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No.359 「都立病院で看護師の誤投薬により入院患者が死亡。院長の遺族に対する説明義務違反を認めた高裁判決」

東京高等裁判所平成16年9月30日判決 判例時報1880号 72頁

(争点)

院長の説明義務違反の有無

(事案)

平成11年1月8日、A(女性)は、関節リウマチにより左中指疼痛及び腫脹が増強したため、東京都(一審の相被告)の開設するY病院整形外科を受診した。診察の結果、慢性関節リウマチ治療のために左中指滑膜切除手術を受けることとなり、I医師が主治医として指定され、同年2月8日、Aは、Y病院に入院した。

Aは、平成11年2月11日にY病院において術後療養中に死亡したが、これは、Y病院の担当看護師が投与薬剤をヘパリンナトリウム生理食塩水(以下、「ヘパ生」という)とすべきところ、誤ってヒビテングルコネート液(以下、「ヒビグル」という)としたことによるものであった。

平成11年2月12日の本件事故に対する対策会議において、Y病院のY院長(対策会議の主宰者)は、看護師を始めとする関係者から薬剤の取り違えの具体的可能性がある旨の話を聞いた。また、同日中に病理解剖を行った医長や医師から、Aの右腕の静脈に沿った赤色色素沈着を撮影したポラロイド写真を示された上で、薬物の誤注射によって死亡したことは、ほぼ間違いがないとの解剖結果報告を受けた。

同日、昼前頃、Y院長は、Aの遺族(夫や子)に対し、看護師が薬を間違えて投与した事故の可能性がある旨説明した。遺族らが間違いの可能性が高いのかと質問したところ、Yは、現在調査中である旨回答して、Y病院による病理解剖の承諾を取り付けた。

しかし、病理解剖の結果が判明した後、同日午後5時頃、Yは、遺族に対し、病理解剖結果報告をそのまま説明することなく、単に、肉眼的には心臓、脳等の主要臓器に異常が認められず、薬の取り違えの可能性が高くなったとだけ伝え、今後、保存している血液、臓器等の残留薬物検査等の方法で必ず死因を究明すると述べたにとどまった。

また、Y院長は、Aの死亡診断書の作成につき、主治医のI医師から死因記載について相談を受けた際、病死として作成して遺族に交付するよう指示し、その結果、I医師において、「死因の種類」の「病死及び自然死」欄に印の付された平成11年3月11日付け死亡診断書を作成の上、Aの遺族に交付させた。

Aの遺族(夫、長男二男、父)が、Y院長及び東京都に対して、死因究明・死因解明義務違反及び情報開示・説明義務違反による損害賠償を求めて提訴した。

一審判決(東京地裁平成16年1月30日判決)は、Y院長は、東京都の履行補助者として死因解明義務及び説明義務を履行する信義則上の義務を負うとした上で、Y院長には死因解明義務違反及び説明義務違反があるとして、東京都と連帯して損害を賠償する責任があるとした。

これに対し、Y院長が敗訴部分につき控訴し、遺族らも附帯控訴をした。

なお、一審判決後、Y院長と連帯して賠償責任を負う東京都から、遺族に対し判決主文記載の金員が支払われた。

(損害賠償請求)

Y院長に対する一審での遺族らの請求額:(遺族合計)720万円
一審裁判所の認容額:(遺族合計):100万円
遺族らの附帯控訴での請求額:110万円
控訴審裁判所の認容額:0円
(内訳はいずれも慰謝料)

(裁判所の判断)

院長の説明義務違反の有無

裁判所は、まず、遺族らが原判決後、Y院長の不真正連帯債務者とされた原審相被告である東京都から金員の支払いを受けたことを自認しているので、その限りでY院長の損害賠償債務も消滅していると判示しました。

そして、遺族らの附帯控訴にかかる請求部分との関係で、Y院長の説明義務違反の有無につき、以下のように判断しました。

医療行為は患者の生命、身体、健康等にかかわるものであり、患者の自己決定を尊重するためにも、患者は、医療行為に先立ってその内容及び効果の情報の提供を受け、医療行為が終了した際にはその結果についても情報の提供を受ける必要があるし、他方、病院側は上記情報を独占している上、当該情報に接しこれを利用することが容易であるから、病院開設者及びその診療契約の締結診療行為の実施を全面的に代行する医療機関は、特段の事情がない限り、連帯して患者に対し医療行為について説明する義務を負うものと解される。また、医療法は、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るように努めなければならないと規定している(同法1条の4)。さらに、診療契約は準委任契約であるところ、民法は、受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも準委任事務処理の状況を報告し、準委任終了の後は遅滞なくその顛末を報告することを要する旨規定している(同法656条による645条の準用)。

以上のような医療情報の提供の必要性及び医療情報の偏在という事情に、上記法令の規定を併せ考えると、病院の開設者及びその全面的代行者である医療機関は、診療契約に不随する義務として、特段の事情がない限り、所属する医師等を通じて、医療行為をするに当たり、その内容及び効果をあらかじめ患者に説明し、医療行為が終わった際にも、その結果について適時に適切な説明をする義務を負うものと解されると判示しました。

また、病院側が説明をすべき相手方は、通常は診療契約の一方当事者である患者本人であるが、患者が意識不明の状態にあったり死亡するなどして患者本人に説明することができないか、又は本人に説明するのが相当でない事情がある場合には、家族(患者本人が死亡した場合には遺族)になることを診療契約は予定していると解すべきであるので、その限りでは診療契約は家族等第三者のためにする契約も包含していると認めるべきである。

患者と病院開設者との間の診療契約は、当該患者の死亡により終了するが、診療契約に付随する病院開設者及びその代行者である医療機関の遺族に対する説明義務は、これにより消滅するものではない。

その上で、裁判所は、本件対策会議後に遺族に対して行ったY院長の平成11年2月12日の説明が、東京都の履行代行者等として負う説明義務に違反するものか否かについて判断しました。

裁判所は、Y病院としては可能な範囲で死因解明義務を尽くしているといえるが、Y院長は、本件対策会議における報告に加え、病理解剖の結果報告を受けて、Aの死因が薬物の誤注射によるものであることがほぼ間違いがないと認識したのであるから、遅滞なく遺族らに対し、上記情報を提供して死因について説明する義務があったというべきであるが、同日のY院長の説明内容は、病理解剖結果報告の後の遺族らに対するその時点における説明として、不十分で不適切というほかなく、説明義務に違反すると判断しました。

次に、控訴裁判所は、死亡診断書に関するY院長の行為が、東京都の履行代行者として負う説明義務に違反するものか否かについて判断しました。

裁判所は、Aが病死や自然死ではないことが明らかであった状況の下において、Y院長は、I医師から死亡診断書の死因記載について相談を受けたのであるから、Y病院の院長として、I医師に対し、死亡診断書の死因の記載内容を適切に指導・助言して、適正な内容の死亡診断所を作成・交付させ、もって遺族に対する説明義務を果たさせる義務があったにも拘わらず、死亡診断書の死因記載として病死という不正確な指導・助言を行い、死因が不正確に記載された死亡診断書を作成させて遺族に交付させ、遺族にAの死因につき混乱と不審の念を招いたものであるとし、Y院長には、遺族らに対する説明義務違反があると判断しました。

慰謝料の額については、裁判所は一審認容額が相当であると判断し、附帯控訴での付加請求を認めませんでした。

以上から、控訴審裁判所は、Y院長に遺族への金員支払を命じる原判決主文部分を取り消し、遺族らの附帯控訴を棄却しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年5月10日
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