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No.445「進行胃癌のため胃亜全摘術を受けた患者が、縫合不全により発生した腹腔内膿瘍の縮小が遅延し残胃穿孔が生じ、腹腔内出血を起こして死亡。医師の術後管理上の過失を認めた地裁判決」

広島地方裁判所平成9年5月29日判決 判例タイムズ953号229頁

(争点)

1 縫合不全・腹腔内膿瘍への対策に関する過失
(1)
経口摂取の継続について
(2)
留置ドレーンの選択及びドレーンの留置時期について
2 病院の術後管理の過失と患者の死亡との因果関係

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

平成4年1月10日(以下、全て同年のこととする)、A(当時56歳の男性)は、△特殊法人が開設する病院(以下、「△病院」という)内科に入院し、同月13日、△病院内科から同院外科へボールマンII型の進行胃癌として紹介され、2月3日、△病院内科において早期胃癌IIc型(表面陥凹型)と診断され、同院内科より同院外科に転科した。

2月6日にAの胃亜全摘術が施行され、午前9時に手術室に入室し、午後1時30分に同手術は終了した。術後Aの体温は37.9度まで上がり、Aには腹部痛があり、鎮痛剤や抗炎症剤が投与されたが改善しなかった。

2月10日、午前10時、手術時に腹腔内に留置されたドレーンからの排液が淡々茶から淡々血性になった。この間も概ね発熱は続き、Aは腹部痛を訴えていた。

2月11日、経口摂取を開始した。

2月12日、Aは腹部痛を訴え、血液検査の結果、白血球数が9840個/㎣、CRP値が25.8㎎/dlであった。レントゲンによる胃透視が実施され、造影剤の腹腔内への漏出は認められなかった。胸部X線撮影により左胸水が、腹部超音波検査により左横隔膜下に液体の貯留がそれぞれ認められた。Aに抗生物質が投与された。このころ、△病院のT医師は、胸水は横隔膜下の液貯留のための炎症性変化と推測し、横隔膜下膿瘍の疑いを持った。

2月15日、T医師は、Aの炎症につき肝臓から腹腔内に漏出した膵液の感染化が原因ではないかと疑い、これに対処するためにFOY(抗酸素製剤)の使用を開始した。

2月19日、超音波検査の結果、左胸水が消滅しないため、左胸腔内に胸水排除の目的でドレーンが留置された。Aは、腹部および胸部のCT検査の結果、左横隔膜下から腹腔内にかなりの範囲に液体が貯留しており濃度の不整より膿瘍と診断された。左胸水は炎症が波及したためと診断された。

2月20日、左横隔膜下膿瘍の原因解明のために胃透視検査を実施した。経口摂取した造影剤の腹腔内漏出は認められなかった。正中腹壁術創部の発赤が認められたため開腹した結果、胆汁が混入した消化液の排出が認められた。

正中創を開いたところから造影剤を注入して造影したところ、残胃の粘膜像が写ったため、T医師は、腹壁前面に接した残胃と十二指腸縫合部に微細な縫合不全が生じたものと判断し、絶食を指示した。

2月21日、Aの左横隔膜下膿瘍に対し、超音波ガイド下膿瘍ドレナージ術が施行された。左横隔膜下膿瘍に対し、膿の排出、薬物の注入、膿瘍腔洗浄の目的で内径3㎜のドレーンが留置された。

2月22日、正中創より汚い胆汁様の排液があり、同部にネラトン管(腹腔内の貯留液を排出するための硬いゴム製カテーテル)が設置された。膿瘍腔は腸内細菌による複数菌感染の可能性が考えられるため抗生剤が投与された。

2月25日、正中創からは胆汁が混ざった排液が多量にあった。

2月28日、左横隔膜下腔のドレーンから汚染された排液が排出されたが、左胸腔のドレーンからは何も出てこなかった。正中創からは胆汁が混ざった消化液が毎日800ml排出された。

3月3日、胸水排液用のドレーンが抜去され、3月9日に、正中創からの排液がほとんどなくなり、食事が開始された。

しかし、3月11日、Aの白血球数は9190個/㎣、CRP値が11.5㎎/dl、38度を超える弛張熱があった。弛張熱の原因がIVHによるカテーテル敗血症の可能性が考えられたため、IVHを中止した。

3月12日、膿瘍腔のドレナージ効果及び洗浄効果を高める目的で、左横隔膜下膿瘍に対し、再び超音波ガイド下に直径4㎜のドレーン1本が追加留置された。

3月13日 膿瘍腔からの排液の細菌培養の結果、MRSA陽性でミノマイシン、クロマイ(クロラムフェニコール系抗生物質)、ハベカシン(アミノグリコシド系抗生物質)に感受性が認められた。

3月24日、腹部CT検査の結果、左横隔膜下膿瘍は2月19日および2月28日と比較すると相当縮小しており、膿瘍の治療機転が見られるものの残存していた。

4月1日、膿瘍腔からの排液の細菌培養の結果、MRSA陽性でミノマイシンに対して耐性が認められた。さらなるドレナージ効果及び洗浄効果を得るために左横隔膜下膿瘍へ内径8㎜のドレーンが一本追加で留置された。

4月9日、Aの全身状態は改善し、全身ではないが体を洗うことができるようになった。しかし、4月22日、ドレーンの排液が血液が混ざった膿汁となり、4月24日には、左横隔膜下膿瘍に挿入していたドレーンより経口摂取した牛乳の固まり、野菜の破片が認められ、再び4月25日からは絶食が指示された。

4月28日から、ドレーンから膿と血液が排出され、4月29日の午後10時20分大量の吐血が認められた。

4月30日、胃の全摘出を行うことにより残胃の腹腔内との交通を遮断する目的で緊急開腹術を施行したが、長期間の炎症による各臓器の癒着等のため、腹腔内各臓器の特定不能で出血源を止血し、腹腔ドレナージを行うためのドレーンを留置するこしかできなかった。開腹の途中、胃、十二指腸吻合部が正中の腹壁創に癒着しており、そこを剥離すると結合していないことが認められた。

5月1日以後は、腹腔内から大量の消化液の排出と出血が認められ、腹腔内洗浄療法、輸血などが行われたが、6月13日、Aは死亡した。

そこで、Aの遺族ら(妻および子ら)は、Aが死亡したのは、△病院医師らの手術手技上の過失及び術後の合併症の管理についての過失であるものと主張して、△に対して、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者遺族(妻子合計3名)の請求額:
7700万円
(内訳:逸失利益4300万円+慰謝料2000万円+遺族固有の慰謝料3名合計1000万円+墳墓・葬祭費350万円の合計額のうちの一部7000万円+弁護士費用700万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
3420万6900円(患者遺族3名合計)
(内訳:逸失利益2020万6900万円+慰謝料1000万円+葬祭費100万円+弁護士費用300万円)

(裁判所の判断)

1 縫合不全・腹腔内膿瘍への対策に関する過失
(1)経口摂取の継続について

この点について、裁判所は、Aは、手術直後から37度台後半の発熱が継続しており、息苦しさ、腹部痛をも訴え、この痛みは時に自制ができない痛みであり、鎮痛剤及び抗炎症剤の度重なる投与をせざるを得なかった程のものであったこと、経口摂取を開始した翌日の2月12日には炎症反応の指標である白血球数が9840個/㎣(正常値4000から9000個/㎣)、CRP値が25.8㎎/dl(正常値0.7㎎/dl以下)と異常高値を示していた上(CRP値は2月12日の値が経口摂取を開始してから4月24日の残胃穿孔までの間で最も高い数値を示した)、胸部X線検査により左胸水の存在が、腹部超音波検査により左横隔膜下に液体の貯留がそれぞれ認められ、T医師は横隔膜下膿瘍の疑いを持ったことが認められると判示しました。そして、2月12日に撮影した腹部X線写真では遊離ガス像様のものを読みとることが可能であると認められるとしました。

以上から、T医師は、2月12日には縫合不全の発生を疑い、それに対応した処置を行うべき注意義務があったということができるとし、したがって、T医師がAに対して経口摂取を2月12日以降も継続していたことはこの注意義務に違反した行為であり過失によるものと評価すべきであると判断しました。

(2)留置ドレーンの選択及びドレーンの留置時期について

この点について、裁判所は、T医師が、2月21日に左横隔膜下膿瘍部分に挿入したドレーンは内径3mmのものであったが、膿瘍の排出とイソジン生食による膿瘍腔の洗浄には一定の効果を発揮していたのであり、2月21日のドレナージをもって不適切であったとは言えないとしました。しかし、2月25日には正中手術創からは消化液の混入した排液が漏出したのであるから、消化液が腹腔内を汚染していることは十分に考えられ、また、2月23日ころから生じた発熱は2月28日になってもなお持続し、炎症の指標が2月27日には白血球2万6800個/㎣、2月28日には白血球数2万2500個/㎣、CRP値22㎎/dlと著明に増大し、2月28日の腹部CT検査結果からは左横隔膜下膿瘍がなお存在していることが明らかとなったと指摘しました。

これらの事実関係からするならば、T医師は、3月初めの時点でドレナージ効果を増大させるために内径8㎜のドレーンを追加留置する処置を行うべきであったと考えられるとしました。

この点、新たなドレナージ挿入にはリスクが伴うとする医師の意見もあるが、約10日間の化学療法及び3㎜のドレーンによる治療にもかかわらず膿瘍が縮小せずAの症状が改善しなかったことからすれば、Aの膿瘍が自然治癒することは期待できない状態にあったこと、及び腹腔内膿瘍の治療方法としては抗生物質による化学療法とドレナージしかないことを勘案すると、T医師は2月28日の時点においてドレーンを追加留置すべきであったと認めるのが相当であると判示しました。

したがって、T医師にはドレーンの追加留置が遅れた点について過失が認められると判断しました。

2 病院の術後管理の過失と患者の死亡との因果関係

この点について、裁判所は、まず、縫合不全の治療にとっては絶食と栄養補給のための高カロリー輸液が最も重要であり、縫合不全が存在するときに経口摂取を行うと食物や食物摂取によって分泌された消化液が腹腔内に漏出することにより、腹腔内膿瘍が悪化・拡大することが認められると判示しました。

そして、△病院がAに対する経口摂取を継続したことにより、縫合不全により発生した腹腔内膿瘍が縮小せず、留置ドレーンの選択及びドレーンの留置時期に関する過失によって膿瘍の縮小が遅延し、膿瘍の縮小が遅延したために長期間にわたるドレーンの留置及びイソジン生食による洗浄が行われ、それがために残胃穿孔が生じ、消化液が腹腔内に漏出し、多数回にわたる腹腔内出血を引き起こしてAを死亡に至らしめたのであり、△病院の術後管理上の過失とAの死亡との間には相当因果関係があると認められるとしました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2021年12月10日
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