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No.220「医院事務員が、糖負荷検査に使用するブドウ糖と誤って届けられたフッ化ナトリウム等の混合粉末を受領、調合し、患者に服用させた結果、患者が死亡。事務員および開業医につき、業務上過失致死罪の成立を認めた上で、罰金刑を宣告した地裁判決」

函館地裁昭和53年12月16日判決 判例タイムズ375号157頁

(争点)

  1. Y2事務員に業務者性は認められるか
  2. Y2事務員に注意義務違反はあったか
  3. Y1医師に注意義務違反はあったか

(事案)

Y1医師は昭和14年10月にI市においてY内科医院(以下「Y医院」という)を開業し医師として医療業務に従事していた。Y2事務員は、昭和46年に、Y医院に事務員として勤務し、医薬品類の注文、受領、保管、調剤および医療補助の業務に従事していた。Y2事務員には看護師、薬剤師等の資格はなかった。

Y2事務員は昭和51年3月9日、Y医院において糖負荷検査に使用するブドウ糖を「糖負荷用のいつものお砂糖を下さい」と言って、I市医師会臨床検査センターに注文したが、同センターH配達員はこの注文を聞き間違え、ブドウ糖ではなくフッ化ナトリウムとエチレンジアミン四酢酸二カリウム二水塩の混合粉末(以下単に「混合粉末」という)約5.5グラムを届けた。

Y2事務員は、混合粉末を受領した際、その分量が、従前自己が使用していたブドウ糖よりも著しく少なかったのに、注文したブドウ糖と同一のものかどうかH配達員に反問するなどの確認をしないまま受領した。

同月17日午前10時ころ、Y医院において、患者A(男性、当時36歳)の糖負荷検査のためブドウ糖溶液を飲用させるにあたり、Y1医師は自らその溶液の調合をせずY2事務員が前記混合粉末を50ccの水に溶解して、Aに飲用させた。Y1医師はY2事務員が調合をした際、その直接の指揮をせず、調合後にその溶液の確認もしなかった。

患者Aは、同日午後零時45分ころ、K病院においてフッ化ナトリウム致死量飲用の急性中毒による呼吸および循環麻痺により死亡した。

その後、Y1医師、Y2事務員は業務上過失致死罪で起訴されたが、H配達員の刑事責任は追求されなかった。

(判決による請求認容額)

Y1医師   罰金20万円(確定)
Y2事務員 罰金15万円(確定)

(裁判所の判断)

Y2事務員に業務者性は認められるか

Y2事務員の弁護人は、事務員であっていわゆる見習看護師でもないY2に刑法211条前段(当時;以下同様)の業務者の高度の注意義務を期待することは不可能であるから、Y2は同条の業務者に該当しないと主張しました。

これに対し、裁判所は、刑法211条前段が同法210条(過失致死罪)と別にもうけられた趣旨は、「業務」者すなわち生命身体に危険性をもつ行為を社会生活上反復継続する者については、それを行う際特別の慎重な態度をとることを要求するのが合理的であり、これを欠いた者に対しては違法性の評価が強度となり、それだけ重く罰せられるというところにあると判示しました。したがって、ある行為が当該「業務」に該当するかどうかは、行為者の主観的な注意能力とは関係なく、当該行為の社会生活上の反復継続性およびその危険性を基準に客観的に決められるべきとしました。そしてY2事務員がY医院で使用する医薬品類を注文、受領する行為を社会生活上の地位に基づき反復継続していたことは明らかであり、医薬品類は注射、服用等により直接患者の身体に作用するもので、その誤配を看過すれば患者への誤投与等により死傷の結果を生ぜしめる危険性のある行為なのであるから、Y2がいわゆる見習看護師にあたるかどうかにかかわらず、刑法211条前段にいう業務に該当すると判断しました。

Y2事務員に注意義務違反はあったか

この点について、裁判所は、Y2事務員の受領した混合粉末の体積は、Y2事務員が従前使用していた量よりも著しく少なかったという認定した上で、注文医薬品類を受領した際にかかる不審な点があった場合にはY2事務員としては、Hに品名を反問するなどして確認するべき注意義務があったといわなければならないと判示し、Y2事務員の注意義務違反を認めました。

Y1医師に注意義務違反はあったか

この点について、Y1医師の弁護人は、Y2事務員は医薬品類の注文、受領、保管および調剤を5年間続けてきた知識と経験があり、これは信頼に値するものであるから、ごく普通の薬品であるブドウ糖に関する注文、受領、調合等を任せておいたとしても監督義務違反はないと主張しました。

量刑については、かかる劇薬をHのような集配人が自由に持ち出し出来るようにしていた検査センターや、Y2が「糖負荷用のいつものお砂糖下さい」と注文して本件混合粉末でないことを明示したにもかかわらずこれを聞き違え、さらに配達時にも薬品名が表示されていなかったのに十分な説明をしなかったHの側の落ち度が極めて重大であるばかりでなく本件の発端をなしたものであること、Hの刑事責任が追及されていないこと、被告らはすでに社会的制裁を受けていること、被害者の死に対し深く哀悼の意を表し、遺族との間においても相当高額の示談が成立していて被害者の妻も被告らの処罰をあえて望んでいないことなどを有利に斟酌すべき事情とし、所定刑中罰金刑を選択し前述【判決】記載の刑を言い渡しました。

これに対して、裁判所は、Y2事務員が「ブドウ糖」という名を知らされておらず、したがって注文時にも正式な名称を言うことができなかったのであり、また、Y2事務員が受領時に量の少なさを看過したのも、医薬品の一般的危険性に対する認識不足がその遠因をなしていることからも明らかなとおり、看護師、薬剤師の資格がなく基礎知識の不十分な者にその注文、受領、調合を任せきりにすると、常に誤投与の危険が生じるのであるから、たとえ長年任せてやってきたとの事情あったとしても、医師としてはその行為を信頼することは許されず、自ら調合するか、あるいはY2事務員が調合するときは自己の直接の指揮下で調合させるか、事後に調合液の点検をするかの義務があるといわなければならないと判示し、Y1医師の注意義務違反を認めました。

カテゴリ: 2012年8月 8日
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