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No.35「国立大学医学部付属病院耳鼻咽喉科で耳の治療を受けた患者が点耳薬の副作用により難聴。医師に添付文書記載の注意事項を守る義務違反等の過失ありとの地裁判決」

平成15年4月22日福岡地方裁判所判決(損害賠償請求事件)判例時報1837号87頁

(争点)

  1. リンデロンA液の投与を選択したことが医師の裁量を逸脱しているか
  2. Xの難聴の原因はリンデロンA液の投与によるものか
  3. リンデロンA液の投与にあたっての、Y病院医師らの注意義務違反の有無

(事案)

X(難聴になった当時52歳の女性)は、国立Y大学医学部付属病院(以下Y病院)の耳鼻咽喉科を受診した。平成11年10月25日、Y病院勤務医師らは、Xの慢性中耳炎を治療するための点耳薬としてリンデロンA液を選択し、Xは10月25日から11月29日まで36日間リンデロンA液を投与した。

リンデロンA液投与36日目の聴力検査で高音部に聴力の低下がみられ、その後平成12年5月24日までXの難聴が進行した(症状固定は平成12年4月21日)。

平成11年当時のリンデロンA液の添付文書には、(1)使用上の注意として、鼓膜穿孔のある患者には慎重に使用することが求められ、(2)重要な基本的注意として、非可逆性の難聴があらわれることがあるので、次の諸点に留意することとし、(ア)本剤の使用に際しては適応症、起炎菌の感受性等を十分考慮すること、(イ)長期間連用しないこと、(ウ)本剤使用中は特に聴力の変動に注意することと記載されており、平成14年7月の添付文書の改訂(使用上の注意、効能、効果改訂のお知らせ)では、リンデロンA液は中耳炎又は鼓膜穿孔のある患者には禁忌とされた。

Xは、国に対して、Y病院勤務医師らの指示により投与した薬剤によって難聴に陥ったとして損害賠償を請求した。

(損害賠償請求額)

4629万4405円(内訳:装具・器具等購入費36万5364円+将来の補聴器購入費用81万0150円+逸失利益2675万8691円あるいは1397万8421円+慰謝料1500万円+弁護士費用420万円。請求額と内訳の合計不一致)

(判決による請求認容額)

2302万3442円 (内訳:装具・器具等購入費97万7360円+逸失利益1254万6082円+慰謝料750万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の判断)

リンデロンA液の投与を選択したことが医師の裁量を逸脱しているか

この点につき、裁判所は、平成11年当時、リンデロンA液が外耳炎又は中耳炎の患者に対して多くの病院で一般的に投与される薬剤であったと認定しました。その上で、平成11年10月25日当時、Y病院医師らがXの慢性中耳炎に対する点耳薬としてリンデロンA液を選択したこと自体は、リンデロンA液が中耳炎又は鼓膜穿孔のある患者には禁忌とされた時期以前であることから、裁量の逸脱ではないと判示しました。

Xの難聴の原因はリンデロンA液の投与によるものか

この点につき、裁判所は、リンデロンA液に含有される硫酸フラジオマイシン(アミノ配糖体系抗生剤)には、副作用である非可逆性の難聴が発現することがあると認定しました。その上で、硫酸フラジオマイシンによる聴器毒性は、滲出性中耳炎をおこしている場合であっても、動物差及び個体差が大きく、Xに投与されたリンデロンA液の期間及び投与量で難聴にならないということはできず、むしろ投与が36日間に及んでいること、36日目のオージオグラムの聴力像に高音部に聴力の低下がみられ、平成12年3月28日、同年4月17日と高音部急墜型の聴力像を示し、遅くとも同年5月24日まで難聴が進行していること、これらは点耳薬性難聴に特徴的な聴力像であることから、Xの難聴は、特段の事情が認められない限り、リンデロンA液投与によるものと認めるのが相当と判示しました。

リンデロンA液の投与にあたっての、Y病院医師らの注意義務違反の有無

この点につき、裁判所は、リンデロンA液の添付文書見本の「使用上の注意」欄の中の「2. 重要な基本的注意」欄には、「(1)非可逆性の難聴があらわれることがあるので、次の諸点に留意すること。」として「2)長期間連用しないこと。」と記載されていることに基づき、Y病院勤務医師らは、Xに対し、リンデロンA液を長期間連用しない義務があったと認定し、当時リンデロンA液の投与期間を10日から2週間に限定している文献が散見されることから、2週間経過後にリンデロンA液の投与継続を指示したY病院勤務医師は、リンデロンA液を長期間連用しない義務に違反したと認定しました。

またリンデロンA液の投与開始から中止までの間、一度も純音聴力検査を行っていなかった医師らは聴力検査により副作用の発生を早期に探知する義務に違反したと認定しました。

そして、Y病院勤務医師らが、重大な副作用の発生を予防する十分な措置を講ずる義務、すなわち、添付文書記載の注意事項を守る義務及び聴力検査又はXの自覚症状の訴えにより副作用の発生を早期に探知する義務に違反したと判示しました。

カテゴリ: 2004年11月26日
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