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No.257「気管支喘息で入院中の乳児が麻疹に罹患し、急性心筋炎により死亡。医師の説明義務違反だけを認めた地裁判決を変更し、γグロブリンの投与等を行わなかった医師につき、麻疹発症予防ないし重症化防止の措置を講ずべき注意義務違反も認めた高裁判決」

福岡高等裁判所 平成19年12月6日判決 判例時報2017号70頁

(争点)

  1. 説明義務違反の有無
  2. 麻疹発症防止措置等についての注意義務違反の有無

 

(事案)

Xらの二女であるA(生後約9か月の乳児)は、平成13年5月中旬から鼻水とせきが続き、個人病院で治療を受けていたが、改善しなかったので、同年6月6日、町立E病院を受診したところ、喘息性気管支炎及び気管支肺炎疑いとされ、紹介状を書いてもらい、同日、Y株式会社が経営するY病院(以下、Y病院という)を受診し、肺炎、喘息様気管支炎及び気管支喘息の疑いの診断で入院(1回目の入院)した。

O医師は、Aに対して、喘息の治療として、輸液療法、吸入療法、ステロイド剤投与及び抗生剤静注を行った。Aは、同月14日、軽快によりY病院を退院した。

Aは、同年6月27日、気管支喘息及び急性気管支炎の診断でY病院に再度入院(2回目の入院)した。O医師は、1回目の入院時同様に喘息の治療として、輸液療法、吸入療法、ステロイド剤投与及び抗生剤静注を行った。

2回目の入院の当日及び翌日にAの隣のベッドに入院していた患児が、麻疹に罹患していることが判明し、Aも麻疹ウィルスに暴露し、麻疹を発症するおそれが生じた。

そこで、O医師は、Aの母親であるX1に対して、その旨説明し、麻疹の予防としてγグロブリンの投与を勧めた。

その際、O医師は、γグロブリンは他人の血液から集めた免疫の抗体の製剤であり、麻疹患者と接触して3、4日以内に予防投与することにより、麻疹の発症を予防し、又は軽症化することができること、γグロブリンを注射すると3ヶ月間はほかの予防接種ができないこと、麻疹に罹患した場合、1、2週間の潜伏期間があり、熱が出て、3、4日してから口の中にはしかの徴候であるコプリック斑が出現し、発疹が全身に出現して、初めて麻疹と診断ができ、それから、2、3日熱が続き、飲食ができなくなると脱水症状になって点滴が必要となり、抵抗力が落ちて肺炎、中耳炎、まれに脳炎のような合併症に罹患することもあることを説明し、Aに対するγグロブリンの投与の承諾を求めた。X1はO医師に対し、「時々、菌が脳とかに入ったりして死ぬ子もいるそうですが、大丈夫ですか。」と尋ね、また、Aが同年7月にツベルクリン反応及びBCG接種を控えており、ほかの子がいつも陽性で受けられないことから、Aには早く受けさせたいと思っている旨O医師に相談した。O医師は麻疹に罹患していたとすれば、発症するのは7月中旬ころになり、麻疹はウィルス感染症なので、1ヶ月間予防接種はできないので、いずれにしてもBCG接種は難しい旨回答した。X1がその場でγグロブリンを投与するかどうか決断できなかったため、O医師は、Aに対しとりあえずツベルクリン反応の検査を行って、BCG接種の必要性を確認することを提案し、同日Aに対し、ツベルクリン反応の検査を実施した。

X1は、O医師から、Aのツベルクリン反応は恐らく陰性であろうということを聞いて、γグロブリンを投与しなくて良いと回答し、結局、Aにγグロブリンの投与は行われなかった。

同年7月7日、AはY病院を退院したが、同月10日、前日に38℃台の熱を出したことからY病院を外来受診した。O医師がAを診察したところ、Aは熱が37.6℃あり、眼脂と喉頭発赤が認められたが、頬粘膜には鵞口瘡(口腔内の粘膜に付着する白いカビのようなもの)か、コプリック斑か見分けのつかないものしか認められなかった。O医師は、X1に対して、Aは麻疹の可能性が高く、遅くとも同月13日までに再受診するように指示し帰宅させた。

同月12日午前中、AはY病院を受診し、麻疹との確定診断を受け、点滴、輸液療法が実施された。O医師から入院を勧められたが、X1は入院の準備のためAをいったん家に連れて帰り、同日午後3時30分ころ、再来院し、Aを入院(3回目の入院)させた。O医師はAに対し、酸素投与及び輸液療法を開始し、抗生剤カルベニンを投与した。Aは多呼吸、頻脈で四肢末梢の冷感が強く、レントゲン検査結果から心筋炎を起こしている可能性があることが判明した。同日午後6時20分ころ、Aは、集中治療室に入室したが、その直後に呼吸が停止したので、Aに対し、気管内挿管を実施し、心臓マッサージ等の蘇生措置が施されたが、同日午後9時52分、麻疹による急性心筋炎により死亡した。

そこで、Xらは、Yに対して、担当医師の不適切な治療によりAが死亡したとして債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を求めた。

一審は、Yの担当医師に説明義務に違反した過失があるとし、損害賠償請求のうち損害の一部を認めたが、その余の診療上の義務違反及び過失は認められないとしたので、X、Yら双方が控訴した。

 

(損害賠償請求)

患者遺族(両親)らの請求額:7582万3000円
(内訳:逸失利益4473万円+慰謝料2300万円(患者の慰謝料2000万円+両親固有の慰謝料両名合計300万円)+葬儀関係費用120万円+弁護士費用689万3000円)

 

(判決による請求認容額)

一審裁判所の認容額:遺族合計440万円
(内訳:患者の慰謝料400万円+弁護士費用40万円)

控訴裁判所の認容額:合計4381万4650円
(内訳:逸失利益1861万4651円+慰謝料2000万円(患者の慰謝料1800万円+両親固有の慰謝料両名合計200万円)+葬儀関係費用120万円+弁護士費用400万円(2名が相続したので端数不一致))

 

(裁判所の判断)

高等裁判所の判断
1.説明義務違反の有無

この点について、裁判所は、麻疹には、中耳炎、肺炎等の合併症が発症することがあり、まれに脳炎、またごくまれに心筋炎等の合併症が発症することもあり、合併症が重篤化すると最悪の場合は死に至ることを指摘しました。そして、X1は、O医師から、Aに麻疹が感染する可能性があることなどの説明を受けた際、O医師に対し、麻疹ウィルスによって脳炎を発症して死亡することがあると聞いているが、Aは大丈夫であるかと尋ねたのであるから、O医師が、X1に対し、γグロブリンを投与しない場合は、合併症が発症することもあり、合併症が重篤化すると最悪の場合は死に至ること、γグロブリンを投与しても、BCGを接種することが可能であること、ステロイド剤投与中は予防接種を受けられないことなど、適切な説明をしていたならば、X1は、Aにγグロブリンを投与することを承諾したものと推認するのが相当であると判示し、O医師の説明義務違反を認めました。

2.麻疹発症防止等措置についての注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、まず、Aが麻疹に感染する可能性は極めて高かったところ、Aは、喘息で入院中の生後約9ヶ月の乳児で、健常児よりも免疫機能が低下しているうえ、ステロイド剤の投与により免疫が抑制され、麻疹が重症化する可能性が高かったことが認められるから、Aにγグロブリンを投与しない場合は、麻疹の合併症が発症して重篤化し、最悪の場合は死亡するおそれがあったものであり、このことはO医師にとっても予見可能であったと認定しました。

裁判所は、その上で、麻疹の発症予防ないし重症化防止の措置は、麻疹生ワクチン又はγグロブリン投与以外に有効な方法はないところ、X1は、O医師から適切な説明を受けたならば、Aにγグロブリンを投与することを承諾したものと推認されるから、Aが麻疹に罹患した男児と最初に接触したとき(平成13年6月27日午後8時30分ころ)から3日(72時間)以内にAにγグロブリンを投与することができたものであり、γグロブリンを投与することによりAの麻疹の発症を予防し又は重症化を防止して、急性心筋炎によるAの死亡を避けることができたものと推認できると判断しました。

裁判所は、したがって、O医師には、説明義務違反の結果、X1の承諾を得ることができず、Aの麻疹の発症予防ないし重症化防止の措置を講ずべき注意義務に違反した過失があると認定しました。

さらに、裁判所は、O医師は、平成13年6月28日午前9時過ぎころ、Aが麻疹ウイルスに暴露し、麻疹を発症するおそれがあることを知った段階で、Aに対するステロイド剤投与を減量し、Aの喘息の症状を観察したうえで、適宜、投与量を加減し、もってAの麻疹の重篤化を防止すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があると認定しました。

その上で、裁判所は、Yの不法行為責任について、O医師が、X1に対し、麻疹の合併症の発症やその重症化のおそれ及びγグロブリン投与について適切な説明をし、その承諾を得たうえ、Aにγグロブリンを投与し、合わせてステロイド剤の減量をしていたならば、少なくともAの麻疹が重症化することを防止することができ、Aの急性心筋炎による死亡を避けることができたものと認められるから、O医師の説明義務違反及び注意義務違反とAの死亡との間には因果関係が認められると判断しました。

以上より、裁判所は、上記裁判所認容額の限度でXらの請求を認容しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2014年2月25日
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