医療判決紹介:最新記事

No.41「心臓手術中に人工心肺装置の送血ポンプのチューブに亀裂が生じ、空気混入で患者が脳梗塞に。送血ポンプの製造会社に警告義務違反、市立病院の臨床工学技士に安全性保持義務違反があったとして、製造会社と市に損害賠償を命ずる高裁判決」

平成14年2月7日 東京高等裁判所判決(判例時報1789号78頁)

(争点)

  1. 本件事故発生について、本件ポンプを含む本件人工心肺装置を操作したK病院の臨床工学技士に過失(義務違反)があるか
  2. 本件事故発生について、本件ポンプを製造したT社に製造上の過失、操作する者に対する説明義務違反又は警告義務違反があるか

(事案)

X(昭和50年8月生まれの男性)は、平成7年7月12日、C市の設置するC市立K病院(K病院)において、心臓に「右室二腔症」があるとの診断により右室流出路の狭窄部拡大のための心臓手術を受けたが、T社の製造した人工心肺装置中の送血ポンプのチューブの破損により血流中に空気が混入して脳梗塞を発症し、言語障害、右手運動障害等の後遺症を負った。Xは平成9年に家庭裁判所により禁治産者の宣告を受け、Mが後見人に選任された。

Xは、C市に対しては、手術時に人工心肺装置の操作等を行った臨床工学技士の操作の過誤による債務不履行を、T社に対しては、安全な製品の製造を怠ったこと等の過失による不法行為の成立をそれぞれ主張して両名に損害賠償の連帯支払を請求した。

一審は、人工心肺装置の操作等を行った臨床工学技士の過失を否定したものの、T社の人工心肺装置の製造に過失があったとして、T社に対する損害賠償請求を認容し、C市に対する請求を棄却した。

(損害賠償請求額)

1億6309万3144円(病院設置者である市と製造会社両名連帯)
(内訳:入院慰謝料363万円+入院雑費97万5000円+逸失利益8814万1644円+後遺障害慰謝料2600万円+介護費3434万6500円+弁護士費用1000万円)

(判決による請求認容額)

1億2645万7762円(一審では製造会社のみ、控訴審では市と製造会社両名連帯)
(内訳:入院慰謝料308万円+入院雑費57万9800円+逸失利益8538万7010円+後遺障害慰謝料2600万円+介護費641万0952円+弁護士費用500万円)

(裁判所の判断)

本件事故発生について、本件ポンプを含む本件人工心肺装置を操作したK病院の臨床工学技士に操作上の過失(義務違反)があるか

裁判所は、Xに重篤な脳機能障害をもたらした本件事故は、本件ポンプ内での拍動送血用のチューブの亀裂とそこから流入した空気がXの脳内へ流入したことによると認定しました。更に、チューブ亀裂が発生したのは、本件本ポンプ内でローラーとともに回転していたチューブガイドの先端部分の角が、浮き上がっていたチューブに接触してチューブの外壁を削ったためであると推認しました。

その上で、臨床工学技士が行った右側チューブの設定の仕方が、チューブホルダーへの固定のための締め付けが緩慢であったと認定し、この点及び本件ポンプの外でチューブを顕著に傾斜させた点が、チューブ浮き上がりと亀裂の原因になったと判断しました。 K病院側は、「本件ポンプ自体にチューブ締め付けの程度を客観的に認識し得る装置がなかったのであるから、機器の欠陥により事故が惹起したものと考えるべきであるし、これまでの人工心肺装置使用の経験則から、技士においてチューブ亀裂を予見し得る可能性がなかった」として、その過失を否定する主張をしました。

しかし、裁判所は、機器自体にチューブ締め付けを客観的に測定する装置が付されていなかったとしても、事前に機器自体の特性を習熟し、手術時に安全操作を行うことができるよう準備すべきことも臨床工学技士の職務として尽くすべき安全性保持義務に含まれるとして、技士の過失を認定しました。

次に裁判所は、臨床工学技士が貯血漕と血液温度及び血圧に関する機器の監視のみを行っており、本件ポンプを含む人工心肺装置とその回路及びエアー・トラップの状況に対する監視を十分にしていなかったとして、技士の安全性確保義務から生ずる機器監視義務に違反していたと認定しました。

更に裁判所は、臨床工学技士の安全性確保の義務の内容の1つとして、事故発生の場合に備えて、機器の部品、交換用チューブの備え付け、その他の被害発生回避又は患者の重篤化の防止を図るための措置を予めとっておくべき義務も含まれているとし、技士らにおいて交換用チューブの備え付けを怠ったことについては、この限りでXの被害の拡大を防止し得たのに、この防止義務を怠った過失があると判示しました。

本件事故発生について、本件ポンプを製造したT社に製造上の過失、操作する者に対する説明義務違反又は警告義務違反があるか

裁判所は、製造上の過失については、「本件人工心肺装置のポンプ機器は、これを操作する者の取扱い上の過失ないし過誤がなければ、安全に使用することができるものであったと認められる」として、欠陥の存在については否定しました。

説明義務、警告義務違反について、裁判所は、人工心肺装置は手術中の患者の血流を管理し患者の生命身体の安全に直接影響を及ぼす重要な医療機器であるから、このような医療機器の製造者にも、機能の性能のみならず、その安全操作の方法、危険発生の可能性などを十分に試験し、これを操作者に具体的かつ十分に説明し、事故発生の危険性に関しては具体的な警告を発すべき義務があると判示し、また、T社には本件事故のようなチューブ亀裂事故が発生することについて、相当程度予見可能性があったものというべきであると認定しました。

そして、裁判所は、T社には、本件ポンプへのチューブの固定が不十分である場合には、ポンプ内でのチューブの浮き上がりが発生し、チューブガイドとの接触により、チューブの削れひいてはチューブの亀裂又は穿孔が生じて血流への空気混入の危険がある旨具体的な事故発生の危険性を指摘して警告すべき注意義務があったにもかかわらず、これに違反した過失があると判断しました。

カテゴリ: 2005年2月22日
ページの先頭へ