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No.275「帝王切開により出生した新生児に脳性麻痺の後遺症障害。担当医師および看護師が胎児の状態に即した継続監視を怠った過失があったとして、医療法人に損害賠償を命じた地裁判決」

福井地方裁判所 平成15年9月24日判決 判例タイムズ1188号290頁

(争点)

Y病院の医師らの注意義務違反の有無

 

(事案)

X1はX2(母親)とX3(父親)との間に生まれた子であり、Yは病院(以下、Y病院という)を開設している医療法人である。

X2は、妊娠後、住所地近くの医療機関を受診し、以後定期的に診察を受けていたが経過は順調であった。X2は、里帰り出産のため、平成2年12月18日、Y病院に転院し、Y病院とX2および夫X3との間で診療契約が締結された。X2は初産であったところ、Y病院で妊婦健康診断を受け、妊娠10か月(36週)で軽度の妊娠中毒症と診断されたが、減塩食により治癒した。X2は、その後も1週間ごとに定期検診を受診した。分娩予定日は平成3年1月15日であった。

当時、Y病院の産婦人科病棟の看護職(助産師、看護師、准看護師)の勤務体制は、日勤(午前8時30分から午後5時まで)、準夜勤(午後4時30分から午前零時30分まで)、深夜勤(午前零時から午前9時まで)の3交替制となっており、午後5時から翌朝午前8時30分まで拘束室で待機するという拘束勤務があった。

平成3年1月19日(土)午後3時ころ、X2は、陣痛が生じたため、Y病院を受診し、診察の結果、子宮口が約4cm開大し、陣痛が軽度で不規則であったため、同日午後4時ころ、分娩のため同病院に入院した。外来時の分娩監視装置による検査結果には、特に異常がなかった。

X2は、第一分娩室において、同日午後4時6分ころから、4時50分ころまでA助産師のもと、分娩監視装置による胎児心拍数の監視を受けた。しかし、その監視記録は、分娩監視装置の紙詰まりのため幾度も切れており、4時6分から4時11分ころまで、4時20分、4時26分ころから4時30分まで、4時34分ころから4時39分ころまで、4時41分ころから4時50分ころまでが記録されているに止まる。

本件監視記録によれば、同日午後4時41分ころまでの間の胎児心拍数基線は120bpmであり、4時8分ころ、4時20分ころ、4時36分ころにそれぞれ10bpmを超えない程度の変動があるほかは、子宮収縮の有無にかかわらず特筆すべき心拍数の変動がなかった。上記変動のうち、4時8分ころの変動は子宮収縮とほぼ同時に胎児の心拍数が減少したものであり、4時20分ころ、4時36分ころの変動は、子宮収縮とは異なった時期に生じている。

午後4時41分ころ、陣痛とともに胎児心拍数が約70bpmまで下降し、いったん上昇した後、再び、最下点が70bpm未満に下降するというW型の徐脈が見られ、その徐脈が回復するまでに約60秒を要しており、その徐脈の直後に約15bpmの頻脈が見られ、4時43分ころの陣痛とともに約10bpmの頻脈があったが、その後特筆すべき変動がないまま4時50分ころまで胎児心拍数基線が130bpm程度で推移した。

本件監視記録全体にわたって、胎児心拍数基線変動は概ね5bpm以下であり、陣痛に伴うとされている15pbmの振幅を持ち15秒以上持続する一過性頻脈が見られず、妊婦が胎動を感じた場合に印字される胎動マークも全く記録されていなかった。

当日の当直医であったD医師(非常勤務医)は、同日午後5時前、Y病院に到着し、X2が午後4時に分娩のために入院しているとの報告を受け、本件監視記録を確認した。

その結果、胎児心拍数基線細変動が減少しているものの消失とは言えず、胎児が低酸素状態にあるとは判断できないとして、長時間妊婦に仰臥位にさせておくと動脈が圧迫されて胎児に悪影響が出ることもあることから、いったん分娩監視装置を外して一時間後に再検査をすることとした。ただし、基線細変動が減少し、胎動に伴う一過性頻脈が無く注意を要する状態であるため、助産師又は看護師に対し、児心音を監視するよう指示し、またX2には妊娠末期の子宮頸管熟化不全があるため、看護師に対し子宮頸管熟化剤であるマイリス200mgの静脈注射をするよう指示した(しかし、マイリスは結局投与されなかった)。

D医師は、自ら、X2の内診を行ったり、分娩監視装置による監視を行うことはなく、母体の変換や酸素投与等の経母体治療を指示することもなかった。

X2は、同日午後4時50分ころ、分娩監視装置を外され、夕食を取るよう指示されて病室に移動した。

その後、X2は、午後5時50分ころまでの間、分娩監視装置による監視や集中的な児心音の聴取を受けることもなく、酸素投与等の経母体治療を受けることもなかった。

午後5時50分ころ、C看護師が、病室において、ドップラー胎児聴診器で胎児心拍数を計測したところ、胎児心拍数10―9―6(120bpm~108bpm~72bpm)と悪化したため、X2を歩いて分娩室に移動させ、分娩監視装置による監視を再開した。

D医師は、助産師からX2の胎児心拍数が低下しているとの報告を受けて、午後6時4分ころ、X2を内診したが、子宮口の開大は入院時から進んでいなかった。

D医師は、胎児心拍数が持続的に90bpm台から100bpm台に低下し、ときに70bpmにも低下する上、胎児心拍数基線細変動が消失傾向であることから、潜在的胎児仮死と診断し、帝王切開術を施行する旨決定した。

同日午後6時17分ころ、D医師が、X2を内診した際、破水した。漏出した羊水は、緑色でどろどろした状態で混濁が高度であった。

同日午後6時41分ころ、X2に腰椎麻酔がなされ、同日午後6時50分ころ、帝王切開手術が開始され、同日午後6時53分ころ、X1が出生した。

X1は、出生時、体重3192gであったが、すでに心肺停止状態で、アプガースコアが0点であり、心肺蘇生術により生後約9分後に心拍動が回復したものの、自発呼吸がないため気管内挿管がされた状態で直ちに新生児集中治療室に搬送された。

X1は、平成3年3月、M病院小児科に転院し、痙直性四肢麻痺型の脳性麻痺と診断された。頭部CT検査の結果、X1の大脳には高度の障害が示唆されている。

X1はO整肢学園において機能訓練を受けているが、運動面・知能面での発達が非常に遅れており、知能面では言葉を話すことはできない状態で、今後、長期にわたる機能訓練及び療育訓練が必要となり、日常生活面においても、長期にわたり食事、排泄、入浴、移動などの生活全般において常に介護が必要な状態である。また、難治性の痙攣が残り、長期にわたる抗痙攣剤の服用を受けても痙攣を完全にコントロールすることは困難であると予想されている。

そこで、Xらは、X1が重度仮死にて出産し、脳性麻痺の後遺障害を負ったのはYの雇用する医師、看護師、助産師の過失行為によるものであるとして、Yに対し、不法行為あるいは診療契約の債務不履行に基づき損害賠償を請求した。

 

(損害賠償請求)

患者と両親の請求額:合計1億円
(内訳:逸失利益3933万7763円+慰謝料計4000万円+介護費用6739万0899円+弁護士費用1000万円の損害合計額1億5672万8662円のうち一部請求)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額:合計1億円
(内訳:逸失利益4313万3977円+慰謝料計3000万円+介護費用4261万5648円+弁護士費用800万円の損害合計額は1億2374万9625円だが、患者と両親の一部請求額はこれを下回るので、一部請求額全額を認容)

 

(裁判所の判断)

Y病院の医師らの注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、まず、本件監視記録によると、午後4時6分から午後4時50分にかけて、胎児心拍数基線細変動の振幅幅がほぼ5bpm未満のまま継続しているから、基線細変動は減少ないし消失していると見られるとし、また、本件監視記録では、良好な胎児の場合に現れる一過性頻脈が全く認められず、午後4時41分ころ、胎児心拍が70bpm未満に低下し、かつ徐脈が回復するまでに約60秒継続する比較的高度な変動一過性徐脈が出現していると判示しました。

裁判所は、これらは、胎児に何らかの異常がある場合の所見であり、かつ、この変動一過性徐脈は、臍帯圧迫が原因として起きる可能性が高いもので、その程度が比較的高度であるから、医師としては、その原因を究明するとともに胎児の状態が悪化していないかどうかを継続的に監視する必要があると言えると判断しました。

裁判所は、さらに、基線細変動が消失した状態で、高度変動一過性徐脈が現れる場合は、胎児の低酸素症を示す所見であって急速遂娩を要するところ、午後4時41分ころに比較的高度な変動一過性徐脈があったのであるから、その後に高度変動一過性徐脈へ移行することがないかどうかを判別するために、継続的に胎児の状態を観察するとともに、酸素投与等の経母体治療を行い、それでも胎児の状態が回復せず、悪化するようであれば、直ちに急速遂娩(本件では、分娩第1期であり、子宮頸管が強靱であるから、帝王切開術をすることになる。)を行うことができるよう慎重に経過観察を行う注意義務があったと認定しました。

裁判所は、さらに、経過観察の方法としては、前示の胎児の状況に照らせば、子宮収縮との関係での胎児心拍数の状態を継続的に把握する必要があるから、本件においては、分娩監視装置による継続監視の方法を選択すべきであったと判示しました。

ところが、本件においては、D医師は、本件監視記録上、異常波形が出現していたにもかかわらず、分娩監視装置による監視を終了し、その後午後5時50分ころまで分娩監視装置による監視を行わず、また、酸素投与等の経母体治療も行わなかったから、D医師には、胎児の状態に即した継続監視を怠った注意義務違反があると認定しました。

裁判所は、また、D医師が看護師らに胎児心拍数の監視を指示したにもかかわらず、看護師らは、午後5時50分までの間、胎児心音の聴取すら行っていないから、看護師らについても継続的な監視を怠った注意義務違反があると認定しました。

以上により、裁判所は、Xらの請求につき、上記「裁判所の認容額」記載どおり認容しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2014年11月10日
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