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No.247「患者に装着された気管カニューレに痰が詰まり、低酸素脳症に陥り、遅延性意識障害の後遺症。医師らに痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務があるとした地裁判決」

東京地方裁判所平成18年3月6日判決 判例タイムズ1243号224頁

(争点)

呼吸管理に関する過失の有無

(事案)

X(昭和19年生まれの女性・専業主婦)は、平成元年ころ、くも膜下出血を発症し、クリッピング手術を受けた。また平成12年12月頃、交通事故による外傷性脳内出血と骨盤骨折のため、N医科大学附属病院(以下N大病院という)に入院したことがあった。

平成14年2月11日、Xは自宅のトイレで倒れたため、救急車でN大病院に運ばれ、同日同病院に入院した。

入院時のXの症状は、意識障害と右片麻痺であり、N大病院医師は、左視床出血及び脳室内穿破と診断し、血圧コントロールによる保存的治療を開始した。

Xは、N大病院に入院中、嘔吐や痰が多く、呼吸状態の悪化等が心配されたことなどから、気管内挿管による呼吸管理が行われた。さらに、同月19日、肺炎および誤嚥等の予防のため、気管切開術を受けた。この気管切開により、Xは、胸腔内圧を高められず、勢いの強い痰の喀出運動ができない状態となった。また、Xは、N大病院に入院中、よく痰がからんでおり、その喀痰の細菌培養検査において、痰からMRSAが検出されていた。

その後、Xは、左視床出血及び肺炎等の症状が安定してきたため、同年3月1日午前10時30分ころ、Y医療法人の経営するY病院に転院した。

N大病院の医師らは転院先であるY病院に対し、診療情報提供書において、2月20日ころからXに発熱及び喀痰の増加が認められたこと並びに喀痰の細菌培養検査の結果においてMRSAが検出されたことを記載するとともに、NURSING SUMMARYにも、「問題点」として、「呼吸状態悪化の可能性」を指摘し、「解決法」として「最低1時間に1度は口腔、側管、気道からの吸引を行う」旨の記載をした。

Y病院医師らは、Xに対して3月1日に実施した喀痰の細菌培養検査の結果、MRSAが検出された旨の報告書を同月5日に受領したことからMRSA感染の可能性があると判断して、同日、同人の血液の細菌培養検査を実施するとともに、その結果が判明するまでの間の処置として、MRSAに対して効果があるバンコマイシンを投与することにした。

3月6日午前11時30分ころ、Xは、血圧が測定不能で、自発呼吸が見られない状況で発見された。そして、その後の救命措置の過程で、同人に装着されていた気管カニューレ(気管切開術後、開窓された部位から気管内に挿入されるパイプ状の医療器具)の体外部の口から最長径0.5ないし1cmの痰の塊が噴出し、その後はXの換気が良好になり、約5分後には、血圧が触れるようになり、心拍数も増加したため、人工呼吸器を装着しての呼吸管理が行われたが、Xは気管カニューレに痰が詰まって気道が閉塞され、低酸素脳症となったことから遅延性意識障害が後遺症として残った。

そこで、Y医療法人に対して、Xは診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、Xの2人の息子は不法行為に基づき損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

患者ら(患者及び患者の2人の息子)の合計請求額:1億3119万5395円
(内訳:治療関係費1802万3286円(既払分133万0266円+将来分1669万3020円)+入院雑費869万5042円(既払分67万8000円+将来分801万7042円)+逸失利益5247万7067円+慰謝料4000万円(患者の慰謝料3000万円+患者の2人の息子の慰謝料2名合計1000万)+弁護士費用1200万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:6654万3296円
(内訳:治療関係費502万1296円(既払分233万6903円+将来分425万円-高額療養費等控除156万5607円)+入院雑費1252万2000円(既払分184万2000円+将来分1068万円)+逸失利益1500万円+慰謝料2800万円(患者の慰謝料2000万円+患者の2人の息子の慰謝料2名合計800万)+弁護士費用600万円)

(裁判所の判断)

この点について、まず、裁判所は、認定事実によれば次のことが明らかであるとしました。

  • Y病院の医師らは、N大病院からの診療情報提供書等を通じてXの症状を認識し、N大病院からの申し送り事項として、その呼吸状態の悪化の可能性につき注意喚起を受けていた。
  • Xの喀痰からMRSAが検出され、同人がMRSAに感染していた可能性があり、現に、Y病院の医師らも、MRSA感染の可能性があると判断し、バンコマイシンを投与していた。
  • Xは、3月5日ころには敗血症に罹患しており、そのことを示す発熱及び血液検査所見が出ていた。
  • Xの痰は、粘稠で硬く、ときに痰が吹き出したりしており、時折血や血塊が混じっていることもあり、同人の気管カニューレが詰まり気味になることも少なからずあった。
  • 本件事故の前日の3月5日午前6時には、動脈血酸素飽和度が92%に低下して、呼吸不全に近い状態にあり、気管カニューレが詰まり気味であることも疑われていた。

裁判所は、これらの事実のほか、Xの痰は粘稠性で、時折血が混じっていたことからすると、通常の痰とは異なる凝血塊のようなものが生じる可能性も十分考えられたことなどにも徴すると、Y病院の医師らは、本件事故当時、少なくとも、Xの呼吸状態を綿密に観察するとともに、頻回に、痰の吸引、気管カニューレの交換を行い、痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務を負っていたと判示しました。

そして、裁判所は、3月6日の救命救急措置の過程で、Xに装着されていた気管カニューレの体外部の口から痰の塊が噴出し、その後はXの換気が良好になり、約5分後には、血圧が触れるようになり、心拍数も増加したというのであるから、Y病院の医師らには、特段の事情のない限り、上記注意義務を怠った過失があるといわざるを得ないと判断しました。

さらに裁判所は、上記特段の事情の有無について検討しました。

Y医療法人は、(ア)本件において、Xの気道が閉塞した原因となった痰の塊は、「径1.0㎝前後の肉芽組織に似た凝血塊」のような大きな痰の塊であるが、そのような痰の塊が気管内で形成されるようなことは、通常予想することはできない旨の主張をしました。

しかし、裁判所は、Xの痰には時折血が混じっており、しかも、その痰は粘稠性で硬いものであったことからすれば、そのような凝血塊が形成されることも十分予見可能であったと判示しました。

さらに、Y医療法人は(イ)上記痰の塊は、吸引カテーテルの内径(約3㎜)を優に超える大きさであり、また、相当の硬さであったなどとして、痰吸引用カテーテルを挿入して行う吸引処置を頻回に実施しても、これを排出することは不可能である旨の主張をしました。

しかし、裁判所は、上記痰の塊について、気管カニューレの交換又は痰の吸引処置の際にわずかに損傷された気管内壁から滲出した血液と気管内の分泌液が絡まって一体となり、時間の経過に伴って固まることにより形成されたものである旨Yが主張しており、そうであれば痰が時間の経過に伴って固まる前に吸引処置を行えば、これを除去することは可能であると判断しました。そして、Xの呼吸状態を綿密に観察するとともに、頻回に、痰の吸引、気管カニューレの交換を行い、痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務を尽くしていれば、痰の除去は可能であったと判断されるとして、Y医療法人の主張を採用しませんでした。

そして、他に上記特段の事情を基礎づけるに足りる事実を証する的確な証拠はないと判示し、Y病院の医師らには上記注意義務に違反した過失があると判断しました。

そして、以上の認定、説示によれば、Y病院の医師らの過失と、Xに生じた後遺症損害との間には因果関係があると認定しました。

以上より、上記裁判所の認容額の限度でX及びXの2名の息子の請求を認めました。

判決はその後確定しました。

カテゴリ: 2013年9月10日
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