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No.334 「全校マラソン中に熱射病に罹患し転倒した高校生が、救急病院の医師により脳震盪と診断され、入院後に死亡。救急病院の医師に診察、薬剤投与、全身状態の観察不十分の各過失があるとして遺族への損害賠償を命じた地裁判決」

静岡地方裁判所沼津支部平成 6年11月16日判例時報1534号 89頁

(争点)

  1. 診察・検査における医師の懈怠の有無
  2. マンニトールの不適切な投与の有無
  3. 治療行為の懈怠の有無

(事案)

A(高校1年生・Xらの長男)は、昭和62年10月30日、恒例の学校行事である全校マラソン(以下、本件マラソンという)に参加した。本件マラソンはFスピードウェイのアスファルトの自動車レースコースで行われた。天気は良く、気温は普通(18度程度)であったが、マラソンには若干高めであった。

Aは、本件マラソンの種目中15キロメートル走に出場し、午後1時30分頃スタートしたが、午後2時45分頃、スタート地点から約11.5キロメートル走って、マラソンコース上において意識不明のまま転倒しているところを発見された。転倒後、間もなく発見されたとき、顔面打撲、口唇、前歯、舌、前胸部、両膝部挫傷等の傷害を負い、両手で防御することなく、前にバッタリ倒れたような傷害状況であった。

Aは、直ちにFスピードウェイの救急室に運ばれ、学校医師団により応急手当を受けた。

しかし、意識が不安定なことから、救急指定医院であるY脳神経外科医院(以下、Y医院という)に同日午後3時41分頃、救急搬入された。その際、開設者であるY医師は、Aがマラソン中転倒したこと、意識状態が不穏であることは知っていた。

Y医院は脳神経外科を診療科目とし、30日当時、CTスキャンの設備を有し、夜間の急患も受け入れる、ベッド数24床の脳神経外科の専門病院であって、救急指定医院であった。本件当時のY医院の常勤医師は、Y医師のみであり、非常勤(アルバイト)医師として、医師免許を取得して3年で、C医科大学脳神経外科の医局に勤務するM医師が、週1回、金曜の夜間の急患を主に担当し、翌土曜日に外来患者の治療に関し、Y医師の手伝いをしていた。看護師は、当時、18名勤務し、当直は1、2名であった。30日夜のY医院の医療体制は、入院患者がAを除いて24名で(そのうち4名が集中治療室の患者であった。)あり、Y医師は午後7時30分頃に外出し、夜間をM医師と准看護師のI看護師で担当するというものであった。

校医はAの脱水を疑い、Aに対し、Fスピードウェイの救護室からY医院に搬入するまでの間、及び、Y医院搬入後も、輸液(リンゲル500ml)を点滴注入し、酸素吸入をした。Aは、救急車の中でも汗ばんでいた。呼吸は乱れていなかったが、体動が著しく、うわごとをいって、呼名に応じなかった。

Y医院に搬入後、Aに対し、直ちに頭部CTスキャン、頭部及び胸部の単純X線検査が施行されたところ、いずれも頭部内出血や頭蓋骨骨折等の以上所見は見られなかった。

搬入時、Y医師は他の患者の脳動脈瘤クリッピング手術の途中であった。

Aに付き添っていた校医のB医師が、Y医師の了解を得て、Y医院の処置室において、Y医院の看護師の協力を得て、Aの転倒時に受傷した口唇部、口腔内等の創部の縫合止血処置等をしてY医師の診察を待った。

B医師は、同日6時頃まで待機していたが、Y医師から経過説明を求められず、また、Yの手術終了まで待機してくれるようにとの要請もなかったため、その頃帰宅した。

午後6時頃、Y医院のCT室においてAの体温は39℃近くに上昇したため、解熱のために坐薬が投与された。

午後6時30分頃、Aの意識状態は、3-3-9度方式で100(刺激をしても覚醒しない状態を3桁で表現)、即ち、痛み、刺激に対し、払いのける動作をする程度の意識状態であった。呼名反応はなく、四肢の自動はあった。血圧は触診で98、脈拍は118、体温は40℃に上昇した。

Y医師は、午後7時頃、Aの病室に来て、Aを2、3分診て、付き添いの学校教師に「見た目ほど重症ではない」、「命に別状はない」旨の説明をした。Y医師は、CT検査、単純X線検査の結果とマラソン中転倒して頭部を打ち、意識障害に陥ったものと考えたことから、単純な脳震盪と診断した。

Aは、午後7時に解熱剤(スルピリン2アンプル)を筋肉注射され、Y医院の看護師の指示により、Aの看病人は以降、氷嚢により両脇窩や鼠径部の4ヵ所の冷却を続けた。

午後9時頃のAの体温は38.6度、血圧触診で116であった。自力による体動が著明であったが、痛覚反応はなく、発語もなかった。

午後7時過ぎに、Aに下痢が始まり、同日午後11時、12時頃まで頻繁に、多量の下痢(水様便)をした。

Y医師は、Aの症状につき単純な脳震盪であるとの診断を前提としたうえで、脳浮腫の発生を防ぐ目的で、Aに対し、マンニトール250mlを、30日午後9時に一瓶、31日午前3時に一瓶投与したが、Aが脱水によるショック状態に陥ったため、同日午前9時に中止した。

Y病院のI看護師は30日午後9時以降、点滴とかオムツ交換のほか、Aの容態を観察するために病室に来ることがなくなり、31日午前0時にAの容態を観察したが、その後、31日午前3時および午前6時に観察した以外、Aの容態を観察することはなかった。

31日午前3時にAのバルーンバックの尿を捨てたが、その時の尿量は1700ccであった。Aは、その後午前4時頃から殆ど排尿しなくなった。

I看護師は、31日午前6時頃にAの著しい低血糖とショック状態を発見したが、Y医師には同日午前6時40分頃まで当該症状を連絡せず、当日宿直であったM医師にも同日午前6時25分頃まで当該症状を連絡しなかった。

午前6時40分頃、I看護師から電話連絡を受けたY医師の指示によりセミニート(急性循環不全改善剤)が1A点滴投与された。午前8時頃にはM医師が診察し、カルニゲンが投与され血圧が触れるようになったが、上下し安定しなかった。血糖値は68で低いため、50%ブドウ糖を2A静脈注射し、1A点滴投与した。

Y医師は、31日午前9時頃、ICUに移されたAを診察・治療するまで、同日午前6時以降Aの診察・治療を直接行うことはなかった。

Aは午前10時50分頃には心停止となり、午前11時27分頃、直接の死因を急性心不全として、死亡が確認された。

Aの主な死因については、本件マラソン中約11.5キロメートル走った時点で、熱射病に罹患し、体温調整の失調状態から意識障害を起こして転倒し、Y医院での治療後も、熱射病による体温、電解質・水分等の失調状態の改善がなされず、脱水症、低血糖を併発し、急性末梢循環器不全によるショック状態となり、呼吸不全や肝・腎臓等の多臓器不全となって死亡したものと考えられる。

そこで、Aの遺族(父母)らは、Y医師に対し、Aが死亡したのは、Yの的確な診察と治療の義務違反によるとして、損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
8601万8950円
(内訳:逸失利益7051万8951円+葬式費用150万円+慰謝料2000万円-災害共済給付金1400万+弁護士費用800万円。相続人複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
6102万0866円
(内訳:逸失利益4352万0866万円+葬儀費用150万円+慰謝料2600万円-災害共済給付金1400万+弁護士費用400万円)

(裁判所の判断)

1.診察・検査における医師の懈怠の有無

裁判所は、Y医師は、Aを受け入れ、救急入院させる際に、Aの意識状態が不穏であることを知っていたのであるから、意識状態不穏の救急患者を受け入れる救急病院の医師として、当然に、Aの全身状態を十分に観察し、CT検査、頭部胸部単純X線検査による頭蓋内疾患や外科的検査と同時に、血液検査、尿検査をして、体液の成分バランスなど内科的な検討から、各臓器障害の有無程度など病態の把握に努め、また、Aに付き添って来た学校の校医や教師から、Aが意識障害を起こした状況や、発見後のAの容態、その後の処置を詳しく聞くべきであったし、意識状態や血圧、体温(直腸温)、呼吸状態、時間的尿量などを頻繁に経過観察すべきであったと判示しました。

さらに、裁判所は、Y医師(及びその履行補助者であるY医院のスタッフ)が救急医療においてなすべき措置を行えば、30日午後6時30分の頃の時点で熱射病を疑診することが可能であったし、少なくとも代謝性疾患を疑うべきであったと考えられ、遅くとも31日午前6時までには、熱射病を疑診することが十分可能であったと考えられると判断しました。

また、裁判所は、Aが入院当時熱射病に罹患していたこと及び本件マラソンによる強度の発汗、発熱、転倒状況等に照らせば、校医が疑診したようにAは脱水状態であったと推測されたのであるから、Y医師は、Aの意識障害が続いていたことの原因疾患の一つとして脱水をも予測し、血液検査や尿検査をすべきであった。さらに校医にA発見後の状態、処置について尋ねれば、校医がAが脱水状態にあると考えて治療していたことを知り得たのであるから、これらの点においてもY医師には注意義務に違反した過失があると判示しました。

その上で、裁判所は、Y医師は、Aの症状につき、なお代謝性疾患をも疑ったうえ、転倒時のより詳細な事情聴取、意識障害の救急患者に対する諸検査の実施及びバイタルサイン等についての綿密な経過観察等により熱射病及び脱水を疑診すべきであったのに、容易に脳震盪によるものと即断し、諸検査や経過観察等を実施しなかった点において、Aの診察につき過失があったと認定しました。

2.マンニトールの不適切な投与の有無

この点について、裁判所は、マンニトールは強い利尿作用があり、脱水状態の患者には、慎重でなければならず、テスト量を投与し、尿量及び全身状態を観察しながら慎重に投与しなければならないと判示しました。

その上で、裁判所は、Y医師が、30日午後6時30分頃の時点で、Aの症状につき熱射病を疑診することは可能であったし、また、Aが脱水症状にあったことを予測し、かつ、これを知り得たのであるから、Y医師には、熱射病に罹患し脱水状態にあるAに対し、利尿作用の強いマンニトールを投与する場合には、テスト量を投与し、かつ尿量及び全身状態を観察しながら慎重にすべきであったのにこれを漫然と投与した点において過失があったと判断しました。

3.治療行為の懈怠の有無

この点について、裁判所は、Aは、30日午後9時頃において、体動が激しく、痛覚反応もなく、意識障害が持続していたのであるから、I看護師はAの病状の推移を厳重に監視し、バイタルサインを慎重に観察すべき義務があるところ、Aの全身状態のI看護師による観察は不十分であったと判示しました。

また、Aの31日午前6時40分頃以降のショック状態に対し、Y医師(及びM医師等Y病院の関係者)が直ちに適切な検査及び治療行為をしなかったことについても、争いのない事実及び認定事実により明らかであるとも判示しました。

裁判所は、I看護師の不適切な看護が、医療従事者としての義務に違反することはもとよりであるが、Y医師がAの病態を単純な脳震盪であると把握して、I看護師に対し、意識障害患者として慎重な観察看護をなすように適切な指示をしなかった(却って、単純な脳震盪であるとして慎重な観察看護は不必要である旨指示していたとみられる。)ことが大きな原因であったものと考えられると認定しました。

その上で、裁判所は、Y医師には30日午後9時以降のAに対する全身状態の観察不十分の過失(上記過失は、直接には、I看護師の過失であるが、Y医師の履行補助者というべきであるからY医師の過失と同視されるとしました。)が認められるとともに、31日午前6時40分以降のAのショック状態に対する対処が不適切であった点においても過失があったというべきであると判断しました。

以上より、裁判所は上記裁判所の認容額記載の賠償を命じ、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年5月16日
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