瘍が多いことが認められ、この事実によれば、本件において、Aは胃あるいは十二指腸の消化管に潰瘍を生じて出血しその結果吐血していたものと推認されるとしました。

そして、この消化管潰瘍の原因を検討するに、副ス剤使用の影響による潰瘍発生及び気管支喘息患者が消化性潰瘍により死亡する率が上昇していることが指摘されているほか、鑑定の結果によれば、本件において長期間使用されていた副ス剤そのものが消化性潰瘍を最も招来しやすい因子であることが認められることからすれば、Aの消化管潰瘍は副ス剤の副作用として発生したものと推認すべきであるとしました。

しかるところ、副ス剤投与中の患者に対しては、血清電解質の測定、心電図検査、喀痰検査などの感染に対するチェック、尿糖の検出、血圧及び体重の測定、血糖の測定、潜血反応及びツベルクリン反応などの諸検査をなすべきところ、本件では血糖の測定以下三点のチェックについては全く行われていないこと、その他のチェックポイントについては一応行われているが十分な頻度ではないことが認められるのであり、そうすると、△医師が副ス剤投与に対処すべき十分な措置を講じていたとはいい難いと判示しました。

裁判所は、また、消化管潰瘍についても、副ス剤による潰瘍は重篤にも関わらず、自覚症状が少なく、触診による圧痛や抵抗も少なく、前駆症状がなく、突然の穿孔又は大出血をきたす場合が多いので、常に潜血反応を頻回に検査し、上部腹部異和感程度でも十分注意し、疑わしければ胃X線検査、胃液検査を行う必要があることが認められ、潜血反応は、消化管の潰瘍性機転を起こす疾患の診療には不可欠の検査であるとされているところ、△医師は潜血反応の検査指示をせず、潰瘍も疑っていなかったことが認められるから、△医師は消化管潰瘍に対する処置を欠いていたと判断しました。

次に、裁判所は、△医師は、ヒスタグロビンを連続投与したほか副ス剤と併用して同時に投与していることが認められるとしました。しかるところ、ヒスタグロビンの連続投与について、△医師は、速効的効果及び遅効的効果を期待して投与した旨供述するが、ヒスタグロビンは薬理作用中に即効性のあることを全くは否定しえないものの、対症薬ではなく、遅効的効果を期待して体質改善を図るのが主目的の薬であることからすれば、△医師にこの点の認識が欠如していたとの疑念を禁じ得ないのであって、この点に関し、△医師は曖昧な供述態度に終始し、また副ス剤との併用についても納得のできる合理的な説明を示していないと指摘しました。裁判所は、したがって、△医師は鑑定の結果等から認定される用法・用量及び使用上の注意と明らかに異なった独自の対症的使用方法を行っているものであり、かえってヒスタグロビンの呼吸器に対する副作用として喘息症状の増悪、誘発が認められることからすれば、特段の反対証拠のない本件では、この誤ったヒスタグロビンの使用自体が、Aの喘息発作の再燃増悪の誘因となったことを否定することはできないとしました。

裁判所は、△医師はAに対する治療において、医学上の定説を著しく逸脱する薬剤投与を行ったほか、それに起因する副作用に対する適切な処置を怠ったことにより、これが原因となって、Aを死に至らしめたものであるから、△医師の注意義務違反は免れないものというべきであると判断しました。

以上から、裁判所は、上記裁判所の認容額の範囲で◇らの請求を認めました。この判決に対して控訴がなされましたが、控訴審で和解が成立して訴訟は終了しました。

カテゴリ: 2025年12月10日
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