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No.356 「子宮破裂後の分娩で重症新生児仮死に陥った新生児が約7ヶ月半後に死亡。帝王切開後の経膣分娩を試みた医師に継続監視を怠り子宮破裂の徴候を見落とした過失があるとした地裁判決」

福島地方裁判所平成25年9月17日判決 判例時報2213号83頁

(争点)

帝王切開後の経膣分娩(VBAC)における医師の過失の有無

(事案)

Xは平成21年1月に、Y医師の経営するYマタニティ・クリニック(以下、Yクリニックという)において長男を帝王切開により出産した。

退院の際、XはYクリニックの助産師から、3年以内に再度妊娠した場合は帝王切開になること、通常分娩を望むのであれば3年は妊娠を待つ必要があるとの説明を受けた。

Y医師は、昭和61年のYクリニック開業以来、年間400例から500例の分娩を取り扱い、帝王切開後の経膣分娩(以下、VBACという)の症例も開業以来70例以上を取り扱っていた。

VBCAは、前回帝王切開時の切開痕が原因となって子宮破裂を起こすリスクが前回経膣分娩をした妊婦よりも高くなり、かつ、子宮破裂が発生した場合の胎児、新生児の予後は不良であり、死亡率は50ないし75%とされている。子宮破裂が発生した場合、極めて緊急の帝王切開を実施し、かつ新生児の蘇生を試みる必要が生じる可能性が高いことから、VBACを実施する際には産婦人科医のほか、麻酔医、新生児科医らが緊急帝王切開に備えて待機することが必要とされており、以上のような態勢が整わない施設においては、VBACを実施せず、反復帝王切開による娩出が推奨されている。

平成22年3月、XはA(第二子)を妊娠したことに気付き、同月16日、Yクリニックを受診した。

Y医師は、X1が前回出産もYクリニックで行い、その際に帝王切開を実施していたことから、今回出産においてVBACを試みることによる子宮破裂の可能性があることを認識した。また、VBACを試みるのであれば、少なくとも新生児科医師等がいる施設で実施することが望ましいことも認識していた。

しかし、Yは、Yクリニックは地域において唯一の産婦人科医院であり、YクリニックにおけるVBACを実施しなければ地域に居住する妊婦の出産に困難が生じるとの考えから、Yクリニックにおいて継続的にVBACを実施してきており、Xについても同様にVBACの出産の適応であると考えた。

そこで、Yは、XとXの夫に対し、手術ではなく普通にお産は進めていく旨、いざという時はいつでも手術できるようにはする旨等の説明はしたが、VBACや子宮破裂との言葉を用いたそれらの危険性の説明はしなかった。

Xは、以降、定期的に継続してY医院を受診し、出産予定日は11月10日と診断された。

Xは、平成22年11月2日午後5時ころから陣痛を感じ始め、午後10時頃からは間隔不定の不規則な陣痛を感じ始めた上、産微と認められる出血を確認した。陣痛は、翌日3日午前0時30分頃からは5分おきになった。

同日午前1時30分ころ、Xは痛みが我慢できなくなったことからYクリニックに電話をし、午前1時50分ころ、夫とともに外来を受診し、Y医師の診察を受け、分娩開始のため入院することとなった。

Y医師は、Xの入院時の内診により、児頭が下がっていたことから、予定どおりVBACが可能であると判断し、午前1時50分ころから、胎児心拍数陣痛図を用いてXの分娩監視を開始し、出血、破水、陣痛及び子宮口が5センチメートル開大していることを確認した。しかし、Y医師はXに付きっきりで付き添うことはできず、Yクリニックの看護師は胎児心拍数陣痛図による継続監視ができず、継続監視が可能な助産師は出勤していなかったことから、Yクリニックの看護師は、Y医師の指示に従い、午前2時30分ころ、胎児心拍数陣痛図による分娩監視を終了した。以後、Yクリニックの看護師は、1時間に1回の頻度で、超音波パルスドップラ法により胎児の心音を聴取するのみとなったが、午前4時頃実施した胎児の心音聴取においては、未だ異常は発見されていなかった。

午前1時50分頃、Y医師は、Xを診察した後、Yクリニックの隣にある自宅に帰宅した。午前2時30分ころ、Y医師は、胎児心拍数陣痛図による分娩開始を終える際、Xを診察する予定としていたが、自宅に帰宅後そのまま入眠し、午前5時50分ころのXのナースコールによりYクリニックの看護師がY医師に起床を促すまで睡眠していた。

Xは、午前5時30分ころ、腹部にバチンという音とともに痛みを感じ、午前5時50分ころ、痛みに耐えられなくなったことからナースコールで痛みが限界だと伝えた。

Yクリニックの看護師は午前6時10分ころ、Xを分娩室に移動させた。Y医師は、分娩室においてXを診察したところ、Xの腹部が板状硬結し児心音の聴取が困難となっていたことから、超音波パルスドップラ法により児心音を聴取し、胎児心拍が60~70回/分にまで落ち込んでいることを確認した。Yは、Xが子宮破裂を起こしていると診断し、その旨Xらに伝えた上、緊急帝王切開を実施することの承諾を得て、これを開始した。

Yは、直ちにXに全身麻酔を施行後、下腹部正中切開により腹直筋を解放したところ、子宮外の膀胱部上位前面に胎児を認めた。Yは、同胎児を娩出し、臍帯切断をした。これにより、午前6時33分、A(男児)が出生した。

Aは出生直後からマスクとバックによる蘇生措置等を受けたが、昏睡状態で自発呼吸はなく、Yクリニックでこれ以上の蘇生は不可能と判断され、B病院に救急搬送され、新生児治療室(NICU)に入院した。

Aは、B病院に搬送後も意識は昏睡状態であり、瞳孔は散大し、対光反応もみせず、上肢強直、下肢弛緩、けいれん等がみられ重症新生児仮死と診断され、気管内挿管、人工呼吸管理、脳低体温療法が行われた。Aの自発呼吸は一度も行われることなく、気管内挿管、人工呼吸器管理が出生時から死亡時まで続けられた。東日本大震災発生後の3月16日に福島第一原子力発電所事故の影響が懸念されたため、Aは国立T病院のNICUに転院した。4月16日に実施された脳波検査では正常な脳波は全く認められず、重度の脳障害をきたしており、臨床症状の改善の見込みはないと診断された。その後Aは平成23年6月17日、再転院先のB病院で死亡した。

そこで、Xら(Xおよびその夫)は、Y医師に対し、不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
4972万6876円
(内訳:入院雑費33万1500円+付添人交通費15万1866円+葬儀関係費用150万円+カルテ開示費用1万9870円+逸失利益1999万9380円+入院慰謝料284万円+死亡慰謝料2200万円+両親固有の慰謝料600万円+弁護士費用528万4260円-産科医療補償制度による補償金840万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
4312万7108円
(内訳:入院雑費33万1500円+付添人交通費15万1866円+葬儀関係費用150万円+カルテ開示費用1万9870円+逸失利益1988万3873円+入院慰謝料284万円+死亡慰謝料2000万円+両親固有の慰謝料400万円+弁護士費用400万円-損害填補960万円。相続人複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

帝王切開後の経膣分娩(VBAC)における医師の過失の有無

この点について裁判所は、VBACは、帝王切開歴のない妊婦の経膣分娩と比較して子宮破裂のリスクが高く、子宮破裂が発生した場合の胎児又は新生児の予後が不良であること、子宮破裂が発生した場合には迅速に帝王切開を実施することが必要であることから、VBACを実施する場合には、主治医には、少なくとも、分娩が始まった後胎児心拍数陣痛図等を用いて、子宮破裂の徴候がないか継続監視を実施する態勢を整える義務があると判示しました。

しかし、Yクリニックにおいては、Y医師が分娩開始から出産まで一人の妊婦に付き添い、胎児心拍数陣痛図による継続監視を実施することはできず、看護師は継続監視をすることができなかったというのであり、継続監視が可能な助産師は出勤もしていなかったもので、ほかに子宮破裂の徴候を直ちに捉えるための何らかの措置が実施可能であった形跡も見当たらないと指摘しました。そして、Y医師は、少なくとも子宮破裂の徴候を捉えるため継続監視を実施する態勢を整える義務を怠っていたと判断しました。

また、上記のとおりVBACには帝王切開歴のない妊婦と比べてリスクが高く、かつ、VBACを施行せずとも二度目以降の妊娠の際にも帝王切開による出産は可能であり、その方がリスクは低いものであるから、帝王切開歴のある妊婦に対しては、二度目以降の妊娠の際にVBACを試みるか、帝王切開による分娩を試みるかの選択の機会を与えることが重要であり、そのためには、当該妊婦の主治医には、VBACのリスクを説明するとともに、VBAC以外の選択肢もあること、当該クリニックでのVBACを実施する態勢等当該妊婦がVBACによる出産を試みるか、帝王切開による分娩を試みるかを選択するために必要な情報を説明する義務があると判示しました。

しかし、Y医師はXに対し、「子宮破裂」の具体的文言さえ用いずに、手術ではなく普通にお産を進めていく旨、いざという時はいつでも手術できるようにはする旨等の説明をするにとどまり、子宮破裂の危険性、胎児又は新生児に与える影響、反復帝王切開の方がリスクは低いことなど何ら説明をした形跡がなく、上記説明義務を怠ったと判断しました。

更に、VBACを実施した場合には子宮破裂のリスクが高く、子宮破裂が生じた場合には、迅速に帝王切開術を実施し、胎児の娩出を行う必要があったことから、Yには、子宮破裂の徴候を捉える態勢を整える義務とは別に、X1に子宮破裂の徴候がないかを継続監視する義務もあったものとしましたが、前述のとおり、Yは子宮が胎児の状態を連続的かつ同時に監視することが可能な胎児心拍数陣痛図をXが入院した当初の40分ほどしか用いず、その後は看護師に対し胎児の心拍数を1時間に1回確認することのみ指示を出し、自らは隣接する自宅へ帰宅し、睡眠していたものであり、Xの子宮破裂は、同日午前5時30分頃に発生したと推認されるところ、YがXを診察したのは、早くともXが分娩室に移動した午前6時10分頃であり、Yは、継続監視を怠った結果、Xの子宮破裂の徴候を見落とし、又は子宮破裂直後に適切な処置をする機会を逸したものであり、VBACを安全に実施するための上記継続監視義務を怠っていたと判断しました。

以上から、裁判所は上記裁判所の認容額の範囲でXらの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年4月 9日
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