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No.129「国立病院で出生した新生児が、MRSAに感染し後遺障害を負う。感染を予見し適切な治療を行う義務を怠ったとして病院側に損害賠償を命じた判決」

神戸地方裁判所平成19年6月1日 判例時報1998号77頁

(争点)

  1. 患者がMRSAに感染したことに関して病院のMRSA感染予防対策に過失が認められるか
  2. 病院のMRSA感染治療に過失が認められるか

(事案)

患者Xは、平成5年7月に国の開設していた国立Y病院(現在は独立行政法人国立病院機構Y医療センター、以下、「Y病院」という。)産婦人科において出生した女児であるが、同月11日、黄疸症状が認められたため、同月12日から、Y病院小児科に入院した。同日Xは、血液検査を受けたが、その検査結果からは感染症を疑わせる所見はなく、他に特段の症状もないことから、Y病院小児科医師は生理的黄疸と判断し、同日以後、光線治療を開始した。Xの黄疸症状は同月17日には軽減したため、光線治療は中止され、輸液が続行された。

同月19日、Xは39度まで発熱し、哺乳力及び活気の低下も認められたため、小児科医師は感染症を疑い、血液検査と髄液検査を行った。その検査の結果から、医師は髄膜炎の可能性を考えるとともに、ウィルス感染と細菌感染の両方の可能性を視野に入れ、ビクシリンを投与するとともに、ウィルス感染及び細菌感染の双方に効果が期待できるガンマグロブリンを投与した。

同月20日、Xは38度までの発熱があり、血液検査の結果から医師はXを髄膜炎と診断し、抗生剤クラフォランを追加投与した。また、ヘルペスウィルス感染を警戒し、抗ウィルス剤(ゾビラックス)の投与も開始した。

Xは同月21日も発熱が持続し、容態も悪化していたが、小児科医師はこれまで投与していた抗生物質と抗ウィルス剤の効果を待つ必要があると判断し、特に投薬を変更しなかった。

同月23日からは、Xは腹部に膨満がみられるようになり、敗血症による全身状態の悪化が疑われた。Xは、同月26日、腹部の膨満が顕著になり、壊死性腸炎による腸管の穿孔が疑われたため、外科的処置の必要から、H県立こども病院(以下、「こども病院」という。)に転院された。

同月26日、Xはこども病院において、開腹手術を受けたが、壊死性腸炎により小腸の約7割が壊死していた。このときXについて採取した腹水からMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が検出された。そこで、こども病院小児科医師はXの髄膜炎及び敗血症はMRSA感染によるものと診断し、バンコマイシン、セフォペラジン、ダラシンの投与を開始した。

同年8月9日、Xは両膝について化膿性関節炎と診断された。そしてXには脚長差、膝関節の稼働域制限、外反変形の後遺症が残った。

患者Xの両親が法定代理人として、Xが両膝に化膿性関節炎を発症したために、脚長差及びX脚等の後遺障害を負ったとして、国を被告として、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。その後被告の地位を独立行政法人国立病院機構(以下、「国立病院機構」という)が承継した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:3432万9518円
(内訳:治療費70万9520円+装具代103万7879円+入通院慰謝料600万円+後遺症による逸失利益1348万2119円+後遺障害慰謝料1000万円+弁護士費用310万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:2107万7702円
(内訳:治療費70万8170円+装具代103万7879円+入院慰謝料450万円+後遺症による逸失利益643万1653円+後遺症慰謝料650万円+弁護士費用190万円)

(裁判所の判断)

患者がMRSAに感染したことに関して病院のMRSA感染予防対策に過失が認められるか

裁判所は、まず、MRSAの感染予防策においては、保菌者を一切出さないようにすることではなく、リスクの高い昜感染性患者の発症予防を目標とすべきことになるから、Y病院には、当時の状況を照らし、可能な限りMRSAの感染を抑えるための院内感染対策を講じるべき注意義務があり、それにもかかわらず、これを怠り、漫然と何らの方策も採らなかった場合には、MRSA感染予防対策に過失が認められるべきであるとしました。

そして、本件において、Y病院では、平成5年7月当時、感染防止委員会の設置、院内感染マニュアルの作成及び職員への周知、環境チェック、鼻腔MRSA検査の実施等が行われていたのであるから、組織的に標準的なMRSA感染予防策が講じられていたと認定しました。また、Y病院では、その当時、新生児室の中は壁で区分されていた上、MRSA感染児であることが判明したFべビー及びNベビーは、ともに隔離された部屋と密閉された保育器という形で2重に感染管理がなされていたこと、Xは当初、生理的黄疸のため光線療法の必要があったので、新生児室の手前の部分のコットで治療され、その後隔離ゾーンにおいてクベース収容とされていたこと、医療従事者によるマスク及びガウンの着脱、手洗い及び手指消毒についても、マニュアル記載の手順に従った運用がなされていたこと等の諸事情に加え、平成5年度のY病院における全出生数は427名であったところ、MRSA陽性を示した患児は5名(1.2パーセント)にすぎなかったこと、このうち、平成5年6月ないし同年7月にMRSA陽性を示した患児は、Fベビー、Nベビー及びXの3名であったが、それ以外にMRSAに感染した新生児は存在しなかったことを併せ考えると、XがMRSAに感染したことに関し、Y病院としては、当時の状況に照らし、可能な限りMRSAの感染を抑えるための院内感染対策を講じていたものというべきであるとして、Y病院のMRSA感染予防対策に過失を認めませんでした。

病院のMRSA感染治療に過失が認められるか

裁判所は、7月19日になって、Xに感染症の臨床症状がみられた上、検査所見も感染症を疑わせるものが認められたことにかんがみると、Xは、同日ころにMRSAに感染していたものと推認するのが相当であるとしました。

そして、同日の時点で、Y病院小児科医師はXが何らかの感染症に罹患していることを予見できたと認定しました。さらに、Y病院小児科医師は、ビクシリンを投与してから48時間が経過した7月21日の時点でペニシリン系の抗菌薬は無効であり、セフェム系の抗菌薬も効果がなく、Xの感染症の起炎菌としてMRSA感染予防対策の可能性があることが予見できたと判示しました。そして、Y病院小児科医師は、7月21日の時点で、XについてMRSA感染の可能性を考慮し、MRSAに対して有効な薬剤であるバンコマイシンを投薬すべき注意義務を負っていたと判示しました。

しかし、Y病院小児科医師はXに対してバンコマイシンを投与せず、漫然とビクシリン及びクラフォランを投与し続けたのであり、感染を予見し、適切な治療を行うべき注意義務を怠ったとして、Y病院小児科医師の過失を認めました。

カテゴリ: 2008年10月15日
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