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No.281「羊水検査の結果報告に誤りがあったため、中絶の機会を奪われてダウン症児を出産。児は短期間で死亡。両親が中絶をするかしないかの選択の機会や出生に対する準備の機会が奪われたこと等に対する慰謝料の支払いを医師側に命じた地裁判決」

函館地方裁判所 平成26年6月5日判決 判例時報2227号104頁

(争点)

  1. 羊水検査結果の誤報告とAの出生との間の相当因果関係
  2. 羊水検査結果の誤報告によるAの出生とダウン症に起因した疾患によるA死亡との間の相当因果関係
  3. 父母の損害

 

(事案)

X1及びX2(亡くなったダウン症児であるAの父及び母)は、平成23年2月1日、Y診療所を開設するY法人との間で、Y法人が、Aの母X2(当時41歳)がY診療所診療所において、子どもを出産するまでの間必要な処置をしていくことを内容とする旨の医療契約を締結した。

同年3月15日、X2はY医師(Y法人の理事長かつY診療所の院長を務める産婦人科医)から、エコー検査の結果、胎児の首の後ろに膨らみがあることを指摘され、先天性異状に関する出生前診断の説明を受けた。X2は高齢出産となることも考慮して、胎児の染色体異常等を検出する検査法である羊水検査を受けることとした。

X2は、同年4月14日、Y診療所において羊水検査を受けた。この時点でX2は妊娠17週目であった。X2の羊水検査の報告書には、分析所見として「染色体異常が認められました。また、9番染色体に逆位を検出しました。これは表現型とは無関係な正常変異と考えます。」と記載され、本来は2本しか存在しない21番染色体が3本存在し、胎児がダウン症児であることを示す分析図が添付されていた。

しかし、Y医師は、同年5月9日、この報告書の内容を見誤り、X2に対して、羊水検査の結果はダウン症に関して陰性である旨、9番染色体は逆位を検出したがこれは正常変異といって丸顔、角顔といった個人差の特徴の範囲内であるから何も心配はない旨を告げた。この時点で、X2は妊娠20週目であった。

なお、人工妊娠中絶が可能な時期は妊娠22週目までである。

同年6月から8月にかけての検診において、X2は、Y診療所から、胎児が小さめである旨指摘されることもあったが、正常範囲内であり特に問題はないと説明を受けていた。

X2は、同年9月1日の検診の際、Y診療所において、羊水が枯渇している状態であり、胎児が弱っているという理由から他病院での出産を勧められた。同日、X2はB病院に救急搬送され、同病院において緊急帝王切開手術によりAを出産した。

Aは、出生時、呼吸機能が十分に働いておらず、自力排便もできない状態であったため、B病院の医師がY診療所のカルテ情報を確認したところ、Aがダウン症児であることを示す羊水検査の結果が見つかり、同月1日、X1とX2にこの事実が伝えられた。

Aはダウン症の新生児期に見られる一過性骨髄異常増殖症(以下「TAM」という)を合併し、C病院に転院した。

Aは、その後、TAMに伴って播種性血管内凝固症候群を併発し、徐々に肝機能が悪化して肝線維症を発症し、さらには肝不全を来した。また、肝線維症に由来する門脈圧亢進により脾臓腫大及び腹水貯留が進行し、呼吸不全を来すほどの腹水となったため、人工呼吸器を装着する事態となった。さらに、Aの肺にはダウン症に起因した胸腺形成不全、肺化膿症、びまん性肺胞障害等の症状が現れ、無気肺の状態となり、敗血症も併発するに至った。

Aは、12月16日、ダウン症によるTAMを背景とした肝線維症の発症、肝不全を直接の原因として死亡した。

そこで、X1とX2は、Y法人及びY医師に対して、不法行為ないし診療契約の債務不履行に基づき、羊水検査の誤報告により中絶の機会が奪われたことによる慰謝料、相続したAの慰謝料等の損害賠償を求めて提訴した。

 

(損害賠償請求)

原告ら(父母)の請求額:父母合計1000万円
(内訳:母の入通院慰謝料31万1800円+父母が中絶の機会を奪われたこと等による慰謝料各500万円+父母が相続した出生児Aの傷害慰謝料165万4500円+父母が相続したAの死亡慰謝料2000万円+弁護士費用316万1630円から医師らの債務不履行ないし不法行為がなければ実施していたはずの人工妊娠中絶費用35万円を控除した金額3477万7930円の一部請求)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額:1000万円
(内訳:父母が選択や準備の機会を奪われたこと等による慰謝料各500万円及び弁護士費用50万円の合計1100万円のうち、請求額満額)

 

(裁判所の判断)

1.羊水検査結果の誤報告とAの出生との間の相当因果関係

この点について、裁判所は、まず、羊水検査の目的は胎児の染色体異常の有無等を確定的に判断することであり、その検査結果が判明する時点で人工妊娠中絶が可能になる時期に実施され、また、羊水検査の結果、胎児に染色体異常があると判断された場合には、母体保護法所定の人工妊娠中絶許容要件を弾力的に解釈することなどにより、少なからず人工妊娠中絶が行われている社会的な実態があることが認められると判示しました。

しかし、裁判所は、羊水検査の結果から胎児がダウン症である可能性が高いことが判明した場合に、人工妊娠中絶を行うか、あるいは人工妊娠中絶をせずに同児を出産するかの判断は、親となるべき者の社会的・経済的環境、家族の状況、家族計画等の諸般の事情を前提としつつも、倫理的道徳的煩悶を伴う極めて困難な決断であることは事柄の性質上明らかというべきであり、すなわち、この問題は、極めて高度に個人的な事情や価値観を踏まえた決断に関わるため、傾向等による検討になじまないと判示しました。

そのため、裁判所は、少なからず人工妊娠中絶が行われている社会的な実態があるとしても、この実態から当然に羊水検査結果の誤報告とAの出生との間の相当因果関係の存在を肯定することはできないと判断しました。

その上で、裁判所は、本人尋問時に、Xらは羊水結果に異常があった場合には妊娠継続をあきらめようと考えていた旨を供述したが、証拠によれば、Xらは、羊水検査を人工妊娠中絶のためだけに行われるものではなく、両親が結果を知った上で最も良いと思われる選択をするための検査であると捉えていること、Xらが羊水検査を受ける前、胎児に染色体異常があった場合を想定し、育てていけるのかについて経済面を含めた家庭事情を考慮して話し合ったが簡単に結論には至らなかったことが認められることから、Xらにおいても羊水検査の結果に異常があった場合に直ちに人工妊娠中絶を選択するとまでは考えていなかったと理解されると認定しました。

そして、裁判所は、これらを踏まえると、法的判断としては、Yらの羊水検査結果の誤報告という注意義務違反行為がなければX1らが人工妊娠中絶を選択しAが出生しなかったと評価することはできないと判断し、Yらの注意義務違反行為とAの出生との間に相当因果関係は認められないと判示しました。

2.羊水検査結果の誤報告によるAの出生とダウン症に起因した疾患によるA死亡との間の相当因果関係

この点について、裁判所は、Xらが相続したとするAの損害は、Aがダウン症を原因とした各種の合併症を発症し、最終的にはTAMから発症した合併症が原因で死亡したという一連の経過に関わると指摘しました。

そして、裁判所は、ダウン症及びその合併症の発症原因そのものは、Y医師の羊水検査結果の誤報告によりもたらされたわけではないと判示しました。

その上で、裁判所は、ダウン症児として生まれた者のうち合併症を発症して早期に死亡する者はごく一部であると認定し、Yらの誤報告という注意義務違反行為とAの死亡との間に相当因果関係を認めることはできないと判断しました。

3.X1とX2の損害

この点について、まず、裁判所は、X2の入通院費慰謝料の損害費目はX2が人工妊娠中絶をした場合と比較してその差額を求めるものであるが、Yらの注意義務違反行為とX2による人工妊娠中絶の不実施との間には、上記のとおり、相当因果関係が認められないため、X2の入通院慰謝料はYらの行為と相当因果関係のある損害とはいえないと判断しました。

次に、裁判所は、Xらは生まれてくる子どもに先天性異常があるかどうかを調べることを主な目的として羊水検査を受けたのであり、子どもの両親であるXらにとって生まれてくる子どもが健常児であるかどうかは、今後の家族設計をする上で最大の関心事であると判示し、Yらが羊水検査の結果を正確に告知していれば、Xらは中絶を選択するか、又は中絶しないことを選択した場合には、先天性異常を有する子どもの出生に対する心の準備やその養育環境の準備などもできたはずであり、XらはYらの羊水検査結果の誤報告により、このような機会を奪われたと判示しました。

そして、裁判所は、Xらは、Aが出生した当初、Aの状態がY医師の検査結果と大きく異なったため、Xらは現状を受け入れることができず、Aの養育についても考えることができない状態にあったこと、このような状態にあったにもかかわらず、我が子として生を受けたAが重篤な症状に苦しみ、遂には死亡するという事実経過に向き合うことを余儀なくされたと認定し、XらはY医師の診断により一度は胎児に先天性異常がないものと信じていたところ、Aの出生直後に初めてAがダウン症児であることを知っただけでなく、重篤な症状に苦しみ短期間の内に死亡する姿を目の当たりにしたのであり、Xらが受けた精神的衝撃は非常に大きなものであったと考えられると判断しました。

他方、Y医師が見誤ったX2の羊水検査の報告書は、分析所見として「染色体異常が認められました」との記載があり、21番染色体が3本存在する分析図が添付されていたことから、Y医師の注意義務違反はあまりに基本的な事柄に関わるものであって、重大といわざるを得ないと評価しました。

その上で、裁判所は、本件に関する一切の事情を総合考慮すれば、Xらに対する不法行為ないし診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償として、Xらそれぞれに500万円の慰謝料とそれぞれ50万円の弁護士費用を認めるのが相当であると判断しました。

以上により、裁判所は、Y法人及びY医師に対して、連帯して、上記裁判所認定額の賠償を命じました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年2月10日
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