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No.326 「患者が下部胸部腹部大動脈置換術、分枝再建術の手術後に死亡。医師に手術の危険性や死亡率についての説明義務違反があったとして、自己決定権侵害に基づく損害賠償を認めた高裁判決(遺族の請求を棄却した地裁判決を一部変更)」

東京高等裁判所平成13年7月18日判決判例タイムズ1120号235頁

(争点)

  1. 説明義務違反の有無
  2. 損害額

(事案)

昭和62年9月、A(男性)はS総合病院において、解離性大動脈瘤と診断されたが、症状が落ち着いていたので、経過観察をしていた。

翌63年、Aは、K病院において、ギランバレー症候群と診断された。

平成5年8月15日、Aは、急性虫垂炎で、Y社会福祉法人の運営する総合病院(以下、Y総合病院という。)に入院し、同月16日に手術を受けた。この虫垂炎手術後、同病院においてAの腹部CTが撮られたところ、大動脈の再解離が疑われたことから、Aは平成5年8月18日から同年9月20日まで同病院循環器科に入院し、検査・治療を受けた。

Aはこのころ、腎機能が低下し、慢性腎不全と診断され、平成5年9月20日から同年10月1日までY総合病院腎臓内科に入院し、また、同年12月24日から同月26日の間も同病院同科に入院し、さらに、平成6年1月10日から同年2月10日まで同病院同科に入院し、CAPD(持続性腹膜灌流法)を導入した。

Aが平成6年10月1日前日からの腹痛を訴えてY総合病院腎臓内科を受診したところ、CAPDの管が曲がっている旨の診断を受け、自宅へ帰宅した。

Aは、同月2日にも、腹痛、背部痛を訴えて、Y総合病院救命救急センターを受診し、入院することとなったが、その後の腹部CT等の検査を経た後、腹部真性大動脈瘤と診断された。

同月3日撮影の腹部CT像によれば、平成5年8月17日当時は、5センチメートル×5センチメートル程度の大きさであった腹部大動脈瘤が、6.4センチメートル×7.9センチメートル程度に拡大していたことから、右大動脈瘤については破裂の危険性が極めて高い「切迫破裂」の状況にあり、極めて進行した病状に至っていることが判明した。

平成6年10月6日、血管造影の施行を経て、Y総合病院心臓血管外科のT医師は、Aの大動脈瘤が上記のような状況であり、かつ、破裂大動脈瘤での救命は極めて困難と考えたことから、手術の必要性があるものと判断した。

そして、同年12月6日から7日、Aの下部胸部腹部大動脈置換術、分枝再建術(以下、本件手術という)が行われたが、Aは、本件手術中の出血により、急性出血性心筋梗塞となり死亡した。出血の原因としては、播種性血管内血液凝固症候群(DIC)が考えられた。

T医師は、本件手術に先立ち、同年10月12日及び同月21日にほぼ同内容の説明を、A及びその家族に対して行っていた。

そこで、Aの相続人である遺族ら(妻および子ら)は、Yに対し、診療契約上の債務不履行(説明義務違反)による損害賠償を求めた。

10月12日及び10月21日のT医師の説明が、本件手術が約8時間を要するものであり、Aの心臓を一旦停止させ、人工心肺を使用して低温下で大動脈の置換術を行うものであること、また、手術はAの足に障害を残す可能性があること等の内容を含むものであったことについては当事者間に争いはない。

しかし、本件手術の危険性の点について、説明をしたというT医師の供述とそのような説明はなかったとするAの妻の供述とが対立している。

原審裁判所(静岡地方裁判所平成12年5月15日判決)は、T医師が、A及びAの妻に対し、手術の必要性、死亡の可能性を含めた手術の危険性について具体的な説明を行ったものと評価すべきであり、診療契約上の説明義務につき不完全履行があったものと評価できないとして、Xらの請求を棄却したため、Xらはこれを不服とし、控訴するとともに請求を慰藉料3000万円のみに減縮した。

(損害賠償請求)

請求額:遺族合計3000万円
(内訳:本人慰藉料3000万円)
原審での遺族の請求:遺族合計6565万5800円
(内訳:逸失利益2969万5800円+慰藉料3000万円+弁護士費用596万円)

(裁判所の認容額)

控訴審裁判所の認容額:合計100万円
(内訳:本人慰藉料100万円)
原審裁判所の認容額:0円

(裁判所の判断)

1. 説明義務違反の有無

この点について、裁判所は、まず、医療行為なかんずく患者の身体への重大な侵襲を伴う手術は、患者の生命や健康、精神に重大な影響を及ぼすものであるから、それを行うについては患者の同意が必要であり、この同意は、自己の人生のあり方は自らが決定することができるという自己決定権に由来するものであり、医師が患者の同意を得るについては、患者による自己決定権の行使がその責任において適切に行われるように、患者に対し、当該患者の病状、治療方法、治療に伴う危険等について適切に情報を開示して説明を行うべき義務があるものと解されると判示しました。そして、その具体的な内容は、それぞれの病状、選択すべき治療内容等の諸事情に応じて、各医療行為ごとに異なるものというべきであると判示しました。

その上で、本件の場合、Aの腹部大動脈瘤は破裂の危険が大きかったものであり(T医師は、原審における証人尋問において、Aの腹部の腹部大動脈瘤破裂の可能性は1年以内に8割くらいと予想していたと供述)、破裂した場合の死亡率も高いものであった(証拠上、破裂した大動脈瘤の手術のリスクは約50%であるとの記載がある)ことが認められるものの、他方、Aの腹部大動脈瘤の治療のために行われた本件手術は、Aの心臓を一旦止め、人工心臓を用いる等、患者の身体に対する侵襲の程度が大きく、また手術により患者が死亡するに至る可能性も10%を超えるという相当危険なものであり(なお、T医師は、原審における証人尋問において、平成6年10月12日時点では、Aに対する手術の危険率は30ないし40%以上と評価すべきであったと述べる。)、かつ、本件は手術について患者の承諾を得ることができない程の緊急性がある場合でもなかったことが明らかであるから、Aとしては、本件手術を受けるべきか、それとも差し当たりこのままの状態で様子を見るかについて、選択の余地があり得たと判断しました。

さらに、裁判所は、Y社会福祉法人は、Aには本件手術を受けることを拒否する合理的理由が存在しなかったと主張するが、上記選択は、医師ではなく、患者の自己決定権の行使として、A自身が行うべき性質のものであり、その選択に合理性がないとはいえないと判示しました。

したがって、本件手術を担当したT医師としては、Aに対し、十分な情報に基づき上記の選択を尽くさせるため、Aの病状及びその危険性、本件手術の内容及びその危険性等について、具体的に説明する義務があったというべきであり、特に、本件手術の危険性ないしそれによる死亡率は、手術を受けるA及びその家族にとって、上記選択をなすに当たり最も重視すべき情報の一つであることが明らかであるから、特段の事情のない限り、その点について十分な説明を行うことは、手術を担当する医師にとって当然の責務であったものというべきであると判示しました。そして、本件において、そのような説明を妨げる特段の事情は見当たらないと判示しました。

次に、裁判所は、本件手術についての説明内容が説明義務の履行として十分なものであったかを検討しました。

本件手術の危険性についての説明の有無につき、T医師とAの妻の供述が対立しているところ、下記(1)~(3)の諸事情を考慮すると、T医師がAに対し、本件手術の危険性ないし死亡率について具体的に説明したことは認め難いといわざるを得ず、むしろ、Aの妻の陳述記載及び供述のとおり、これについての十分な説明はなかったものと認めるのが相当であると判断しました。

(1)
Aの診療録には、10月12日のT医師の説明については全く記載がなく、同月21日の説明については、その看護記録部分に「危険率は1割」との記載があるが、それが本件手術の危険率ないし死亡率を示すものであることを窺わせる記載はなく、他に上記危険率を説明したことを示す記載はない。したがって、そこにおける「危険率は1割」との記載は、Aの妻の供述中にある、術後の足の障害発生率について述べたものであるとの疑いが残る。
(2)
T医師の、危険率を説明したとする陳述記載及び供述部分は、同人が担当した他の同種手術の際に通常同一趣旨の説明をしていることを根拠とするものであること、同人の本件における説明の記憶としては、「強いて言えば記憶している」という程度のものであることが窺われるのであって、上記供述等は必ずしも明確な記憶に基づくものではないと認められる。
(3)
A及びAの妻にとっては、本件手術を受けるに当たって、その危険性が一番の関心事のはずであるから、本件手術による死亡の可能性についてT医師から具体的に説明を受けたならば、それを記憶していないということは通常あり得ない。また、手術の危険性について医師から説明を受けたならば、その内容を他の家族にも伝えて、意見を求めることが通常であり、他の家族においても手術の結果について不安を覚えるものと考えられるところ、Aの長女は、本件手術後Aの足に障害が生じる可能性はAの妻から聞いていたが、死亡の可能性については全く聞いておらず、そのため、本件手術当日も、病院で待機することなく、平常通り勤務先に出勤し、翌日のAの付き添いに当たるつもりであった等と述べている。
2. 損害額

裁判所は、腹部大動脈瘤自体が前記のとおり高い危険性を有する疾患であることを考慮すると、仮に、T医師からAに対し本件手術の危険性を含めた十分な説明がなされたとしても、Aとしては、結局、本件手術を選択した可能性も十分に考えられるところであると判示しました。

そうすると、T医師による説明義務違反と、Aが死亡するに至ったこととの間に因果関係があると認めることは困難であるから、本件において、Aが死亡したことに基づく損害は認められないと判断し、死亡に伴う慰藉料請求は失当であると判示しました。

しかしながら、Aとしては、前記のとおり、T医師の説明が十分なものであったならば、本件手術を受けるか、それとも差し当たり現状のまま様子を見るかについて、慎重に考慮し、選択する余地があったというべきところ、T医師の不十分な説明のために、自らの疾病の治療方法として本件手術を受けることの当否、ひいては自らの余生の生き方を自らの責任で選択する機会を持つことができなかったというべきであり、その精神的苦痛は慰藉に値するものというべきであるとしました。

そして、その苦痛に対する慰藉料としては、T医師の説明義務違反の内容、程度のほか、Aの腹部大動脈瘤の症状からみて、仮に説明義務違反がなかったとしても、同人が本件手術を受けることを選択する可能性も相当程度あったと推測されること等、本件に現れた諸般の事情を考慮すると、その金額は100万円と認めるのが相当であると判断しました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年1月23日
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