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No.50「集中治療室内の2歳男児に対する救急措置が遅れ、全治不明の低酸素性脳症。付き添っていた臨床研修医に業務上過失傷害罪で罰金刑の判決」

広島地方裁判所 平成15年3月12日判決(判例タイムズ1150号302頁)

(争点)

  1. 判決理由の「罪となるべき事実」に示された、A医師の注意義務と過失
  2. 被告人(臨床研修医)の注意義務の根拠
    (1)「主治医」であることによるものか
    (2) 具体的な注意義務は何か
  3. 量刑(罰金20万円)の理由

(事案)

被告人A医師は、H市のH市民病院外科の臨床研修医として勤務し、同病院心臓血管外科における研修のため、同科が行う診察、治療等の業務に従事し、患者V(当時2歳の男児)の担当医として、平成12年3月16日、Vに対する肺動脈狭窄の解除、心室中隔欠損及び心房中核欠損の各閉鎖の手術が行われた後、午後1時40分ころから、Vが同病院集中治療室(ICU)に収容された際には、上記手術に引き続きVの担当医としてVの容態の観察を行っていた。

同日午後4時17分ころから4時30分ころまでの間、上記集中治療室において、Vが心室細動による血液駆出停止を惹起したが、その発見及び救急措置が遅れ、Vは酸素欠乏に基づく全治不明の低酸素性脳症の傷害を負った。

(裁判所の判断)

判決理由の「罪となるべき事実」に示された、A医師の注意義務と過失

注意義務:上記手術後は、致死的不整脈である心室細動が起こり、血液の駆出停止等により低酸素性脳症等の脳障害を引き起こすおそれがあるところ、当時、Vは心室細動発生につながり得る心室性期外収縮を頻発させていたのであるから、Vの容態観察に当たっては、患者監視モニターの確認及び肉眼的方法等によって、Vの血圧、心拍動の状態を把握し、心室細動等の異常が発生した場合には直ちにこれを発見して速やかに他の医師等にその旨報告するなどの救急措置を講じ、心室細動による血液駆出停止及びそれに基づく脳障害の招致を防止すべき業務上の注意義務があった。

過失:上記注意義務を怠り、監視モニターの確認及び肉眼的方法等によるVに対する全身状態の観察、把握等を十分に行わず、さらに、監視モニターの動脈圧数値等の異常表示に気付いた後も、異常表示は器具の不具合によるものと思いこみ、心電図の確認や肉眼的方法等による容態観察を行わず、器具の調整のみに当たった過失により、Vが心室細動による血液駆出停止を惹起した際、その発見及び救急措置が遅れた。

被告人(臨床研修医)の注意義務の根拠

(1)「主治医」であることによるものか
検察官は、A医師の注意義務の根拠として、「Aが、Vの側で術後管理に当たっていた主治医」であることを主張し、弁護人はAは研修に従事しており、指導のもとに行う業務のみを行っていたから、術後管理の義務はなく、Vの治療に対して全責任を持つ主治医でもないと主張していました。

裁判所は、この点につき、H市民病院の心臓血管外科では1人の患者について2,3名の医師を病棟での担当医と定めて、「主治医」ないし「病棟主治医」と呼び、いわゆる臨床研修医と上級医をこれに指名して、上級医を臨床研修医の指導医としていたとの認定をしました。その上で、上級医はともかく、臨床研修医については、「主治医」に指名されたからといって、そのことの故に担当患者の診察、診療の中心的責任を負うものではなく、刑事責任を判断するには、当時A医師が負っていた具体的な注意義務を考察すべきであると判示しました。

(2)具体的な注意義務は何か
裁判所は、A医師は上級医の指導の下で研修するとはいえ、単なる研修生ではなく、医師として患者の診察・診療に当たるのであるから、一定の注意義務と責任を負うことは当然であり、研修医であるが故に何らの責任も負わないと解することはできないと判示しました。

そして、

ア A医師が、病棟担当医としてVの入院に際して診察をし、手術前のカンファレンスにも参加し、手術の際には第3助手として鈎引きを担当し、術後のVに付き添っていたものであって、Vの病状や容態を相当程度に把握し得る立場にあったこと

イ Vのベッドサイドには監視モニターがあり、A医師は、医師として、心電図の基本的な読み取り方や心室細動の波形については知っていたこと

から、A医師が注意義務を負っていると判示しました。

量刑の理由

判決は、A医師にとって不利な事情として、

(1)心室細動という、極めて特徴的な心電図の波形が監視モニターに現れていたにもかかわらず、その表示及び心室細動によるVの容態の異変に気づくことがなかったA医師の過失は軽いとはいえない

(2)手術前は通常の生活を営んでいたVの将来を考えて手術を受けさせたところ、それがまことに不幸な結果を招いてしまった両親の無念な心情は察するに余りある

点を挙げました。

その一方で、A医師にとって有利な事情として

(3)臨床研修医として、上級医の指導のもと、研修中にVの治療に関与した

(4)Vの容態を観察すべき第一次的な義務はICUを管理・運営する麻酔・集中治療科の医師にあった

(5)本件事故についてはVの監視モニターのアラームが切断されていたなど、他の者の過失が競合した

(6)ICUに収容された重篤な患者であるVのベッドサイドに付き添ったのが未熟な臨床研修医であるA医師しかいない状態になったというICU管理体制上の不備も一因となっている

(7)本件医療事故により現在までに刑事責任を問われたのは、麻酔科部長が略式命令により罰金30万円に処せられたのみである

ことを考慮して、A医師に対して自由刑をもって臨むのは均衡を欠くとし、また上記麻酔科部長に対する罰金額も考慮して、罰金20万円という結論としました。

カテゴリ: 2005年7月20日
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