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No.32「乳がん手術にあたり、平成3年当時未確立の乳房温存療法についても医師の説明義務を認めた最高裁判決」

最高裁判所第三小法廷 平成13年11月27日判決(判例時報1769号56頁)

(争点)

  1. 医師が乳がん患者に対して乳房切除術を行うにあたり、平成3年当時医療水準として未確立であった乳房温存療法についてまで選択可能な他の治療法として説明義務を負うか
  2. 説明義務を負う場合の説明義務の程度

(事案)

昭和23年生まれの女性患者Xは、平成3年1月28日以降、S市でY医院を開設している医師Yの診察を受け、手術生検等の結果、同年2月14日までに乳がんと診断された。Y医院の診療科目は、外科、整形外科、胃腸科、内科、理学療法科であるが、同医院は乳がんの専門病院ないし専門医からなる乳癌研究会の正会員であり、その診療科目に乳腺特殊外来を併記して乳がんの手術を手掛けていた。Y医師自身も、本件手術の前に、乳がんか否かの限界事例について乳房温存療法を1例実施した経験があるが、放射線照射は行っていない。

Y医師は、Xの乳がんについては乳房の膨らみをすべて取る胸筋温存乳房切除術適応と判断し、平成3年2月16日、Xに対し、入院して手術する必要があること、手術生検を行ったので手術は早く実施した方がよく、手術日は同月28日が都合がよいこと、乳房を残す方法も行われているが、この方法については、現在までに正確には分かっておらず、放射線で黒くなったり、再手術を行わなければならないこともあることを説明した。また、Y医師は、同月20日、Xに対し、乳房を全部切除するが、筋肉は残す旨説明した。

Xは、平成3年2月15日、乳房を失うのが当然とされてきた乳がんの治療が乳房を可能な限り残す方向へ変わってきたとの新聞の紹介記事に接しており、同記事は乳房温存療法に触れていた。Xは、同月26日、Y医院に入院し、Y医師の診察を受けた際に、自己の心情をつづった手紙をY医師に交付した。その手紙は、現存していないが、乳がんと診断され、生命の希求と乳房切除のはざまにあって、揺れ動く女性の心情の機微を書きつづったものであった。

Y医師は、平成3年2月28日、Xに対し、胸筋温存乳房切除術を行ってその乳房を切除した。

(損害賠償請求額)

1191万6852円 (一審での内訳:治療費53万6852円+慰謝料1030万円+弁護士費用108万円)
(差戻後の大阪高裁での内訳:治療費53万6852円+慰謝料及び逸失利益合計1052万5400円+弁護士費用110万円の合計1216万2252円の内金)

(判決による請求認容額)

一審(大阪地裁)で認めた金額:250万円(内訳:慰謝料200万円+弁護士費用50万円)
控訴審(大阪高裁)で認めた金額:0円
最高裁:破棄差し戻し
差し戻し後の控訴審(大阪地裁)で認めた金額:120万円(内訳:慰謝料100万円+弁護士費用20万円)

(裁判所の判断)

医師が乳がん患者に対して乳房切除術を行うにあたり、平成3年当時医療水準として未確立であった乳房温存療法についてまで選択可能な他の治療法として説明義務を負うか

実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできないとしながらも、例外的に医師が説明義務を負う場合として、「少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合など」を挙げました。

そして、このような場合においては、「たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。そして、乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変ぼうによる精神面・心理面への著しい影響ももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、胸筋温存乳房切除術を行う場合には、選択可能な他の療法(術式)として乳房温存療法について説明すべき要請は、このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し、一層強まるものといわなければならない。」と判示しました。

説明義務を負う場合の説明義務の程度

Y医師は、Xからの手紙を受け取り、乳房温存療法についてXが強い関心を有していることを知ったのであるから、Xの乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在をY医師の知る範囲で明確に説明し、胸筋温存乳房切除術を受けるか、あるいは乳房温存療法を実施している他の医療機関において同療法を受ける可能性を探るか、そのいずれの道を選ぶかについて熟慮し判断する機会を与えるべき義務があったというべきであると判示しました。また、同時に「この場合、Y医師は、自らは胸筋温存乳房切除術がXに対する最適応の術式であると考えている以上は、その考え方を変えて自ら乳房温存療法を実施する義務がないことはもちろんのこと、Xに対して、他の医療機関において同療法を受けることを勧める義務もないことは明らかである」とも判断しました。

その上で、Y医師が実際に行った説明について、「乳房温存療法の消極的な説明に終始しており、説明義務が生じた場合の説明として十分なものとはいえない。」として、Y医師について、手紙の交付を受けた後、「Xに対してXの乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を説明しなかった」点が診療契約上の説明義務違反にあたるとの判断をしました。

結論

破棄差し戻し

カテゴリ: 2004年10月26日
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