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No.330 「血尿が出たため受診した患者が実際は水腎症だったが、巨大肝嚢胞と誤診されて手術を受けたところ、手術中に2度の心停止を起こし、その後死亡。医師の責任が認められた事例」

浦和(現さいたま)地方裁判所平成11年10月15日判決 判例時報1719号109頁

(争点)

  1. Y1医師の過失の有無
  2. Y1医師の過失とAの死との相当因果関係の存否

(事案)

平成5年1月5日、A(個人事業主の34歳男性)は年頭より血尿があり、1年ほど前からあった腹部の圧迫感が強度になったために、Y医療法人の経営する病院(以下、Y病院という)外来を受診した。その際、Y病院で、Aの腎を中心としたCT検査、DIP(点滴注入腎盂造影法)検査、血液検査、尿検査が行われた。

Y病院のY1医師は、同年1月8日、更に超音波断層撮影検査を行い、諸検査の結果から、Aを「巨大肝嚢胞」「右腎圧迫にて萎縮」と診断したことから、AのY病院への入院が決定した。Aは、1月11日、Y病院に入院し、CT、胸部レントゲン検査が行われた。

1月13日、Aは、嚢胞と診断された部分のドレナージの施行を受けたところ、施行中に腹部の圧迫感を感じ気分の不快感があり、顔面が蒼白になったが徐々に回復した。このドレナージによる排液の細胞診検査を行ったところ、1月22日「悪性細胞なし。多数の赤血球の中にわずかな炎症細胞を見る他、肝細胞と思われるやや変形した単核で細胞質の広い細胞を認めますが、活動性は乏しい」との結果が出た。

Aは、1月14日、Y病院の看護師に、尿の色が普通に戻った旨を述べた。同日、CT検査が行われた。

1月19日、DIPによる検査が行われるとともに、嚢胞と診断された部分に純アルコール100mlが注入された。Aは直後に灼熱感を、その後、酔っぱらった感じを訴え、従前は特段の不調を訴えていなかったにもかかわらず、以後、頭痛や吐き気等を訴えることがあるようになり、全身又は下肢の倦怠感は1月25日ころに至るまで継続した。

1月20日は脳貧血を起こしたため、アルコール注入は行われなかった。

1月21日、CT検査が行われ、その結果、ドレナージが不十分とされた。また、同日、血液の赤血球濃度が上昇し、脱水症状が疑われた。

1月22日には、同月21日受付の血液検査の結果、血液尿素窒素(BUN)及びクレアチニンがそれぞれ47.1、2.29と上昇したことが判明した(正常参考値はそれぞれ、8~20、0.5~1.5)。この異常な上昇は、1月27日には正常値に戻った。

1月26日、ドレナージのチューブをより太いサイズのもの(18フレンチ)に変えたところ、Y1医師において「充分すぎて恐い位」に感じる量の排液があった。

その後、2月23日の肝嚢胞の手術(以下、「本件手術」という)までの間、1月27日、2月9日、2月16日にCT検査が行われた。また、1月29日のドレナージ排液による細胞診検査の結果(2月9日報告)は、「軽度の非定型性細胞が存在する。・・・・異型性は弱いと思われますが、追跡を希望致します。」というものであった。

2月23日、Y1医師により、本件手術が施行された。

本件手術は内視鏡下肝嚢胞開窓術の方式により、同日、午後1時49分に開始された。

Y1医師は、Aの臍の上をその上縁に沿って4センチほど切って、その切開部にカメラを入れ、その部分から炭酸ガスによる気腹をしてAの腹壁を持ち上げ、その状態で更にカメラによって空間があることを確認しながら、小切開を4番目まで行って、その切開部にトロッカーを挿入していった。Y1医師は、この気腹の際、オムニフレータ7500という機械を使用し、気腹圧を10mgHgに設定した。

Y1医師は、肝嚢胞と判断した部分に開窓術を施そうとし、30~40分間にわたって電気メスでの切開を試みたが、ドレナージによる内容液の排液によって嚢胞と考える部分に皺が生じて、開窓術が困難となっていた。そこで、施術を容易にするために、本件手術の間接介助を務めていたSが、ドレナージに使用していた8フレンチのチューブを通して、肝嚢胞と判断した部分に、注射器状のもの(シリンジ)で50ccずつ空気を入れ始めた。

ところが、この空気の注入を行っている最中、15時30分ころ、Aの酸素飽和濃度が100程度から86程度の異常値に下がるとともに(麻酔中は95程度が正常値)、血圧も昇圧剤が必要なほど下がった。ただ、その時にAにチアノーゼは見られなかった。

また、同じころ、Aに徐脈が発生し、引き続いて心室性期外収縮が発生した。Aの不整脈は更に進行し、心室頻拍が発生した後、心室細動が生じ、それから1、2分ほど経った、15時47分から50分の間ころ、Aは一度目の心停止をした。

心停止後、Aは、心蘇生術が施され、15時50分から55分の間ころ、心停止状態から回復したが、心室細動が発生するなど、心電図上は、なお非常に不安定な状況であった。

ただ、一度、しばらく正常な状態が続いた際、Aの心停止の原因が「嚢胞」内の出血である可能性を慮ったY1医師は、それを放置することは危険であると考えて、開腹して開窓術を続行することとし、Aの上腹部を8cmほど切開した。そして、16時10分ころ、Y1医師が、嚢胞壁と判断した部分の下縁の上下に2本の支持糸をかけ、下方の支持糸を下方に牽引した際、Aは再び心停止した。

そこで、Y1医師は、心蘇生術を行い、再びAが蘇生したところで、嚢胞と診断した部分に直径3cmほどの開窓術(2箇所)を施し、ドレイン2本を留置し本件手術を終了した。

しかし、Aは意識を回復しないまま、同年3月16日にH病院に転院し、同年4月14日に同H病院で死亡した。

Aの死因は、本件手術中の一過性心停止により生じた低酸素性脳症を原因とする就下性肺炎や感染症を伴う全身機能障害であった。

また、Aは肝嚢胞ではなく、右腎の高度の水腎症であった。

そこで、遺族(Aの妻子ら)は、Aの死亡原因は、Y1医師の誤診により不必要な手術を行った過失等にあるとして、Y医療法人及びY1医師に対し、主位的に不法行為、予備的に診療契約の債務不履行による損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:1憶2877万3324円
(内訳:逸失利益8980万6273円+慰謝料3000万円+葬儀費用120万円+弁護士費用1210万0627円の合計額の一部請求)

(裁判所の認容額)

認容額:9161万9918円
(内訳:逸失利益5709万0839円+慰謝料2500万円+葬儀費用120万円+弁護士費用832万9081円)

(裁判所の判断)

1.Y1医師の過失の有無

この点について、裁判所は、水腎症と肝嚢胞の症状や診断方法を指摘しました。また、血尿がある場合、臓器別の疾患頻度は膀胱40%、前立腺25%、腎15%、その他20%で、病変部位の確認とその拡がりについては腎膀胱部単純撮影、尿道造影、腎盂造影(排泄性、順行性、逆行性)、超音波断層撮影法、CT、腎動脈造影法などの画像診断を用い、無症候性の血尿については、腎尿路系の悪性腫瘍、結石、潰瘍、外傷、感染症、糸球体腎炎、異物、腎動静脈瘻、腎血管腫、腎動脈瘤、特発性腎出血がまず原因として考えられることなどを指摘しました。

その上で、Aが、血尿(無症候性のもの)を理由にY病院の診察を受け始めた以上、Y1医師としては、まずは尿路系の疾患の可能性を考えるべきであると判示しました。

そして、平成5年1月11日のCT検査の画像では、Y1医師が嚢胞と診断した部分の内部に造影剤が付着・貯留しているのが容易に見て取れるところ、鑑定の結果によれば、このCT検査の際に用いられた造影剤は、腎排泄性で全量が尿中に排泄されることが認められるとしました。そうであれば、造影剤が付着・貯留している部分は、尿の存在する場所であると考えるのが相当であるから、医師であるY1医師としては、この部分が肝臓でないことを当然疑うべきであるとしました。また、ドレナージチューブをより太いサイズのものに変え、充分に排液の行われた後の同月27日のCT画像においては、従来肝嚢胞とされてきた部分と肝臓との境界や、拡張した腎盂様の像が見て取れるほか、Y病院でのCT画像中にAの右下腹部に尿管結石と考えてもよい像の写っているものがあることも認められるとしました。

裁判所は、更に、Aは、嚢胞と診断される部分に純アルコールを注入されることで、急激に体調を崩し、血液検査にも腎疾患を窺わせるような結果が出ていたことも指摘しました。

以上を総合的に考えれば、Y1医師は、遅くとも本件手術までにAが肝嚢胞ではなく水腎症であとの診断をすることができたというべきであり、それにもかかわらず肝嚢胞であるとの診断を維持し続けたY1医師にはこの誤診につき過失があったと判断しました。

2.Y1医師の過失とAの死との相当因果関係の存否

裁判所は、Aの死につながる低酸素性脳症の原因である心停止は、一度目は、気腹下において、肝嚢胞とされた部分を電気メスで切開するために「嚢胞」内に空気の注入を行ったことを原因として発生したと推認され、二度目は、一度目の心停止によって心機能が低下している状態において、Y1医師が嚢胞壁と判断した部分の下縁を牽引したことを原因とする自律神経反射によって発生したと認めるのが相当であると判示しました。

そして、Aの心停止は、腹腔鏡下外科手術に内在する危険性が現実化したことによって発生したといえるから、本件手術における腹腔下手術とAの心停止との間に相当因果関係を認めることができると判断しました。

裁判所は、そして、巨大肝嚢胞について腹腔鏡手術を行うことが医師としての合理的な裁量の範囲内であれば、Y1医師がAを巨大肝嚢胞と誤診した過失と、腹腔鏡下手術の実施、ひいてはそれと相当因果関係にあるAの心停止との間に相当因果関係が認められるし、仮に腹腔鏡下手術の実施が医師としての合理的な裁量外の行為であるとしてもそれは新たにY1医師の過失行為を加えるものに過ぎず、Y1医師の責任を阻却するものにはなり得ないとしました。

したがって、Y1医師に診断上の過失が認められ、また、本件手術における腹腔鏡下外科手術の実施とAの心停止との間に相当因果関係が認められる以上、Y1医師には、Aの心停止によって生じたA死亡の結果について不法行為責任があり、その使用者であるY医療法人には同内容の使用者責任があると判断しました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年3月15日
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