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No.40「子供が触れて閉じ始めた病院廊下の防火扉に、歩行不自由な高齢女性入院患者が接触して転倒・骨折。患者の既往症を減額理由とせず病院に損害賠償を認めた判決」

平成12年8月31日福島地方裁判所会津若松支部判決(判例時報1736号113頁)

(争点)

  1. 本件事故後の患者の後遺障害等級及び後遺障害慰謝料額
  2. 患者の既往症(疾患)が転倒及び骨折に寄与している場合に、当該疾患を損害賠償額の算定に当たって斟酌(過失相殺の類推適用)し、損害額を減額することが許されるか

(事案)

Xは、本件事故当時満71歳の高齢女性であり、市営住宅の3階で一人暮らしをしていたが、脳内出血による右不全片麻痺により、後遺障害等級第3級3号に該当していた。

Xは平成8年12月5日、被告Yの設置する乙山病院附属丙川病院(以下「Y病院」という。)に入院し、治療及びリハビリテーションを受けていた。

平成8年12月6日、XがY病院の廊下を歩行中、子供が同病院廊下の壁に沿って設置されていた防火扉(本件防火扉)の取っ手に触れた。そして本件防火扉が、Xの方向に向かって閉じ始め、Xに接触した。このときの閉じ方は、通常人であれば、本件防火扉を手や身体で押さえたり、接触することを避けることができる程度のものであったが、Xは、右不全片麻痺の状態にあり歩行が不自由であったことなどから、本件防火扉と接触してその場に転倒し、右大腿骨骨折の障害を負った(本件事故)。

Xは、この受傷について人工骨頭手術(大腿骨頭置換手術)を受けた。

本件防火扉には設置保存の瑕疵があったことにはXY間に争いがない。Yが、Xに対し、本件防火扉の占有者ないし所有者として、民法717条1項に基づく損害賠償責任を負うことについても争いはない。

Yは、Xが本件事故で転倒したことにはXの右不全片麻痺が、骨折したことにはXの骨粗鬆症がそれぞれ寄与しているので、損害額の7割の減額がなされるべきであると主張し、賠償額が争われた。

(損害賠償請求額)

2590万円(内訳:入院付添費6万円+入院雑費28万7300円+入通院慰謝料250万円+将来の介護費等1180万円+家屋改造費25万2700円+後遺障害慰謝料900万円+弁護士報酬200万円)

(判決による請求認容額)

2010万円(内訳:入院付添費6万円+入院雑費28万7300円+入通院慰謝料250万円+将来の介護費等1170万円+家屋改造費25万2700円+後遺障害慰謝料350万円+弁護士報酬180万円)

(裁判所の判断)

本件事故後の患者の後遺障害等級及び後遺障害慰謝料額

X側は、後遺障害第1級に該当すると主張し、Y側は、事故前と同一等級であると主張しました。

裁判所は、Xの本件事故後の状態は一人で日常生活をおくることは極めて困難であるとして、後遺障害第2級第3号に該当すると判断しました。

Xの歩行能力などが、本件事故前より減退したことについて、転倒することへの恐怖心やそれらに起因するリハビリテーションへのやや消極的態度も影響していることが窺えるとしながらも、本件事故の態様、それが病院内で起きたものであること、当時のXの年齢並びに骨折の際の肉体的苦痛や事故後の手術やリハビリテーションの負担感などを斟酌し、Xの心理的問題は、後遺障害の等級を減じる要素にはならないとも判示しました。

次に、後遺障害慰謝料額については、Xが本件事故前既に後遺障害等級第3級の状態にあったことから、後遺障害慰謝料額は、等級が進んだ部分について算定するのが公平と判断し、350万円が相当と判示しました。

病院内での患者の転倒事故につき、患者の既往症(疾患)が転倒及び骨折に寄与している場合に、当該疾患を損害賠償額の算定に当たって斟酌(過失相殺の類推適用)し、損害額を減額することが許されるか

裁判所は、本件事故の際、本件防火扉が閉じたことについて、Xが物理的原因を与えたり、あるいは、禁止されている場所を歩行したり、禁止された歩行態様をとったなどの事実は認められないと認定しました。

そのうえで、本件事故現場は病院であり、Xのような高齢の女性を含む、高齢者や身体に疾患を有する者が多数往来している場所であると認められ、こうした場所で、通行者の予想に反して防火扉が閉じるという事態が起きた場合、Xに限らず、心身の疾患からこれを避けることができずに接触して転倒したり、また、転倒した場合に限らず、衝突の衝撃が比較的軽微なものであっても、従前の疾患も原因となって、重篤な骨折などの傷害を引き起こす事故が起きることは、十分予測できると判示しました。

そして、本件事故現場のような病院等の施設の占有者には、事故を回避するため、一般の住宅や一般公衆の出入りする通常の施設の占有者とは違った、利用者への安全へのより高度の注意義務が課せられていると判断しました。

その上で、被害者の疾患のうち、少なくとも施設の占有者において把握ないし容易に予測できるものについて、これを損害賠償額の算定に当たって斟酌し損害額の減額を図ることは、かえって、損害額の公平な分担の要請に反し、許されないと判示して、Yの主張を退けました。

カテゴリ: 2005年2月22日
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