医療判決紹介:最新記事

No.97「入院中の患者に床ずれ(褥瘡)が発症し、その後腎不全で死亡。病院側に損害賠償を命じる判決」

東京地方裁判所平成9年4月28日判決(判例時報1628号49頁)

(争点)

  1. YがAに対し褥瘡の予防と治療について必要とされる医療処置を講じたかどうか
  2. Aの死亡と褥瘡との因果関係の有無
  3. 損害額

(事案)

患者A(昭和7年生まれの男性)は、平成4年1月5日日午前1時頃外出先で倒れ、救急車でI病院に搬送された後、意識障害を起こしT病院に転院し、小脳出血と診断され、直ちに血腫除去手術が施された。その後Aは意識のない状態から、会話や自力での寝返りはできないものの、介助により車椅子に乗れる状態まで回復した。そして、T病院の紹介で、Aの妻Xは、同年4月18日、AをY医師が経営するY病院に転入院した。

T病院では、褥瘡(床ずれ)予防のために2時間毎の体位変換等が行われていたことから、Aに褥瘡が発症することはなかった。しかし、Y病院では、3時間毎の体位変換を行うこととなっていたものの、入院当初から必ずしもこれが励行されておらず、そのためAは入院して間もない4月26日仙骨部に褥瘡が発生し、同年6月25日頃には、第?度(膨張、硬結が加わり、水疱形成や真皮に至る潰瘍が認められる状態)となった。そこで、Y医師は、同年7月3日から数回にわたり褥瘡部の痂皮を切除する等の処置を講じるとともに輸血や鉄剤の投与あるいは栄養状態の改善を施したりした。一方、妻Xは、ベッドで寝たきりの状態にしておくとAの褥瘡が悪化するのではないかと考え、独自の判断で同年6月15日に全身用エアーマットを購入して使用するようになった。

Aは同年11月26日頃から褥瘡のポケットが深くなり始め、12月に入ってからは第?度(潰瘍が皮膚全層に及び、皮下脂肪層に至る深さになった状態)まで増悪した上、次第に全身状態や意識状態が悪化し、12月23日頃には呼吸困難な状態となり、同月26日には気管切開が実施された。

妻Xは、Yに対しT病院への転院を希望し、同月28日AやT病院に転院したが、同月30日に腎不全により死亡した。

Aの相続人は妻Xと母であるHの2人であるが、訴訟の原告は妻Xのみである。

注:褥瘡についての裁判所の認定
身体の骨突出部などの局所が体圧に圧迫され、その結果血行障害が起こり、皮膚や皮下組織が壊死を起こして、仙骨部等に発生する。その原因としては、局所的・外的要因としては持続的な圧迫、湿潤、摩擦が、全身的・内的要因としては全身状態不良、低栄養状態、循環障害、知覚障害、糖尿病等があげられている。

褥瘡が進行すると、皮下組織のみならず、筋肉・骨を冒し、全身衰弱あるいは直接生命にも危機をもたらす重篤な合併症となり、敗血症などにより死に至ることもあるといわれている。

発生予防としては、自力で体動できない患者の場合には2時間毎の体位変換、圧迫を軽減する用具(エアーマット等)の使用、マッサージや局所皮膚の清潔と乾燥、栄養補給が指摘されている。

発生後の治療方法としては、圧迫の軽減(少なくとも2時間毎の体位変換、特に糖尿病などの合併症のある患者の場合はより頻繁)、局所の清潔と乾燥、マッサージ、また局所療法として壊死組織の除去、局所の消毒として創洗浄剤の使用、細菌 感染増殖の治療抑制として抗生物質の投与等が指摘されている。

(損害賠償請求額)

患者遺族(妻)の請求額 2800万円
(内訳:患者本人の慰謝料3000万円のうち妻の相続分相当2000万円+妻固有の慰謝料500万円+弁護士費用300万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額 841万6666円
(内訳:患者本人の慰謝料1000万円のうち妻の相続分相当666万6666円+妻固有の慰謝料100万円+弁護士費用75万円)

(裁判所の判断)

YがAに対し褥瘡の予防と治療について必要とされる医療処置を講じたかどうか

裁判所は、この点につき、事実関係や褥瘡についての医学上の知見などに照らし、Yは、Y病院の経営者ないし担当医師として、Aに対し、少なくとも褥瘡の予防と治療のために必要とされる適切な体位変換を実施しなかったものというべきであり、この点においてYに診療契約上の債務不履行ないし不法行為上の注意義務違反があると判示しました。

Aの死亡と褥瘡との因果関係の有無

裁判所は、この点につき、Y病院においてAに褥瘡が発症した時期、その期間、褥瘡の程度、その他死亡に至るまでの約1ヶ月間のY病院におけるAの全身状態の低下等にかんがみると、直接の死因である腎不全については腎機能障害が原因と考えられるけれど、その一方で褥瘡も腎機能を悪化させる原因として少なからざる影響を及ぼしたものと推認しました。その上で、Aが腎不全により死亡したことと褥瘡との間の因果関係を認めました。

損害

裁判所は、Aの死亡による慰謝料は1000万円が相当であると判断し、上記裁判所の認容額が損害額であると判示しました。

カテゴリ: 2007年6月 5日
ページの先頭へ