東京地方裁判所令和6年9月6日 判例時報2630号98頁
(争点)
病院側に、窓及びベランダの設置又は保存の瑕疵があったか否か
*以下、原告を◇1~◇4、被告を△と表記する。
(事案)
A(昭和25年生まれ、死亡当時70歳の女性)は、令和3年3月14日、左脳皮質下出血を発症し、救急要請によりC病院に搬送されて緊急入院し、同日及び同月15日の2度にわたり、左開頭血腫除去術を受けた。術後、Aは、C病院に入院中、感覚性失語が認められ、看護師等からの声掛けに対しては言葉を繰り返したり、全てに肯定したりすることがあって、退院時においても簡単なやりとり以外は困難であり、全般的に注意機能が低下した状態にあった。認知に関しては、高次機能障害により精査困難であった。
Aは、リハビリ開始直後から体動が多く、看護師等の指示に従うことが困難な状況にあった。そのため、同病院では、Aの転倒、転落防止のため、同人の両上肢または体幹を抑制することで対応していた。しかし、Aは、両上肢の抑制下においても、ベッドから自力で起き上がり座位になることがあり、また同年4月3日にはベッドから転落するなどしていた。
Aは、同月7日、リハビリ加療を目的として、一般社団法人である△が運営する病院(以下「△病院」という。)へ転院し、同月8日15時50分頃までには2階の211号室(以下「本件病室」という。)に入室していた。
本件病院立案の看護計画に沿ってリハビリを開始した。△病院では、Aの転院にあたり、C病院から診療情報提供書、看護要約及びリハビリテーション退院時指導兼報告書を受け取っていたところ、診療情報提供書の一部であるAの△病院への回復期病棟入院申込書には、Aのコミュニケーション状況につき、「認知症」欄の「無」の項目に丸印がされ、「その他」の項目の下に手書きで「高次脳機能障害あり」と記載されている。また、この報告書の「認知」欄には「レベル」の項目に「×」と記載され、「現状」の項目に「高次脳機能障害により精査困難」と記載されていた。さらに、この看護要約の「入院中の経過」欄には「術後抜管した後から体動多く、従命不可であるため、転倒・転落予防にて両上肢抑制にて対応するもすり抜けてしまうため、状態に合わせて体幹抑制装着にて対応し、事故なく、経過している。状態安定しているが、従命不可、失語認めており、リハビリが必要な状態にある」などと記載されていた。△病院は、C病院からこの提供資料の内容を受けてAの子である◇の同意の下、Aのベッドに4点柵を設ける、両上肢へのグリップ帯の使用、両手へのミトン使用、車椅子乗車時における安全ベルトの使用等の方法により、Aの不測の行動に対応することとした。
Aは、同日時点で、平行棒内の両手すりを用いて一往復し、また動作の見守り下において、車椅子への移乗を行うことができたが、一方で、車椅子からベッドへの移乗時にベッドに座るよう指示されたことに対し、両上肢を上げたり、横へ歩き出したりするなど、指示に対する理解が困難な様子が見受けられ、また辻褄の合わない発言をするなど、感覚性失語の症状が認められた。
Aは、同日18時40分ごろから、車椅子に乗車した状態で△病院の2階のデイルームにいたが、その際、装着されていた車椅子用安全ベルトから上半身を抜け出し、職員に対し、「あっち。寝るんだよ。」などと述べつつ、身体を揺すりながら、本件病室へと車椅子を自走させたため、同職員において、行動観察のためデイルームでの就寝を促すと、Aはこれを承諾した。その後、Aは、デイルームにおいて就寝したが、同月8日3時28分ごろには胃管を自己抜去していることが確認された。
Aは、同日13時12分ごろ、本件病室において職員の介助を受けつつ、昼食後のうがいなどをした後、急に立ち上がろうとしたり、ベッドの柵を強く掴んで泣き出したりしたが、職員の傾聴により落ち着きを取り戻した。その後、Aは、車椅子に乗車の上、デイルームに移動したが、同日14時38分頃、再び泣き出し、「なんだかわからない」などと述べた。
Aは、同日14時40分から15時20分までの間、△病院1階のリハビリ室において歩行訓練を実施した。その後、Aは、同病院の2階デイルームへ車椅子で移動し、同所で待機していたが、15時50分までに、職員が見ていない間に本件病室へ移動した。
Aは、同日15時50分頃、本件病室の窓(以下「本件窓」という。)をくぐり抜けて同室に隣接するベランダ(以下「本件ベランダ」という。)に降りた後、本件ベランダの手すり(以下「本件手すり」という。)に登って馬乗りになるような状態となった際にバランスを崩し、一瞬、両手で本件手すりにぶら下がる形となったものの、身体を支持することができず、△病院の地下1階バックヤードに落下した(以下、この落下事故を「本件事故」という。)
なお、本件事故発生時におけるAの身長は約156センチメートルで、体重は約42キログラムであった。
本件事故直後、Aは、D病院へ救急搬送されたが、同日17時34分、重傷頭部外傷により死亡した。
△病院は、回復期リハビリテーション病棟のみで構成されている。回復期リハビリテーション病棟は、脳血管疾患や大腿骨骨折などにより身体機能が低下した者で、症状が発現して間もない時期(いわゆる急性期)の治療を終えたが、いまだ医学的、社会的、心理的なサポートを要する患者を対象に、集中的かつ効果的なリハビリテーションを行い、日常生活の動作の改善に伴う寝たきりの防止及び家庭復帰を実現することを目的とした専門病棟である。患者の入院期間は症状により最大日数が定めており、最長で180日である。
回復期リハビリテーション病棟に入院する対象患者は、以下の疾患等を有する者であるが、認知症患者も入院患者として受け入れることを予定しており、実際に、本件病室を含む一般病棟において、認知症患者の受け入れを行っており、認知機能の低下した患者が多数入院していた。
(ア)脳血管疾患、脊髄損傷、頭部外傷、くも膜化出血のシャント手術後、脳腫瘍、脳炎、急性脳症、脊髄炎、多発性神経炎、多発性硬化症、腕神経叢損症等の発症後もしくは術後、又は義肢装着訓練を要する状態
(イ)高次脳機能障害を伴った重傷脳血管障害、重度の頸髄損傷及び頭部外傷を含む多部位外傷
△病院では平成24年9月24日、403号室に入院していた患者が窓から転落して死亡した前件事故が発生しており、△病院は、前件事故の再発防止策として、△病院の2階以上の全ての病室の窓の開閉幅が約20センチメートルになるようにストッパーを設置した。
△病院の2階には、管理棟、デイルーム、リハビリ室及び本件病室を含む合計13部屋の病室(個室)がある。病室は管理棟と廊下を挟んで向かいに1列に並ぶよう配置されており、うち11部屋の病室の入口とは反対側にベランダ(本件ベランダ)が設けられている。
本件病室の入口とは反対側の壁面には窓が横並びで3枚あり、当該入口から見て左側の窓が本件窓である。本件窓は、高さ約161センチメートルで、床から本件窓の窓枠の下までの高さは約94センチメートルであった。
本件窓は、本件病室の入口から見て左側にスライドして開ける仕様となっていたが、本件事故当時、本件窓の室外側の下框に黒色円形のストッパーがネジ止めされており、本件窓の開放幅は約203ミリメートルであった。また、本件病室の3枚の窓のうち本件病室の入口から見て右側の窓もスライドして開けることができるものであるが、本件事故当時は施錠されていた。
本件事故時、本件病室内には、本件窓の下にふた付き円筒型の金属製で、足元にあるペダルを踏むと蓋が開く仕組みのゴミ箱が置いてあった。このゴミ箱は、高さ約39センチメートル、蓋の直径が約25センチメートルであった。
本件窓の下部から本件ベランダの床までの高さは約91センチメートルであった。また本件ベランダには、本件窓及びこれに隣接する中央窓の下に、本件病室の壁面に接する形で、エアコンの室外機が置かれており、当該室外機は、台を含めて高さ約63.5センチメートル、横幅約79.5センチメートル、奥行き約28.5センチメートルであった。
本件ベランダの外縁には手すり壁が設置されており、手すり壁の高さは約89センチメートル、手すり壁上部から本件手すり上部までの高さは約26センチメートルであった。
本件手すり窓の外側下方は、△病院地下1階のバックヤードであった。
△病院の事故調査委員会が、本件事故後、Aと体格が似ている職員をもって本件窓のすり抜けが可能か検証を行ったところ、本件窓の開放幅であれば、Aと同様の体格を有する者は、開放した窓に対して身体を横にすることで通り抜けることが可能であった。また、同委員会は、本件窓の下にある室外機に足をつきベランダに降りることは可能であり、ベランダの手すりに手でつかまり片足を着ければ、容易に登ることが可能な高さであると報告している。なお、△病院の担当者はAよりも大柄な女性でも通ることができたと述べている。
△病院は、本件事故を受けて、同月13日、△病院の全ての窓について、開放幅が10センチメートルとなるようにストッパーを取り付けた。
そこで、Aの相続人である◇らは、△に対し、主位的には工作物責任(民法717条1項)、予備的には安全配慮義務違反(民法415条1項)に基づき、損害賠償を求めて訴訟を提起した。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 患者遺族4名合計3857万6143円 (主位的請求、予備的請求とも同額)
(内訳:死亡慰謝料2500万円+逸失利益506万9217円+遺族固有の慰謝料4名合計500万円+弁護士費用350万6926円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 患者遺族4名合計3032万6137円
(内訳:逸失利益506万9216円+死亡慰謝料2000万円+遺族固有の慰謝料4名合計250万円+弁護士費用275万6920円。相続人である遺族が複数のため端数不一致)
(裁判所の判断)
病院側に、窓及びベランダの設置又は保存の瑕疵があったか否か
この点について、裁判所は、まず、民法717条1項にいう土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とは、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうと指摘しました。
そして、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いているかどうかは、当該工作物の構造、用法、場所的環境、利用環境等諸般の事情を総合考慮して、通常予想される危険の発生を防止するために必要な性状や設備等を備えているかどうかを個別具体的に判断するのが相当であると判示しました。
また、△病院は、回復期リハビリテーション病棟であり、認知症患者及び高次機能障害を伴った重症脳血管障害を有する患者(以下「認知症患者等」という。)の受入を行っており、認知機能が低下した患者が多数入院していた旨指摘しました。
その上で、△病院においては、入院している認知症患者等が、帰宅願望の発露及び全般的な認知機能の低下が合わさることにより、窓から脱出するなど生命の危険が生じ得るような手段を用いてでも帰宅願望の実現を図る危険があり、かかる危険は通常予想される危険に属するものというべきであると判示しました。
裁判所は、△病院の入口とは、反対側の壁面には窓が横並びで3枚あり、開閉することができる窓のうち当該入口からみて、右側の窓は鍵が掛けられていたが、当該入口からみて左側の本件窓については施錠されておらず、患者が開けることも可能であったと指摘しました。もっとも、本件窓は室外側の下框にストッパーが付けられていたため、窓の開放幅は、本件事故当時、約203ミリメートルであったが、Aのような小柄な体格であれば、窓に対して体を横に傾けることで通り抜けることが可能であり、本件事故後に実施された事故調査委員会の検証によれば、Aよりも大柄な女性でも通ることが可能であったとしました。また、本件病室の床から本件窓の窓枠の下部までの高さは約94センチメートルであったが、本件病室内にあったゴミ箱(高さ約39センチメートル)を踏み台にするなどすれば、本件窓の窓枠に登ることも可能であったと判示しました。
さらに、本件ベランダは本件病室に隣接しており、本件窓の下部から本件ベランダまでの高さは91センチメートルであったが、本件窓の下には、高さ約63.5センチメートル、横幅約79.5センチメートル、奥行き約28.5センチメートルのエアコンの室外機が設置されており、当該室外機を足場として利用すれば、容易に本件ベランダに降りることができたとしました。裁判所は、そして、本件ベランダの外縁には高さ約89センチメートルの手すり壁が設置されており、さらに、その上には高さ約26センチメートルの手すりが設置されているが、手すりに手でつかまり、片足を着けば、容易に登ることが可能な高さであったとしました。
裁判所は、以上からすれば、本件窓にストッパーを設置して、開放幅を制限していたことを考慮しても、本件窓及び本件ベランダの構造は、認知症患者等が本件窓を通り抜けて本件ベランダに降り、そこから転落することを防止するためには不十分であり、通常有すべき安全性を欠いており、設置又は保存の瑕疵があったと判断しました。
以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。














