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No.347 「頭痛を訴え来院した患者のクモ膜下出血を市立病院の内科医、神経内科医らが見落とし、その後、患者が死亡。脳神経外科医に連絡してCT写真の読影を依頼するなどの措置を講じなかった過失を認定し、更に、患者が腰椎穿刺を拒否したことにつき、十分な説明がなかったとして過失相殺を否定した高裁判決」

名古屋高等裁判所平成14年10月31日判決 判例タイムズ1153号 231頁

(争点)

  1. Y病院医師らの注意義務の有無
  2. 過失相殺の有無

(事案)

平成7年4月19日昼頃、A(52歳の女性)は激しい頭痛、悪心及び嘔吐が生じたことから、翌20日午後9時30分ころ、Y市の開設するY市民病院(以下、Y病院という)を受診した。

当日の当直医であった一般内科医であるB医師の問診に対し、Aは、前日の昼ころから頭全体、眼の奥及び後頭部が割れるように痛いこと、痛みは持続的であり非拍動性であること、今まで経験したことのないような痛みであること、悪心があり嘔吐も数回あったことを告げた。B医師は、最近の視野異常、めまい、複視、手足のしびれ、脱力、咳、鼻汁、最近の頭部打撲等について尋ねたところ、Aはめまいについては最初あったと答えたものの、その他については該当がない旨応答した。また、Aの意識は清明で独歩可能な状態であった。

B医師は、脳神経所見を採るため、Aに対し、視野、対光反射、外眼運動、顔面の運動感覚、聴力、軟口蓋拳上、舌運動、四肢・徒手筋力テスト、感覚、ハンマーで行う腱の検査、バビンスキーテスト、指鼻テスト・かかとひざテスト及び項部硬直についての検査を行ったが、いずれも異常がなかった。また、体温、脈拍、血圧はほぼ正常であった。

B医師は、上記診察の結果疑われる疾患は多数(片頭痛、緑内障、群発性頭痛、副鼻腔炎、髄膜炎、クモ膜下出血、脳腫瘍等の疾患が考えられた。)あり、さらに頭部CT検査と血液検査を実施した。血液検査の結果、重症の髄膜炎等の細菌感染は考えにくいと判断し、頭部CT検査の写真(以下、本件CT写真という)に異常を認めなかったので、明らかな脳出血、脳腫瘍、クモ膜下出血は対象疾患から除外した。

B医師は、Aに鎮痛剤(セデスG)を内服させた上、しばらく様子をみたところ、Aの症状が軽快したことから、重症な病気ではないと判断し、緑内障に伴う頭痛、群発性頭痛及び片頭痛の可能性を疑った。B医師は、Aに対し、脳に異常はない旨説明し、再度、セデスGを処方するとともに、翌日内科を受診すること、何か変わったことがあったら来院するように勧めて、同日午後11時30分ころ、帰宅させた。

なお、B医師は、放射線科の医師に本件CT写真の読影を依頼しているが、放射線科の医師は翌21日に読影して報告書をD医師(神経内科医)に提出しているので、B医師はAの死亡までにこれを受け取っていない。

翌21日、Aは、Y病院を受診し、C医師(一般内科医)の診察を受けた。

C医師は前日のカルテを確認し、本件CT写真を読影したが異常とは認めなかった。

Aは頭痛を訴え、苦悶表情していたが、セデスは効いている(5時間くらいは効く)、寝ていると楽だが座っていると痛い旨述べ、血圧、脈拍はほぼ正常であり、独歩していた。

C医師は、咽頭、心雑音、肺のラ音、リンパ節、腹部、脳神経の各所見をとったが、項部硬直があるかないかという程度であることを確認したほかは、異常を認めなかった。

C医師は、項部硬直が弱陽性であること、頭痛が48時間以上継続していることなど、髄膜炎、特にウィルス性髄膜炎をはじめとする器質的疾患がある症候性頭痛を疑ったが、発熱がなく、20日の血液検査の結果も異常がなかったこと、寝ていると痛くないが座っていると痛いとして、通常、髄膜炎に伴う主訴とは逆の主訴をしていることから確定診断を下すことができなかったが、Y病院で髄膜炎に対する治療を担当する神経内科医による診察が必要であると考え、神経内科のD医師に直接Aの診療を引き継いだ。その際腰椎穿刺による髄液検査を行うことを依頼してはいない。また、クモ膜下出血については本件CT写真の読影から否定的な見解であった。

神経内科医であるD医師は、カルテの記載を確認し、本件CT写真を読影して、脳溝が同年代の人に比べると狭いとの印象を持ち、全体的に浮腫状であると評価し、Aの52歳という年齢からすると、正常とも異常とも言い難いと判断し、突然発生した痛みではなく、非拍動性の痛みであること、来院までかなりの時間が経過していること、鎮痛剤で症状が軽快していることから、片頭痛、緊張性頭痛、緑内障等を疑った。

D医師は、精神状態、言語、脳神経、運動の各所見をとったところ、いずれも異常がなく、項部硬直は、前後方向にあるかないかの程度で左右方向にはなく、ケルニッヒ徴候も認められなかった。D医師は、診察の結果、特に頭痛が突然発生したのではないこと、緊張性頭痛の患者がよく訴える、ぐーっと押さえられるような頭痛との訴えがあったこと、セデスが効いたとのこと、神経系に異常が認められず、緊張性頭痛の場合にも項部硬直を感じることがあること、Aの話しぶりが明確で、独歩していたことから、一番考えられるのは肩こりからくる緊張性頭痛であったが、本件CT写真からAの脳が浮腫状であること、項部硬直の疑いがあること、体温36.7度、白血球数10.2×1000及びCRP0.6mg/dlから軽度の炎症が疑われたことから、髄膜炎やクモ膜下出血の可能性も考えられるので、Aに対して、腰椎穿刺による髄液検査を勧めてみたが、Aはこれを拒否した。

そこで、D医師は、緊張性頭痛を最も疑い、精神安定剤の筋注射をし、総合感冒薬、抗生剤、筋弛緩剤、頭痛剤及びはり薬の鎮痛剤を5日分処方し、次回の診察を翌週の火曜日である25日午前9時と予約させて、Aを帰宅させた。

22日、Aは、頭痛と吐き気のため、救急車で午前8時前にY病院に搬送されたが、再度の脳動脈瘤の破裂発作に伴い、クモ膜下出血が生じたことが原因となって、同日午前9時18分ころ死亡した。

そこで、遺族であるXら(Aの夫および2名の子)は、Y市に対し、Y病院医師らがAのクモ膜下出血を発見できなかったため、再度のクモ膜下出血によりAが死亡したとして、診療契約上の債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償を請求した。

原審は、Y病院医師の過失(D医師が確定診断をすべき義務に違反したとするもの)を認めたが、Aが腰椎穿刺を拒否したことを考慮して3割の過失相殺をして、Xらの一部勝訴の判決を言い渡した。そこで、Yがこれを不服として控訴し、Xらが附帯控訴した。

(損害賠償請求)

請求額:
5774万8000円
(内訳:逸失利益2644万8000円+夫と2人の子の慰謝料2600万円+葬儀費用130万円+弁護士費用400万円)

(裁判所の認容額)

一審(名古屋地裁)の認容額:
約3553万円
(1万円以下の金額不明。過失相殺により3割減額している)
高裁の認容額:
4929万9000円
(内訳:逸失利益2529万9000円+夫と2人の子の慰謝料2000万円+葬儀費用100万円+弁護士費用300万円)

(裁判所の判断)

1.Y病院医師らの注意義務の有無
(1)B医師について

裁判所は、Aには、クモ膜下出血を疑うべき臨床症状が認められるが、直ちにクモ膜下出血と断定することのできない臨床症状も存在したものであり、また、本件CT写真はクモ膜下出血等の病変を表すものであったことから、脳神経外科医であれば、クモ膜下出血の確定診断が可能であったといえるが、Aのクモ膜下出血は軽度で発症から時間を経過した後の受診であったため、クモ膜下出血が専門的診断分野ではないB医師が、本件CT写真から出血を読み取ることは困難であったことから、Aがクモ膜下出血であるとの確定診断に達しなかったこと自体はやむを得なかったともいいうると判示しました。しかし、B医師が本件CT写真からはAがクモ膜下出血であるとの確定診断ができなかったとしても、本件CT写真が正常なものではなく、明らかな異常があり、脳外科医であれば経験が比較的豊富ではない医師でも異常を判断できる程度のものであって、Aの臨床症状からはクモ膜下出血が疑われる典型的な症状が認められ、クモ膜下出血が放置すれば死亡する危険があり早期に手術をする必要性が高いものであることを十分念頭において考えれば、B医師は、クモ膜下出血を専門領域とする脳神経外科医に相談すべきであり、しかもY病院としては当直医が脳神経外科医と直ちに連絡をとることができる態勢をとっていたのであるから、当直医であるB医師は容易に連絡して脳神経外科医に相談することが可能であったというべきであったから、このような措置をとらなかった点に、過失があったと判断しました。

(2)C医師について

裁判所は、C医師は一般内科医であるが、B医師の診察及び自らの診察により判明するAの臨床症状からは、クモ膜下出血が疑われる上、本件CT写真からクモ膜下出血との確定診断ができなかったとしても、B医師と同様に、クモ膜下出血を専門領域とする脳神経外科医に連絡をとって、本件CT写真の読影を依頼するなどの措置を講ずることができたにもかかわらず、神経内科医のD医師に引き継いだものであるが、この措置は一般内科医の措置として相当であると評価することができず、過失があったと認められるとしました。

(3)D医師について

裁判所は、D医師は、C医師から直接Aの診察を依頼されたものであるが、D医師は、主に神経の疾患(パーキンソン病、脊髄小脳変性症等)を扱う神経内科医であり、クモ膜下出血を専門的に扱うものではないが、CT写真等の読影は日常的に行っていて、クモ膜下出血の発見も幾度となく経験していることを認定しました。

そして、D医師は、B医師およびC医師の診療録を検討し、自らもAを診察し、Aの項部硬直を確認し、さらに、本件CT写真を読影し、脳が浮腫状であると認めたものであるところ、その様な場合は髄膜炎、髄膜脳炎、水頭症、脳梗塞等のほかクモ膜下出血も考えられるのであるから、臨床症状や受診経過に照らせば、クモ膜下出血を疑うことが十分可能であったにもかかわらず、緊張性頭痛を最も疑い、否定すべき根拠もないのに、クモ膜下出血を十分念頭において診察治療にあたらなかったことには問題があるといわざるをえないと判示しました。さらに、CT写真の読影については相当程度の経験があるD医師が、本件CT写真の読影によってクモ膜下出血を疑うことが難しかったことを認めるに足りるだけの証拠は乏しく、仮にクモ膜下出血との確定診断ができなくとも、クモ膜下出血を疑ってこれを専門領域とする脳神経外科医に連絡をとって、本件CT写真の読影を依頼するなどの措置を講ずるべきであったと判示しました。

以上により、裁判所は、B医師、C医師、D医師各人について過失を認定しました。

2.過失相殺の有無

Y市は、Aが頑なに腰椎穿刺検査の実施を拒絶し、その結果クモ膜下出血との確定診断に達することができずに死の結果を生じたことを考慮して、過失相殺がなされるべきであると主張しました。

しかし、裁判所は、D医師は、脳に異常がないことを告げた上で、念のため腰椎穿刺検査を勧めたにすぎず、Aにおいて、腰椎穿刺検査を実施するか否かについて自ら決定するに十分な説明はなされていないのであるから、これをもって過失相殺をすることは相当ではないと判断しました。

以上より、上記の裁判所の認容額の支払いを命ずる判決が言い渡されました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年11月 9日
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