医療判決紹介:最新記事

No.391 「入院中に脳梗塞を発症した患者に重度の失語症などの後遺症が残る。医師が脳梗塞の発症を鑑別するための検査を行わなかったとして、検査義務違反を認めた地裁判決」

大阪地方裁判所平成28年3月8日判決 判例時報2318号59頁

(争点)

  1. CT撮影後、CT画像の読影に要する時間(約1時間)が経過した11月13日午後8時頃の時点において、医師に、患者の脳梗塞発症を診断し、治療を開始すべき義務の違反があったか否か
  2. 11月13日午後8時頃の時点において、医師に、患者の脳梗塞発症を診断するために必要な検査をすべき義務の違反があったか
  3. 争点1または2の義務を履行した場合に、患者の後遺症を回避又は軽減できた相当程度の可能性があるか否か

(事案)

X(昭和20年生まれの女性)は、平成12年、交通事故での入院中に右脳梗塞を発症し、平成16年にも右脳梗塞を発症した。

平成22年11月2日(以下、同年の出来事は月日のみ示す。)午後7時3分、Xは、路上で転倒し、Y医療法人の経営する病院(以下、「Y病院」という。)に救急搬送された。その際、けいれん重積発作があり、セルシン(抗けいれん剤)の投与によりけいれんは止まったものの、意識状態ははっきりせず、頭部の縫合措置を受けた後、CT検査及びレントゲン検査を受け、そのままY病院に入院した。

11月4日、Xは、右肩痛を訴え、同日X線撮影を行った結果、右鎖骨骨折が判明し、11月5日、右鎖骨骨折観血的手術を受けた。

11月13日午後3時20分頃、Xは、長男B及び長女Fが面会した際、失禁し、臥床して返答がなく、呼ばれた看護師及び理学療法士がXの症状を確認した上、A医師を呼んだ。

なお、A医師はY医療法人の代表者で、昭和47年に大学卒業後、そのほとんどを救急医療を含めた脳神経外科の診療に従事している脳神経外科医である。また、Xの長男Bは、平成22年当時、救命救急センター兼放射線科の看護師として約8年間の勤務経験を有していた。

A医師は同日午後3時30分頃、Xの診察を行ったところ、Xの意識レベルはJapan Coma Scale(JCS)のⅢ(刺激しても覚醒しない状態)の100(痛み刺激に対し、払いのけるような動作をする)~200(痛み刺激で少し手足を動かしたり、顔をしかめる)であり、けいれん、四肢弛緩の症状が見られた。A医師は、Xの上記症状が、11月2日にてんかん発作を起こして搬送された際の症状と酷似していると考え、Xがてんかん発作を再発したものと考えた。しかし、少なくとも事後的にみれば、Xは11月13日午後3時20分頃、左脳梗塞(アテローム血栓性脳梗塞)を発症した(以下、「本件脳梗塞」という)ものと判断される。

11月13日午後6時30分頃、看護師はXを診察したところ、表情はぼーとしており、四肢脱力があった。看護師は、A医師に連絡し、同日午後6時57分、Xの症状を確認する目的で、頭部CT検査を行った。

事後的に見れば、上記時刻に撮影されたXの頭部CT画像(以下「本件CT画像」という。)には、脳梗塞のアーリーCTサイン(早期虚血性変化)とみられる左側頭葉に低吸収域を呈する所見がある。しかし、A医師は、11月13日午後8時頃、本件CT画像からアーリーCTサインがあると読影することができず、経過観察とした。

Xの意識障害は11月14日午前7時の時点でも継続していたが、手足の麻痺はJCSⅡ10(合目的な運動をする。)に改善した。

Xの意識障害は、11月15日にも継続していたほか、同日には失語状態となった。

Bは11月15日の上記症状からXの脳梗塞発症を確信するとともに、11月13日以降のA医師や看護師らの対応等に不信感を抱いていたため、弁護士に相談の上、A医師に対して同日中のCT撮影及び診察、翌16日の家族との面談を求める文書を、Y病院宛にファクシミリで送信した。

A医師は、11月15日午後6時頃、上記Bの依頼を踏まえ、XのCT撮影を依頼したが、連絡の齟齬などから、同日中にはCT撮影が実施されなかった。

11月16日午前10時24分、Xは、頭部CT検査を受けた。A医師は、左側頭葉に低吸収域を認め、急性脳梗塞と診断し、オザグレルナトリウム(抗血小板薬)の投与を開始した。

A医師は、上記CT撮影を踏まえてBらと面談を行い、Xが脳梗塞を発症していると伝えた。

Bらは、11月15日にCT撮影を依頼し、A医師が同日中の撮影を指示したというのに、実際に撮影されたのが翌16日であったことで、Y病院に対する不信感を一層増幅させ、Xを転院させることとし、その旨を申し出た。そして、11月18日、Xは、Y病院からD病院に転院した。

なお、同転院後は、保険適用上、オザグレルナトリウムの投与は中止された。

Xは、脳梗塞による重度の失語症、脳血管性認知症を呈し、言語による指示に対し応答ができずコミュニケーションがとれないといった後遺症が残り、平成23年にXの後見開始決定がされ、BがⅩの成年後見人となった。

そこで、Y病院に入院中に、Xが左脳梗塞を発症して重度の失語症などの後遺症が残ったのは、Xの主治医であったA医師において、Xの臨床症状やCT検査画像から脳梗塞を診断し又はそのための検査を行うべき義務に違反したからであると主張し、Yに対し、上記義務違反がなく適切な治療を受けていれば、上記後遺症を回避又は軽減できた相当程度の可能性があった等として、診療契約の債務不履行による損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
500万円
(内訳:本件後遺症を軽減できた相当程度の可能性を侵害されたことに対する慰謝料500万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
150万円
(内訳:本件後遺症を軽減できた相当程度の可能性を侵害されたことに対する慰謝料150万円)

(裁判所の判断)

1 11月13日午後8時頃の時点において、医師に、患者の脳梗塞発症を診断し、治療を開始すべき義務の違反があったか否か

この点について、裁判所は、11月13日午後3時20分頃~午後6時30分頃のXの症状(失禁、意識障害、四肢弛緩ないし四肢脱力)は、陳旧性脳梗塞による症候性てんかん発作と考えて矛盾しないものである上、11月2日に同様のてんかん発作が発症していたことからすれば、A医師が症候性てんかん発作の再発と考えたことは直ちに不合理であったとはいえないと判示しました。しかし他方で、左半球に新たな脳梗塞を発症した場合には右半身に麻痺が生じるところ、A医師がXを診察した11月13日午後3時30分頃~午後6時30分頃のXの症状は、症候性てんかん発作と考えても矛盾しないと同時に、新たな脳梗塞の症状と考えても矛盾しないものであって、この段階でXの症状について確定診断ができるものではなかったと判断しました。さらに、事後的にみれば本件CT画像に脳梗塞のアーリーCTサインとみられる所見があることに争いはないが、一般にアーリーCTサインの読影には困難が伴うほか、鑑定によっても、本件CT画像それ自体からアーリーCTの読影が容易にできたとまではうかがえず、アーリーCTサインであると疑う余地があったに止まるものと解されるとし、したがって、本件CT画像から直ちに本件脳梗塞の発症を診断できなかったとしても、それをもって医療水準に悖るものと評価することはできないと判示しました。他方で、上記のとおり、本件CT画像は事後的にみればアーリーCTサインと読影できるものであり、読影時点を基準にしてもアーリーCTサインと疑う余地のあるものであったといえるから、本件CT画像をもって新たな左脳梗塞が発症していないと確定診断するのも困難であったというべきであると判示しました。

裁判所は、以上の検討を踏まえると11月13日午後8時の時点で、Xの症状及び本件CT画像から、Xに新たな脳梗塞が発症したと診断するのは困難であったというべきであるから、A医師に11月13日午後8時頃の時点において、Xの脳梗塞発症を診断し、治療を回避すべき義務があったとまではいえないと判断しました。

2 11月13日午後8時頃の時点において、医師に、患者の脳梗塞発症を診断するために必要な検査をすべき義務の違反があったか

この点について、裁判所は、11月13日午後8時の時点でのXの症状は、新たな脳梗塞を発症したものとみても矛盾しないものであり、それを否定する確たる根拠もなかったといえるとしました。また、本件CT画像は、読影時点を基準にしてもアーリーCTサインと疑う余地のあるものであったのであり、A医師は、これらを踏まえつつ経過観察としたというのであるが、一般に脳梗塞は、早期に発見し治療を開始することで予後の改善可能性が高まる疾患であって、発症から一定時間が経過すれば不適応となる治療法も少なくないことからしても、早期に脳梗塞か否かを鑑別するための対応をする必要があったというべきであると指摘しました。

そして、脳梗塞の発症を鑑別するための更なる検査としては、MRI検査の拡散強調画像(DWI)撮影又は造影CT検査を行うことが有効であると認められ、かつ、Y病院においても上記MRI検査又は造影CT検査を行うことが可能であったと認められるから、それらの検査を行うことによって、Xの本件脳梗塞の発症を診断できたものと認められるとしました。

したがって、A医師としては、11月13日午後8時の時点で、上記MRI検査又は造影CT検査を実施すべき義務(厳密には検査を指示し、又は実施すべき義務)があったというべきところ、これらの検査をしなかったのであるから、同義務違反があると判断しました。

3 争点1または2の義務を履行した場合に、患者の後遺症を回避又は軽減できた相当程度の可能性があるか否か

この点につき、上記2の判断を踏まえると、A医師が、上記2の検査義務を履行してMRI検査(DWI撮影)または造影CT検査を開始ないし指示したとすれば、遅くとも11月14日の午前中には同検査が実施され、脳梗塞発症の確定診断が可能であったと推察されるから、仮にその後速やかに医療水準にかなった治療が行われた場合に、Xの本件後遺症を回避または軽減できた相当程度の可能性があるといえるかが問題となると指摘しました。

また、鑑定によれば、オザグレルナトリウムまたはアルガトロバンとエダラボンを併用投与することは、一般に考えられる治療法の一つであり、本件においても採用可能な療法の一つであったと認められるところ、これを実施することによってXの神経症状が改善した可能性が高かったものといえる。もっとも、改善の程度についていえば、Xのような重症例では、mRSのスケールを1ランクまで改善することは難しかったかもしれないが、エダラボン投与により改善傾向を示しやすいのは運動機能障害であり、少しでも神経症状を改善できた可能性はあり、これにより全体の予後に好影響を及ぼす可能性があったと考えられると判示しました。

そして、本件において、11月13日の時点で新たな脳梗塞(本件脳梗塞)の発症を疑い、遅くとも11月14日の午前中までに上記(裁判所の判断)2の検査義務を履行していれば、その時点で本件脳梗塞の確定診断が可能となり、時間的にみて、アルガトロバン、エダラボン及びそれらの併用による投与ができたといえるところ、その場合にはオザグレルナトリウムの単独投与の場合と比較して、予後が改善された可能性があったと見込まれるとしました。

また、本件では、上記のとおり、A医師が11月14日までに本件検査義務を怠り、確定診断が遅れたことで、アテローム血栓性脳梗塞に対してより効果が高いと考えられるアルガトロバン、エダラボン及びその併用投与の機会を逸し、約2日遅れで、より効果が低いオザグレルナトリウムを投与することしかできなかったといえると判示しました。

さらに、オザグレルナトリウムを14日間継続投与していれば、予後がより良好であった可能性があるところ、本件では、Bらが11月13日のXの症状悪化後のA医師や看護師らの対応等に不信感を抱きつつあったところ、11月15日中にCT撮影等を希望するファックスを送信したのを受けて、A医師が同日中にCT撮影をするように指示したのに、病院内の意思疎通の齟齬等により、それが翌日回しとなっていたことにより不信感を増幅させ、11月18日に転院するに至った経緯がある。このように、Xに対するオザグレルナトリウムの投与を3日目にして中止せざるを得なかったのは、上記(裁判所の判断)2の本件検査義務違反に加えて、上記のようなY病院の対応に一定の問題があったことにも起因しているとしました。

裁判所は、上記(裁判所の判断)2の本件検査義務の履行によりアルガトロバン、エダラボン及びそれらの併用投与がされていた場合には、本件後遺症を軽減できた相当程度の可能性があったというべきであるが、本件後遺症を大幅に軽減できたとは認め難く、軽減の程度は小さかった可能性が高いと見込まれると判示しました。

以上より、裁判所は上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年9月 9日
ページの先頭へ