医療判決紹介:最新記事

No.293「未破裂脳動脈瘤の予防手術として脳動脈瘤塞栓術を実施中に、動脈瘤壁穿孔により術中出血を生じ、出血性脳梗塞により患者に後遺障害が残留。医師に手技上の過失があったとして、原審を維持し病院側の控訴を棄却した高裁判決」

名古屋高等裁判所 平成25年11月22日判決 判例時報2246号22頁

(争点)

血管内治療の手技上の過失(十分なマーカー合わせを怠った注意義務違反)の有無

 

(事案)

平成18年1月30日、X(昭和30年生まれの女性・専業主婦)は、K総合病院脳神経外科の検診で、右中大脳動脈に未破裂脳動脈瘤(以下、本件脳動脈瘤という)があると指摘された。同病院の担当医師は、Xに、予防手術として開頭クリッピング手術(開頭術)と血管内治療(脳動脈瘤塞栓術)があると説明した。Xは、他院においてセカンドオピニオンを受けることを希望し、Y学校法人が開設・運営する病院(以下、Y病院という)の脳神経外科を紹介された。

Xは、4月11日、Y病院脳神経外科を受診し、同科に勤務するO医師の診察を受けた。

同年6月20日、精査のため、O医師がXの脳血管撮影検査を施行したところ、右中大脳動脈に未破裂脳動脈瘤(体部横径5.7mm、体部縦径3.4mm、頸部径3.3mm)が認められた。

O医師は、同月30日、上記検査の結果を受けて、XおよびXの夫に対して、開頭術や血管内治療の説明を行った。

Xは、Y病院で血管内治療を受けることとし、8月22日にY病院に入院し、同月23日、脳動脈瘤塞栓術(動脈瘤内にプラチナコイルを詰めて動脈瘤を閉塞する方法(以下、「本件血管内治療」という。)が施行された。

本件血管内治療中に、本件脳動脈瘤が穿孔しているのが発見された。O医師は、薬剤等で対応して本件脳動脈瘤からの出血を止めたが、その際、Xはくも膜下出血及び出血性脳梗塞を発症した。

Xは、平成19年3月3日症状固定となったが、左半身麻痺による腰掛け、正座、起立、歩行不能及び左上下肢機能全廃並びに右足関節機能障害(拘縮による尖足変形、関節可動域の縮小)の後遺障害が残存している。

Xは、Y病院医師に血管内治療の手技上の過失及び説明義務違反があるなどと主張して、Yに対して、不法行為(使用者責任)又は債務不履行に基づく損害賠償を請求した。

原審はXの請求(使用者責任)を一部認容したため、これを不服としてYが控訴した。

 

*脳動脈瘤塞栓術の具体的な方法

1)大腿動脈にガイディングカテーテルを挿入してレントゲンで透視しながら治療目的とする動脈に誘導する

2)ガイディングカテーテルの中にマイクロカテーテルという更に細い管とマイクロカテーテルを誘導するためのガイドワイヤーを挿入し、マイクロカテーテルの先端を動脈瘤の中に送り込む

3)マイクロカテーテルの中に、先端にコイル(プラチナの糸)を付けたデリバリーワイヤー(硬い針金)を送り込んで、コイルを動脈瘤の中で糸を巻くようにして丸めて動脈瘤の中を塞ぐ

4)コイルが適切に脳動脈瘤内に留置できたことを確認した上で通電し、コイルとデリバリーワイヤーを切り離す

*器具の説明

デリバリーワイヤーはステンレススチール製の固い針金であり、脳動脈瘤塞栓術においては、コイルを脳動脈瘤内まで運ぶために用いられる。本件血管内治療では、デリバリーワイヤー先端にプラチナ・タングステン合金製コイルを接続したGDCコイル(商品名)が使用されている。デリバリーワイヤーの先端部分は、容易に動脈瘤壁や血管を穿孔するため、コイルとデリバリーワイヤーを通電して離脱した後に、カテーテルの先端部より先にデリバリーワイヤーを進めないよう、使用時の警告がなされている。デリバリーワイヤーとマイクロカテーテルの双方にはX線不透過マーカーが装着されており、マイクロカテーテル内でデリバリーワイヤーを進めていった場合、デリバリーワイヤーのマーカーとマイクロカテーテルの手元部マーカーとは、デリバリーワイヤーのマーカーをマイクロカテーテルの手元部マーカーの先端部をちょうど越えた所に一致するように位置させると、デリバリーワイヤーの先端(コイルとの接合部分)がマイクロカテーテルの先端とほぼ一致するように設計されているため、デリバリーワイヤーの先端に装着されているコイルは、デリバリーワイヤーのマーカーとマイクロカテーテルとの形態が逆T字型となっていることをX線透視下で再確認した上で通電して離脱させるべきものとされている。したがって、デリバリーワイヤーを操作する術者には、デリバリーワイヤーの先端で動脈瘤や血管を穿孔することがないよう、上記マーカー合わせのときの位置よりもデリバリーワイヤーを進めないようにすることが求められている。

なお、コイル(GDCコイル)は髪の毛程度の太さのプラチナでできた糸のようなもので、非常に柔らかいものである。

 

(損害賠償請求)

患者の請求額 : 2億0201万8655円
(内訳: 逸失利益3720万0405円+後遺障害慰謝料3000万円+将来介護費用1億1681万8250円+弁護士費用1800万円)

 

(判決による認容額)

原審(名古屋地方裁判所)の認容額 : 1億7014万5819円
(内訳: 逸失利益3720万0405円+後遺障害慰謝料2400万円+将来介護費用9394万5414円+弁護士費用1500万円)

控訴裁判所の認容額 : 原審と同額

 

(裁判所の判断)

血管内治療の手技上の過失(十分なマーカー合わせを怠った注意義務違反)の有無

控訴審裁判所は、本件脳動脈瘤穿孔発生の機序について、次のとおり具体的に検討しました。

裁判所は、本件脳動脈瘤は、頸部径が3.3mmであるのに対し、体部横径が5.7mm、体部縦径が3.4mmの形状をし、本件血管内治療において、マイクロカテーテルの先端が本件脳動脈瘤の中央部のやや奥に位置した状態でコイル充填が行われたため、正しくコイルマーカーと第二マーカーとのマーカー合わせが行われたとしても、マイクロカテーテル先端から出たデリバリーワイヤー先端と本件脳動脈瘤壁との間には1.6~1.7mmの距離しかないおそれのある状態にあったところ、O医師において、上記マーカー合わせを正確に行いえない角度の画像の下でデリバリーワイヤーの操作を行ったため、上記マーカー合わせを行った時点で既にデリバリーワイヤー先端がさらにマイクロカテーテル先端より先進して本件脳動脈瘤壁に接近し、これに接触ないしはその寸前の状態となっていたことに加え、本件脳動脈瘤のネック付近においてわずかにたわんでいたマイクロカテーテルないしデリバリーワイヤーが少し直線化したこともあって、デリバリーワイヤーとコイルが動脈瘤内部から本件動脈瘤壁を押して本件脳動脈瘤先端部が尖るような形状となったこと、そして、そのような状況となっていた本件脳動脈瘤が脳血管造影のための造影剤の注入が契機となって、デリバリーワイヤー先端により穿孔されて本件脳動脈瘤穿孔が発生したものと推認するのが相当であると判示しました。

その上で、控訴審裁判所は、本件脳動脈瘤穿孔は、正しくコイルマーカーと第二マーカーとのマーカー合わせが行われなかったため、O医師がマーカー合わせを行った時点では既に、コイルマーカーが第二マーカーを越えており、その越えた分だけデリバリーワイヤーがマイクロカテーテル先端から先進していたもので、この超過先進分の先進がなければ発生していなかったもので、そのことが本件の脳動脈瘤穿孔の主たる原因であったと認定しました。

そして、血管内治療においてデリバリーワイヤーを操作する術者には、デリバリーワイヤーの先端が動脈瘤や血管を穿孔することがないよう、コイルマーカーと第二マーカーとのマーカー合わせのときの位置よりもデリバリーワイヤーを先進させないようにすることが求められているのであるから、その旨の注意義務があると判断しました。

控訴審裁判所は、そうすると、本件血管内治療において、O医師には、硬い金属製のデリバリーワイヤーを使用するに当たり、これが本件脳動脈瘤を傷つけることを防止するため、デリバリーワイヤーがマイクロカテーテル先端より先進しないよう、正面透視のままコイルの挿入を行うのであれば、マーカー確認の角度が不適切であることを十分に考慮した上で、慎重にデリバリーワイヤーの操作を行い、かつ、側面透視又は側面透視に近い透視角度によりマーカーの確認をした上で、マーカー合わせをすべき注意義務があったところ、O医師には、この注意義務に違反した過失があると認定しました。

以上より、控訴審裁判所は、O医師の使用者であるYの不法行為責任を認めた原判決は相当であるとして、控訴を棄却しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年8月10日
ページの先頭へ