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No.416 「催奇形性作用について説明されることなくイトリゾールを処方され服用した女性が妊娠し、やむなく人工妊娠中絶手術に至ったとして、産婦人科医に薬剤の副作用についての説明義務違反が認められた事案」

大阪地方裁判所平成14年2月8日判決 判例タイムズ1111号163頁

(争点)

  1. 説明義務違反の有無
  2. 慰謝料額

(事案)

X(昭和47年生まれで、平成10年4月に結婚した女性)は、平成11年3月19日、生理不順による不正出血を理由として、Y医師(産婦人科医)の経営するクリニック(以下、「Yクリニック」という。)に赴き、受付にて、生理(不順)による不正出血のために来院したこと、現在妊娠していないこと、最終生理日(生理の始まった日)が2月12日であることなどを記載した上、生理の始まった日を記載したメモとともに受付の職員に提出した。

Xは、診察室に入り、Yに対し、平成10年4月○○日に結婚し、避妊していたこと、妊娠歴はないこと、性器出血があること、下腹部痛はないことを伝えた。その後、Y医師は内診を行い、Xの病名を卵巣不全、膣外陰炎と診断し、膣洗浄および膣坐剤(抗菌剤クロラムフェニコール)を投与した。そして、Xの不正出血は卵巣不全によるものと考えたため、Xに排卵について確認したところ、Xからメモを示されながら説明を受け、1年間で9回排卵があり、3回無排卵であったことを確認した。そこで、Y医師は、不正出血(卵巣不全)の治療として、ノアルテン(黄体ホルモン)3錠10日分を処方した。同時に、Y医師は、Xの膣外陰炎に対し、内診により帯下が非常に多かったことから、カンジダ症を疑い、膣分泌物の培養検査を行うとともに、真菌症の治療薬であるファンギゾン2錠10日分を処方した。なお、膣分泌物の培養検査の結果は、カンジダ菌(3+)であった。

平成11年3月24日、Xは、Yクリニックに電話をし、培養検査の結果が陽性であったことを知り、同月27日、Yクリニックに赴いた。

同日、Y医師は、ファンギンゾンの服用によってXの治療効果があまり上がらなかったこと、同月19日の内診において帯下が非常に多かったことから、Xのカンジダ症は難治性又はそれに準ずる場合に該当すると判断して、イトリゾール2錠10日分を処方した。

イトリゾールとは、トリアゾール系化合物であるイトラコナゾールを含有し、真菌膜の構成成分であるエルゴステロール合成を阻害することにより抗真菌作用を示す経口抗真菌剤であり、組織親和性が高く一日一回の経口投与により各種の深在性及び表在性真菌症に対して有効性が認められている。イトリゾールの効能書には、イトリゾールは、皮膚糸状菌、カンジダ属などによる内臓真菌症(深在性真菌症)、深在性皮膚真菌症、表在性皮膚真菌症に効果があるとされており、表在性皮膚真菌症の一つとして、カンジダ症(口腔カンジダ症、皮膚カンジダ症、カンジダ性毛瘡、慢性皮膚粘膜カンジダ症)が記載されている。イトリゾールは、動物実験において、催奇形性作用が報告されているため、妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与してはならないとされ、また、乳汁中へ移行することがあるので、授乳中の婦人にはイトリゾール投与中、授乳を避けさせなければならない。なお、一般的注意として表在性皮膚真菌症に対しては、難治性あるいは汎発性の病型に使用し、長期間投与に際しては、肝機能検査を定期的に行うことが望ましいとされている。

Y医師は、処方にあたり、イトリゾールの催奇形性作用についての説明は全くしなかった。また、この時点において、Xが避妊処置をしているかなどの確認もしなかったし、避妊処置をするようにとの指導もしなかった。

Xは、処方されたイトリゾールを服用した。

同年4月5日、Xは、同月2日に生理が始まったこと、服用していたイトリゾールが残り少なくなってきたことから、Yクリニックに赴き、同月2日から生理が始まったことを伝えた。そこで、Yは、生理不順の原因が排卵障害によるものと考えられたため、クロミッド(排卵誘発剤)2錠5日分を処方した。その際、Y医師は、クロミッドによって排卵があったかどうかを確認するため、Xに対して、Yクリニック作成の基礎体温表を受付にて交付し、基礎体温を計測して記録し、次回の診察の際、持参するよう指示した。また、イトリゾール2錠10日分を処方し、Xは、これを服用した。

同月19日、Xは、Yクリニックに赴き、基礎体温表をYに示した。Yは、同表を見て、無排卵と診断し、引き続きクロミッド(排卵誘発剤)2錠5日分、ノアルテン3錠10日分を処方し、同時にイトリゾール2錠10日分も処方した。Xは、処方されたイトリゾールを服用した。

同月30日、Xは、Yクリニックに赴き、イトリゾール2錠10日分を処方され、Xはこれを服用した。

同年5月14日、Xは、Yクリニックに赴き、Y医師の内診を受けたところ、帯下はほとんどなくなっていた。Y医師は、膣洗浄を行い、膣分泌物の培養検査を実施したところ、後日、陰性になっていることがわかった。なお、上記内診の際、Y医師は、Xに膣坐剤を投与した。

同月18日、Xは、膣分泌物の培養検査の結果が陰性であったことを知った。

同年5月24日、Xは、M医院に赴き、尿検査などを行い、妊娠約7週であることがわかり、以後、10日又は2週間に1回の割合でM医院に来院するよう指示された。

同年6月22日、Xは、M医院において、カンジダ症に対する薬剤として服用したものが催奇形性作用のあるイトリゾールであることを知り、M医院のM医師から、イトリゾールは、大変危険性の高い薬剤で、服用した本人の内臓にも強い影響があり、妊娠中に1回服用しただけでも、流産、死産、内臓等に障害のある子どもがかなり高い確率で生まれる可能性があるという説明を受けた。Xは、一旦帰宅し、夫とともに再度M医院に赴き、イトリゾールの催奇形性作用について説明を受け、同時に「イトリゾールの服用中に妊娠していることがわかったが、どうしたらよいか?奇形児出産の心配はないか?」などと記載された書面を交付された。また、人工妊娠中絶手術を施行するならば、早期に決断する必要がある旨説明された。

Xは、帰宅し、M医師から交付された上記書面を読み、産まれてきた子どもが障害を持っていた場合に生じる困難等を考え、同月23日、人工妊娠中絶手術を受けることに決め、同月26日M医院において上記手術を受けた。なお、その時の妊娠週数は、11週+6日と診断された。

そこで、Xは、Y医師に対し、XがY医師による治療を受けた際、Xに妊娠可能性があり、また、妊娠を望んでいたにもかかわらず、Y医師がXに胎児に対する副作用の強い薬剤を服用させ、結果としてXをして妊娠した胎児の人工妊娠中絶手術(以下、「本件手術」という)を余儀なくさせたとして、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
1220万6380円
(内訳:Yクリニックに支払った治療費2万7240円+M医院における本件手術費用及び治療費合計17万9140円+本件手術による精神的苦痛に対する慰謝料700万円+本件手術後現在までの肉体的不調及び精神的苦痛に対する慰謝料500万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
309万7000円
(内訳:M医院における治療費のうち、本件手術代及び本件手術までの検査、診察、薬代合計9万7000円+本件手術による精神的苦痛に対する慰謝料300万円)

(裁判所の判断)

1 説明義務違反の有無

この点について、裁判所は、医師は、患者の治療のため薬剤を処方するに当たっては、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、処方する薬剤の内容、当該薬剤の副作用などについて説明すべき義務があるというべきであるとしました。

そして、イトリゾールには重大な副作用として催奇形性作用があり、妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与してはならないとされているのであるから、Y医師は、Xに対し、イトリゾールを処方するに当たって、Xが妊娠している可能性がないことを確認し、服用中は妊娠しないようにすべきであることを指導した上で、イトリゾールの催奇形性作用について説明すべき義務があったというべきであると判示しました。

しかるに、Y医師は、イトリゾールを処方した平成11年3月27日、同年4月5日、同月19日、同月30日のいずれにおいても、イトリゾールの副作用(催奇形性作用)について説明もしていないし、服用中の避妊処置についても指導していないことから、Y医師が、上記説明義務に違反したことは明らかであるとしました。

2 慰謝料額

この点について、裁判所は、まず、損害賠償請求訴訟における相当因果関係の証明は、厳密な意味での医学的証明を必要とするものではなく、器官形成期に催奇形性作用のある薬剤を服用し、医師と相談した結果、奇形児が出生することに不安を抱き、やむなく妊娠中絶にいたった過程は、社会通念上是認することができると判示し、Y医師の説明義務違反と本件手術との間には相当因果関係が認められると判断しました。

その上で、裁判所は、Xは、

(1)
生理不順が続いていたため、結婚を意識し始めた1、2年前から基礎体温を測定していたこと、
(2)
平成10年4月○○日に結婚し、当初は避妊していたものの、平成11年1、2月ころから避妊をしていなかったこと、
(3)
上記生理不順(そのため過去1年のうち3回は無排卵だった。)のため、妊娠できるか心配していたこと、
(4)
本件での妊娠がXの初めての妊娠であり、本件手術後妊娠していないこと、
(5)
排卵障害のため妊娠しにくい身体であったところ、待望の妊娠により、胎児に対する愛情や期待は非常に大きかったと推認できること、
(6)
にもかかわらず、自己の決断により本件手術を受けざるを得なくなったXの悲しみや落胆は想像に難くないこと

など諸般の事情を考慮すれば、本件手術によるXの精神的苦痛に対する慰謝料は、300万円と認めるのが相当であると判断しました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年10月 8日
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