東京高等裁判所平成28年3月23日判決 ウェストロージャパン
(争点)
認知症専門棟2階にある食堂の窓につき工作物責任があったか否か
*以下、原告を◇1および◇2、被告を△と表記する。
(事案)
A(昭和2年生まれの男性)は、平成20年頃から認知症様の症状が出現するようになり、平成22年に医師により認知症と診断され、同年6月8日付けで要介護状態区分につき「1」と認定された。当時、Aは、妻のB(平成23年2月死亡)とともに、長男の◇1及びその妻のCと同居していたが、Bも要介護状態であって、専らCがAの介護をしていたところ、Aの認知症の改善ないし体力維持を図るため、平成22年10月5日、Aにつき、医療法人社団である△が開設する介護老人保健施設(以下「△施設」という。)との間で通所リハビリテーション契約が締結され、Aは、週に1回、△施設に通うようになった。
その後、Aは△施設以外の介護施設で通所介護や短期入所生活介護(ショートステイ)を受けていたが、認知症症状の進行に伴い、他の介護施設での介護を断られることも生じていた。
そのため、認知症専門棟を有する△施設において短期入所に係る介護を受けることが検討され、平成24年7月5日付けで、A名義により△施設への入所申込みがされた。この入所申込書には、入所動機として、「今までに数回、夜間、外に出てしまうこともあり、5月には警察・市役所(放送)にもお世話になり、ショートステイをお願いしても泊まることもできません。せめて、月に1回でも泊まることができれば、良いのですが...」との記載がある。また、この申し込みに際し△が取得したAについての診療情報提供書(同年6月26日付けK病院医師作成)には「認知症がひどく入院継続困難」との記載があり、「痴呆性老人の日常生活自立度」は「Ⅳ」(認知症による症状・行動が頻繁にみられ、常に介助を必要とする状態)とされている。
なお、この申し込みの時点で、Aの要介護状態区分は「2」となっていた。
△施設は、この入所申し込みがされた平成24年7月5日、Aとの間で、本件契約(短期入所療養介護契約)を締結し、同月11日、同月18日から24日までの間、△施設を利用するものとして介護計画書を作成した。この介護計画書には、Aにつき、認知症で、帰宅願望がある旨の記載がある。また、同月18日付けで作成された施設サービス計画書には、家族の意向として、「帰宅願望等みられるかもしれませんが、穏やかにやり過ごせるよう対応してほしい。」との記載がある。
Aは、平成24年7月18日の午前9時50分頃、Cと共に△施設を訪れ、同月24日午後5時までの予定で認知症専門棟(2階にある)に入所したが、同月23日、△施設の空床状況から同月26日まで入所することとなった。
Aは、同月20日及び同月21日の各午後7時頃、帰宅願望を現した。また、当初の退所予定日である同月24日の午後3時40分頃には、廊下奥の戸を無理に開けようとし、同日午後5時頃には、「帰るから下へ降ろしてよ。」という訴えをした。そして、退所日の同月26日は、午後3時頃から帰宅願望を強く現し、「歩いて帰れるから。1人で大丈夫だから。どこから降りるんだ?」など訴えていたが、△施設の事務所で対応するなどし、午後5時頃に退所した。
Aは、平成24年8月3日午前10時ごろ、Cに付き添われ、同月10日午後5時までの予定で再び△施設の認知症専門棟に入所した。この際作成された施設サービス計画書及び介護計画書は、前述の計画書と同様の内容であった。
Aは、同月4日の午前9時頃、認知症専門棟のサービスステーション前に何回も来て、「帰りたいんだけど、階段はどこ?」などと訴えた。
翌5日の午前10時頃にも、「1階に降りたいんだけど、エレベーターはどうやったら動くの?」と数回尋ね、帰宅願望を現した。また、同日の午後6時40分頃、「電話をかけろ。ドアを開けろ。階段の鍵を開けろ。」などの大声を出し、説明しようとする施設職員を威嚇したほか、窓ガラスやエレベーターを叩くといった行為を続けたため、 Aの家族と電話で話をさせたところ、午後8時頃に落ち着いた。
Aは、翌6日は特に帰宅願望を現さなかったが、翌7日午後5時50分頃、エレベーターの扉が開いた際に乗り込んでしまい、施設職員が同乗して対応した。Aは、自宅に帰ると言って1階ロビーに来て20分ほど過ごしたが、その後2階に戻った。
しかし、Aは、施設職員に居室に誘導されても同室から出てきてしまうことを繰り返した。施設職員は、Aが、認知症専門棟の廊下をゆっくり歩行するだけで、不穏な様子も訴えなかったため、同日午後7時15分頃、しばらく様子を見ることとした。そして、同日午後8時過ぎ頃までは、認知症専門棟内でAの所在は確認されていた。
ところが、同日午後8時15分頃、Aに就寝を促そうとしたものの、同人の所在がわからなかったということから、この頃から施設職員によるAの所在確認が始まった。しかし、Aを発見することができないでいたところ、同日午後8時35分頃、玄関のインターフォンによる通報を契機に、上記認知症専門棟にある食堂(以下「本件食堂」という。)の下にある植え込みに倒れているAが発見された。Aは、本件食堂の本件窓を約210mm開放し、そこから外に出て、雨どい伝いに地面に降りようとして落下したものであった。
Aは、救急車で、D病院に搬送され、その後、E総合病院に転送されたものの、同月8日午前2時7分、骨盤骨折を原因とする出血性ショックにより死亡した。
△施設は、平成13年2月に開設された介護老人保健施設で、入所定員は100名であるが、そのうち認知症専門棟については、定員が50名、居室は19室あり、平成24年8月7日から8日にかけての当直時間帯は、49名の利用者がいて、介護職員2名及び看護師1名が当直業務に当たっていた。
△施設の建物は、3階建てで、△が所有していた。
認知症専門棟は、この建物の2階にあり、その角部分に本件食堂がある。本件窓のある面には、高さ160cm弱、幅約100cmのサッシ窓が4枚1組(窓枠に固定された2枚と両引き窓の2枚)で5組あり、それぞれ床から約89cmの高さに設置されている。もっとも、その下部に高さ約80cm、奥行き約45cmのキャビネットがあり、このキャビネットに乗れば、開放された窓から体を出すことは、容易なこととなっていた。
本件食堂は、その出入口部分に扉が設置されており、通常は、午後8時頃には施設職員による見守り範囲を限定する趣旨で施錠されていたが、本件事故当時は、本件食堂内のテレビでオリンピックを観戦する利用者が1名いたことから、施錠されていなかった。ただし、本件食堂の照明は、テレビのある出入口付近のものは点灯していたが、本件窓がある奥側のものは消灯していた。
この4枚1組のサッシ窓は、両脇の2枚が外側戸として窓枠に固定され、残り2枚が両引き窓の内側戸として設置されている。本件窓は、この4枚1組の5組の窓のうち、本件窓面の南東角に設置された組にあって、その中の両引き窓のうち、本件食堂から見て左側の窓である。本件窓は、本件左固定窓の受け金にクレセントをかけて施錠することとなる。
本件窓の外側には、窓枠の延長部が幅約7cmあり、この延長部は本件窓面全体にある。また、施錠時に本件右引き窓と本件右固定窓と重なる付近の壁面には、Aが伝って降りようとした雨どいが、屋上付近から地上まで通っている。
△施設では、平成13年の開設当初から、本件窓及び本件右引き窓を含む本件窓面の両引き窓の開放制限措置として、各引き窓をそれぞれ約75mmまで開放し得る位置にプラスチック製のストッパーをネジで固定して設置していた。
しかし、このプラスチック製ストッパーは、清掃等の必要に応じてストッパーの着脱を繰り返すことによりネジの効きが悪化したほか、利用者が窓を開けようとして破損することが続いたため、平成19年ないし20年頃、ストッパーがウインドロックZEROに変更され、窓枠の上下に開放制限の範囲が従前と同じになるように設置された。
ウインドロックZEROは、サッシ窓の外側戸の横框と窓枠レールの水がえし部との間に差し込み、横框側のゴムと水がえし側のゴム間隔を調整して、各ゴムにより横框及び水がえし部を押し付けることによる生ずる摩擦力によってロック機能を果たすものであり、このゴムの間隔の調整は、本体のネジを回して行うようになっている。このゴムの高さは、横框側のものが約2cm、水がえし部側のものが1cm強となっている。
ウインドロックZEROの包装紙に印刷されている取付方法及び使用方法によれば、ウインドロックZEROは、クレセント錠を締めた状態で内側戸に接する状態で設置するか、ウィンドファン等が取り付けられている場合にはウィンドファン等に内側戸を接着させた状態で、内側戸を固定する位置に設置するものとされており、設置例の図では、ゴムの全体が横框及び水がえし部に接するように記載されている。
本件窓に設置されたウインドロックZERO(以下「本件ストッパー」という。)のうち上部に設置されたものは、横框に接すべきゴム部分が、本件左固定窓のサッシ部に接着するのではなく、その手前の溝の壁部分に接する状態となっており、接着ゴム面の幅は1cm程度しかなかった。また、本件ストッパーのうち下部に設置されたものは、本件固定窓の下側の横框の高さが低いため、接着ゴム面の幅は1cmに満たない程度でしかなかった。
そして、本件ストッパーを上下に設置した状態で本件窓を開放しようとした場合、本件窓を本件ストッパーに接着させた状態から押し開けようとすると、開放は困難であるが、本件窓を本件ストッパーから離した状態から、本件窓を本件ストッパーにコツコツと特に大きな力によることなく当てていくと、慎重にきつく本件ストッパーを設置した直後であっても、本件ストッパーが容易にずれていき、クレセント錠が開けられた右引き窓と本件窓との間に大人が通り抜けられる程度の隙間が、ごく短時間で開けられる。
なお、本件事故直後、本件右引き窓は開放されておらず、本件窓のみが本件ストッパーがずれて左側に開放されており、開放幅は約210mmだった。
そこで、◇ら(Aの子ら)は、Aの死亡は△施設における安全配慮義務違反または食堂の窓に係る瑕疵によるものである旨を主張し、△に対し、債務不履行または不法行為責任(使用者責任もしくは工作物責任)に基づき、Aに生じた損害のうち損害賠償を請求した。
原審(東京地裁立川支部平成26年9月11日判決)は、Aが本件窓から外に出ることの予見は不可能であったなどとして△の責任を否定して◇らの請求を棄却した。
これに対し、◇らが控訴した。
(損害賠償請求)
- 原審請求額:
- 1177万3741円
(内訳:不明) - 控訴審請求額:
- 1177万3741円
(内訳:慰謝料2400万円その他不明。相続人の一部が控訴したため金額不一致)
(裁判所の認容額)
- 原審認容額:
- 0円
- 控訴審認容額:
- 遺族2名合計1956万2994円
(内訳:治療費9万9632円+葬儀費用150万円+死亡慰謝料2000万円+逸失利益504万4860円の合計額のうち控訴人らの相続分である3分の2+弁護士費用180万円)
(控訴審裁判所の判断)
認知症専門棟2階にある食堂の窓につき工作物責任があったか否か
この点につき、控訴審裁判所は、本件窓は、△が所有し占有する△施設の建物の一部であるから、民法717条1項の「土地の工作物」に当たるとしました。
そして、認知症に関する一般的知見に照らせば、認知症患者の介護施設においては、帰宅願望を有し、徘徊する利用者の存在を前提とした安全対策が必要とされ、このような利用者が、2階以上の窓という、通常は出入りに利用されることがない開放部から建物外へ出ようとすることもあり得るものとして、施設の設置又は保存において、適切な措置を講ずべきであるといえると指摘しました。
本件窓の下にあるキャビネットは、高さ約80cmで奥行きが約45cmであり、認知症であるが運動能力には問題のない利用者であれば容易に上ることができ、上ってしまえば、本件窓に開放制限装置がとられていなければ窓から体を出すことが容易な構造となっているといえる。△施設においては、このような構造の有する危険性を認識し、この措置の趣旨として、本件食堂の窓につき、併せて最大150mm程度しか開放されないよう制限しようとしたものと認められるとしました。
ところが、本件ストッパーは、本件窓をコツコツと特に大きな力によることなく当てることにより容易にずらすことができ、ごく短時間で大人が通り抜けられる程度のすき間が開けられるのであり、このような本件ストッパーのずらし方は、帰宅願望を有する認知症患者が、帰宅願望に基づき、本件ストッパーの設置された窓を無理に開放しようと考えた際、思いつき得る方法と認められると判示しました。
そして、ウインドロックZEROの包装紙に印刷された取付方法及び使用方法によれば、中間止めはウインドロックZEROの製造業者が想定した使用方法ではないと認められ、また、横框に接すべきゴムの一部しか横框ないしこれに代わる場所に接着しなければ、摩擦力が想定より低下し、ロック機能の低下につながることは容易に認識し得るところであるとしました。
控訴審裁判所は、このような事情を考慮すれば、本件窓について、本件事故当時設置されていた本件ストッパーによる開放制限措置は、認知症病棟の食堂にあり、キャビネットに乗れば、開放された窓から体を出すことが容易な構造を有する窓の開放制限措置として不適切で、通常有すべき安全性を欠いたものと認めるのが相当であると判断しました。
以上から、控訴審裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認めました。














