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No.98「女児患者が麻酔薬の過剰投与で重篤な後遺障害。病院側に将来の自宅介護の費用についてのいわゆる定期金賠償を命じる判決」

東京地方裁判所平成8年12月10日判決(判例時報1589号81頁)

(争点)

  1. 患者X1及び両親に生じた損害の額

(事案)

患者X1(平成3年4月生まれの女児)は、平成5年2月4日午後8時ころ、引きつけを起こし40度の熱が出たため、最寄りのT病院を受診し、解熱剤を処方されて帰宅した。翌2月5日朝、X1の体温が37.7度で、寝返りが打てない等の異常が認められたため、X1の両親であるX2、X3はX1をY1が設置管理するY病院の小児科に連れていき、受診させた。Y病院ではY2医師が担当医となり、診察を行った結果、精査のためにX1を入院させた。

X1の頭部のCT及びMRI検査では異常は見られず、髄液検査や脳波検査の結果も正常であった。Y2医師は、脳神経外科の医師とも相談した上、X1に脊髄のMRI検査を実施することを決めた。

平成5年3月1日、脊髄のMRI検査が実施された。その際、患者が身動きしないことが必要であるため、X1は午前10時30分過ぎに催眠剤と催眠・抗けいれん剤を投与されMRI検査室へ移された。ところがX1は検査室で覚醒したため、更にマイナートランキライザーが注射されたがX1は眠る様子がなかった。Y2医師は、麻酔薬を使用することを決め、ラボナール(チオペンタールナトリウム)175mgを注射で投与した。

この投与量は、適正な使用量の3倍以上である。

ラボナール投与後、X1の呼吸は浅表性となったが、酸素を吸入させたこともあって脈拍は正常であると判断され、午前11時30分ころから予定通りMRI検査が実施された。Y1医師はX1にラボナールを注射した後、検査室を出て行った。

ところが、検査が終了した11時50分ころ、X1が心停止、呼吸停止に陥っていることが発見され、直ちに心マッサージ、気管内挿管等の救急蘇生措置がとられた。その結果X1の心拍と呼吸は回復したが、意識は戻らず、低酸素脳症に陥り、自律的な運動のない重度の後遺障害を負った。

X1は、平成6年3月にY病院から他院に転院し、更に同年8月には心身障害児総合医療療育センターに入園し、平成7年6月からは、国立精神・神経センターM病院に入所している。また、X1は、平成6年5月には、低酸素脳症による四肢麻痺について、身障者手帳(1級・第1種)を交付された。

X1およびX1の両親は、過去の治療費および、X1を自宅に連れ帰って介護する場合に要する損害(付添介護費・住宅改造費・機器購入費など)の賠償を求めた。

なお、Y1は、X1の医療費全額を負担することに合意し、現実に全額を負担しているので、X1が入院している限り、X1の生活費も医療費に含めてY1が負担することとなっている。

(損害賠償請求額)

患者及び両親の請求額
(3名合計)2億4418万6110円

患者本人につき2億3318万6110円
(内訳:過去の付添看護費842万円+将来患者を自宅に連れ帰って養育する前提での付添看護費1億0706万3625円+入院雑費109万4600円+住宅改造費700万円+機器購入費400万円+自動車購入費450万円+おむつ代724万1062円+後遺症による逸失利益4666万8086円+後遺症慰謝料2600万円+弁護士費用2119万8737円)

患者両親につきそれぞれ550万円
(内訳:慰謝料500万円+弁護士費用50万円、両名合計で1100万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額
1 患者本人分として5784万2600円
 (内訳:過去の付添介護費673万6000円+入院雑費109万4600円+後遺症による逸失利益2501万2000円+後遺症慰謝料2000万円+弁護士費用500万円)

患者両親分としてそれぞれ550万円
 (内訳:慰謝料500万円+弁護士費用50万円。両名合計1100万円)

2 患者女児が自宅介護を受けることとなり、自宅介護が開始された旨の医師の証明書が提出されたときは、自宅介護が始まった日から自宅介護が終了するまで、自宅介護が始まった日から1ヶ月経過するごとに1ヶ月につき金40万円の割合の支払

(裁判所の判断)

争点に対する裁判所の判断

裁判所は、X1の病状からすると、医療的ケアの維持その他の条件を満たしつつ自宅で介護するということは、不可能ではないものの、勧められるものではないとして、自宅に連れ帰って介護することを前提とする損害賠償請求の部分については認容することは困難であると判示しました。

その一方で、裁判所は、X1の実情および両親の希望を考慮にいれて、この賠償請求を全面的に棄却するのではなく、両親が諸々の困難な条件を考慮に入れてもなお、X1を自宅に連れ帰って介護することを決意し、その結果、現実にX1の自宅介護が開始され、か つ、自宅介護が開始された旨の医師の証明書がX1およびX1の両親からY1またはY2に対して提出されることを条件として、自宅介護が始まった日から自宅介護が終了するまで、自宅介護が始まった日から1ヶ月経過するごとに1ヶ月につき40万円の割合による金員(現時点で見積もる付添介護費およびおむつ代)の支払をY1およびY2に命じることとしました。

なお、自宅改造費、機器購入費および自動車購入費については、費用発生の確実性がさらに低く、将来の損害として認定することは困難であると判示しました。

そして、前記裁判所の認容額記載の支払を命じる判決を言い渡しました。

カテゴリ: 2007年7月13日
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