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No.453「出産後に大量出血し、敗血症で死亡。医師の陣痛促進剤の投与上の過失が認められた地裁判決」

山口地方裁判所平成5年3月31日判決 判例タイムズ824号197頁

(争点)

陣痛促進剤投与に関する過失の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(初産婦)は、昭和62年9月3日午前3時ころ陣痛が始まり、だんだんと強くなってきたので、同日午前6時30ころ、以前から通院していた△医師の開業している産婦人科医院(以下「△医院」という。)に出産のため入院した。

このときのAの状態はビショップスコア9点(子宮口6cm、展退度80%、児頭位置マイナス2cm、頚部の硬さは軟らかく、子宮口位置中央)で子宮頚管は成熟しており、分娩が近い状態であった。

医師は、エラスタ針でAの血管を確保し、Aの陣痛を観察していたが、同日午前6時43分ころまでの間に2回程度しか陣痛がなかったので、Aに対し、5%ブドウ糖液500mlに2種類の陣痛促進剤(プロスタルモン1ミリグラムを2アンプルとシントシノン5単位1アンプル)を加えて1分間5滴の流量による点滴を行った。

ところが、Aのそれまでの陣痛が正常であって一時的に陣痛が弱くなったにすぎなかったため、陣痛促進剤であるプロスタルモン及びシントシノンの投与によって、過強陣痛が起こり、Aの子宮口は、同6時55分ころに全開大(直径約10㎝)となり、同7時08分ころ、女児(2870g、アプガ―スコア9点)を娩出するに至った。

この時、今まで産道が形成されたことのない初産婦であるAの産道を、約20分の間に一気に児頭が通過したため、膣動脈(内腸骨動脈からの分枝)の損傷が発生し、同時に後側ないし外側の膣円蓋付近の膣壁裂傷が発生した。

この膣動脈の損傷部位は、骨盤に近い場所であったが、児頭が通過して拡大した直後のため骨盤壁まで伸びていた膣壁には近い場所であった。しかし、その後、損傷部位からの出血によって形成された血腫が膣壁を前に押し出していったことから、膣動脈損傷部位と膣壁とが徐々に離れていく結果となった。また、膣壁裂傷は、子宮口後唇にさえぎられて、通常の膣鏡検索では最も見えにくい部位であった上、極めて小さいものであった。

Aは、同日午前7時11分ころ、胎盤を娩出し、分娩第三期(胎児娩出から胎盤娩出まで)の出血量は200mlであった。出産後のAの膣・会陰裂傷は2か所であり、△医師は、会陰正中皮膚縫合3針、後膣壁正中粘膜縫合3、4針、後膣壁膣入口部より6㎝上方で一針Z縫合を実施したが、出産時に発生した膣動脈損傷及び膣壁裂傷については認識できなかったため、その部位についての縫合はなされなかった。また、Aの子宮収縮は良好であったが、出血しないように、子宮底のマッサージ及び子宮底のアイスノン冷あん法を行い、メテルギン(子宮収縮剤)1アンプルの注射を行った。

その後、Aの膣口から同日午前9時15分に175ml、同9時25分には200ml、同9時35分には170mlの出血(総合計745ml)があり、その出血の色が新鮮血のものではなかったので、△医師は、弛緩出血を疑い、子宮を収縮させるために、子宮マッサージ及び子宮冷あん法等を実施し、点滴の中に子宮収縮剤のシントシノン、止血剤であるトランサミン、アドナ、ケーツー、CRC(濃厚赤血球)FFP(新鮮凍結血しょう)を入れる処置をした。さらに、子宮双手圧迫を施行し、子宮筋にプロスタルモンを注射するとともに子宮内用手検索を行って、子宮内に胎盤等がないことや子宮内破裂のないことを確認した。

ところが、Aの出血は止まらず、同10時10分には出血量累計が840mlに達し、最高血圧も89となり、このまま放置すればショック状態となる危険が生じたため、△医師は、濃厚赤血球の輸血を開始したところ、同10時32分には最高血圧が102に回復し、出血も累計895mlで止まった。

しかし、同日午前11時からまた出血が始まり、同日午後0時45分までに125ml(累計1160ml)出血した。同日午後6時45分ころAはまた約200ml出血し、さらに同6時55分ころ、310ml(累計1670ml)の出血があり、その後も出血が続き同日午後8時ころには、出血量が累計2820mlに達した。この間、△医師は出血子宮底マッサージや輸血の追加を行ったが、出血は止まらなかった。

そこで、△医師は、このまま出血が続いてショック状態になった場合の処置について、専門の麻酔科に来てもらうように国である△の設置する大学附属病院(以下「△大学病院」という。)のICUに応援を依頼した。

医師の依頼により、△大学病院麻酔科医のF医師は、同日午後8時30分ころ、△医院に赴いた。両医師は、輸血、ブドウ糖液、FOY(血液の中の血液凝固を防ぎ、DICの治療に使用する薬剤)、ミラクリットを投与した。また、F医師はAの中心静脈圧の測定を行ったところ、ほとんどゼロに近く、著しくAの体内血液が少なくなっていることが判明し、輸血または輸液を増量するように指示した。

その後も出血は続き輸血も継続された。午後10時30分ころ、F医師は△医師に対し、今後の処置について指示を出すとともに出血の増加あるいはショック状態に陥った場合には、△大学病院に連絡するように告げて帰宅した。

医師は新鮮血の輸血等をしながら、経過観察をしたが、なお出血が継続したため、翌4日午前2時45分ころ、Aを△病院に転送することとし、Aは救急車で△病院に搬送された。

Aは、△大学病院に搬送された後、集中治療室に収容され、同病院のM医師およびY医師の診察を受け、同医師らは、Aに輸血を実施した上、経過観察を続けた。

同月4日午前、M医師は、Aについて不全子宮破裂の疑いがある旨診断し、子宮摘出手術を実施した(以下、「第1回手術」という。)が、子宮には破裂創を確認することはできなかった。そこで、同医師は、さらに出血源を探索し、膣壁の血液浸潤部位等につきZ字縫合を行った。

第1回手術の後においても、Aには膣口からの出血が認められ、△大学病院のN医師は、同日夕方、Aに膣壁裂傷を発見し、その縫合手術を行った(以下、「第2回手術」という。)。

第2回手術の後においても、Aの状態が改善されなかったため、M医師は、翌5日、血管造影検査を行い、その結果、右内腸骨動脈の分岐からの出血を発見し、右部位につき縫合を実施し、後腹膜腔にTチューブドレーンを置いて手術を終了した(以下、「第3回手術」という。)。

Aは、引き続き△大学病院において治療を受けたが、その後、敗血症を発症し、同年11月8日、死亡した。

そこで、Aの両親である◇らは、△について、使用者責任に基づき、△医師について、不法行為に基づく損害賠償請求をした(Aの相続人である夫及び子は不参加)。

(損害賠償請求)

請求額:
1100万円
(内訳:明記されていないが慰謝料1000万円+弁護士費用100万円と推測される)

(裁判所の認容額)

認容額:
医師について550万円、△について0円
(内訳:慰謝料500万円+弁護士費用50万円)

(裁判所の判断) 

陣痛促進剤投与に関する過失の有無

この点について、裁判所は、まず、陣痛促進剤を投与した午前6時43分ころの時点でAには陣痛促進剤投与の適応はなかったと認定をしました。

その上で、証拠を総合すると、正常な陣痛経過をたどり、陣痛促進剤投与の適応がない初産婦に対して、陣痛促進剤を投与すれば、過強陣痛が起こり、今まで産道形成されたことのない初産婦の産道を、短時間に一気に児頭が通過することによって、子宮破裂や産道損傷(頸管裂傷、膣壁裂傷等)等が発生することが認められるので、△医師は、産婦人科医師として、Aに陣痛促進剤投与の適応があるかどうか慎重に判断して投与すべき注意義務があったのに、この注意義務に違反して、陣痛促進剤投与の適応がないAに対し、その適応があるものと誤信して陣痛促進剤を投与した過失があると認めるのが相当であるとしました。

医師は、陣痛緒促進剤の使用によって膣動脈損傷が発生することは通常予測できないから、△医師には過失がないと主張しました。裁判所は、これに対して、確かに、分娩の際に膣動脈損傷が発生すること自体が極めて稀であるとしても、陣痛促進剤投与の適応がないのに、誤ってこれを投与することによって、前記のような子宮破裂や産道損傷(膣壁裂傷等)等の発生を予見することができ、膣壁裂傷が生じることによって膣動脈の損傷が生じることがあることからすると、陣痛促進剤の投与にあたって膣動脈損傷の危険を予見できなかったとはいえないと判示しました。

裁判所は、また、仮に、陣痛促進剤の投与に当たって膣動脈自体の損傷を予見できなかったとしても、子宮破裂や産道損傷等の発生を予見できるのであるから、これらの損傷等の発生を避けるため、陣痛促進剤の投与を止めておけば、Aの膣動脈損傷の発生を回避できたものというべきであるから、少なくとも、△医師には、陣痛促進剤の適応がないAに対し、陣痛促進剤を投与しないことによって産道損傷等の結果発生を回避すべき注意義務があったのに、これを怠ってAに陣痛促進剤を投与したことによって、Aの膣動脈損傷の結果を発生させたとの過失があるものということができると判断しました。

なお、◇らは△大学病院医師らが初診時や手術時に出血原因の確認をしなかったことも過失である旨主張しました。

しかし、裁判所は昭和62年当時、分娩後の出血源検索のために血管造影検査をすることは一般的でなかったことや、当時分娩によって膣動脈損傷が発生することは極めて稀であると認識されていた上、Aの出血のスピードが極めて遅かったことから、膣動脈損傷が存在すると予測しなかったことはやむを得ない等として△大学病院医師らの過失は認めませんでした。

以上から裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年4月14日
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