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No.245「大学病院のメンタルヘルス科及び眼科で心因性の視力障害として治療を受けていた患者がクリプトコッカス髄膜炎により両眼を失明。大学病院の医師が神経内科に転医させるなどの適切な措置を怠ったため、患者は両眼の失明という重大な後遺症が残らなかったであろう相当程度の可能性を侵害されたことにより精神的苦痛を被ったとして、患者の請求を一部認容し、学校法人及び医師らに慰謝料の支払いを命じた地裁判決」

大阪地方裁判所平成19年11月21日判決 判例タイムズ1265号263頁

(争点)

  1. クリプトコッカス髄膜炎を精神疾患と誤診した過失の有無
  2. 過失と失明の因果関係及び損害

 

(事案)

X(昭和44年生まれの女性)は、平成16年1月、長女を出産した。Xは、1月22日、長女をY1学校法人の設置運営するY大学医学部Y病院(以下、Y病院という)小児科の診察を受けさせたところ、看護師からX自身も医師の診察を受けるよう勧められたため、同日昼ころ、Y病院総合診療科を受診し、平成15年12月27日ころから頭痛が始まり、立ちくらみやめまいといった症状もある旨を訴えた。

長女は、髄液検査の結果から髄膜炎と診断されるとともに、けいれん等の発症により全身状態が不良と診断され、同日午後5時10分ころ、Y病院NICUに入院となった。

Xは、同日午後8時ころ、Y病院小児科医師から長女が髄膜炎である旨の説明を受けた。

Xは、長女が髄膜炎である旨の説明を受けて以来、自分が誰なのか、母や姉が誰なのか分からなくなるほど精神的に不安定な状態になり、1月26日、Y病院メンタルヘルス科を受診し、Y2医師の診察を受けた。

Xの主訴は、頭痛であったが、Y2医師は、退行現象、解離性健忘、精神運動興奮と評価できるXの症状を問診や被告病院小児科医師及び看護師からの申し送りにより確認し、長女の髄膜炎罹患による心的外傷に起因する解離性障害、神経過敏と診断した。

以後、XはY病院メンタルヘルス科に通院し、解離性転換性障害を発症していることを前提に、精神疾患に対する治療を受けることとなった。

Y2医師は、7月20日の診察を最後に、メンタルヘルス科における担当医をY3医師に引き継ぎ、8月4日から10月14日までのXの診察はY3医師が主に担当した。

Xは、8月18日のY3医師の診察時から、視力障害を明確に訴えるようになったことから、9月8日、Y病院眼科のY4医師の診察を受けた。Y4医師は、Xの視力が極めて不良であることは確認したが、心因性の視力低下と判断した。

Xは、10月1日、O眼科のO医師の診察を受けた。O医師は、Xについて、神経炎などを疑い、H医科大学病院を紹介した。

Xは、10月21日、H医科大学病院のM医師の診察を受けた。M医師は、Xについて神経内科的疾患を疑い、T病院を紹介した。

Xは、10月22日、T病院神経内科を受診し、同月25日、同科に入院した。

その後、Xは、T病院において、クリプトコッカス髄膜炎に罹患していることが判明し、入院加療を受けたが、視力障害により両眼の失明に至った。

そこで、Xは、Y病院医師らが漫然と心因性の疾患に罹患しているものと誤診し、その後9ヶ月にわたりクリプトコッカス髄膜炎の検査及び治療などを実施しなかったため、早期治療の機会を逸し、結果的に両眼の失明に至ったとして、Y1学校法人、Y2医師、Y3医師、Y4医師に損害賠償を求めて訴えを提起した。

 

(損害賠償請求)

患者の請求額:計9085万2691円
(内訳:逸失利益4738万2579円+将来の介護費950万3997円+入院慰謝料及び後遺障害慰謝料2500万円+治療費及び入院雑費96万6115円+弁護士費用800万円)

 

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:670万円
(内訳:慰謝料600万円+弁護士費用70万円)

 

(裁判所の判断)

クリプトコッカス髄膜炎を精神疾患と誤診した過失の有無

裁判所は、まず、Xがクリプトコッカス髄膜炎に罹患したのは、遅くとも8月18日ころであることを認定しました。

その上で、2月上旬までの時点では、Xは解離性転換性障害の症状を呈していたと評価することができ、精神疾患を前提とした診療を再評価すべき所見は特に認められなかったと判示し、Y2医師に髄膜炎等の重篤な神経内科的疾患を疑うべき注意義務があったと認めることはできないと判断して、Y2医師の過失を認めませんでした。

Y3医師については、裁判所は、 転換性症状の診断に当たっては、隠された神経疾患又は他の一般身体疾患、及び物質誘発性の病因の除外が問題となり、転換性障害の診断は、病因となる神経疾患や一般身体疾患を除外するための十分な身体医学的検索を行った後に初めてすべきとされていること、また、一般身体疾患の可能性を適切に評価するためには、現在の症状、全体的な病歴、神経学的及び身体的診察などの注意深い見直しと適切な臨床検査が必要であり、見かけ上は転換性障害と思われる多くの症例で、何年も経ってから一般身体疾患が原因であると判明することもあるので、診断は定期的に再評価されなければならないとされていること、特に、基盤にある身体疾患が特異的な症状を示さず、あいまいな神経学的な症状をみせる場合、転換性症状との鑑別は大変難しいことなどの医学的知見を指摘しました。

その上で、裁判所は、既に解離性転換性障害と診断されている患者を診察するにあたっても、神経内科的疾患も含めた他の一般身体疾患との鑑別には、十分に注意をはらうべきであるとした上で、Xは、7月25日に頭痛、発熱及び数分程度の意識喪失を来し、救急車でY病院外来に搬送され、8月4日の診察時には、立ちくらみ、肩こり、頭痛、手足のしびれ等の症状が全く改善しない旨を訴え、さらに、同日夕方ころには著明な発汗を呈し、呼びかけに応じない状態となってY病院呼吸器内科外来に救急搬送され、同月18日の診察時には、カレンダーが見えにくいなど、視力障害を訴えるに至り、同月25日及び9月1日の診察時には、眼がぼやけて見えないなど視力障害が継続するとの説明があり、同月5日には発汗と発熱を認め、コミュニケーションがとれない状態になってY病院救急外来に搬送されたのであって、こうした症状経過からすると、Xは、臨床症状が増悪傾向を示しているほか、視力障害という、新たな症状を呈するに至ったといえるのであるから、Y3医師としては、眼科疾患のみならず、背景に神経内科的疾患が存在する可能性を疑うことができたというべきであると判示しました。

そして、Y3医師につき、遅くとも9月8日の診察の時点で、視力障害という新たな異常所見に対し、解離性転換性障害との診断にとらわれることなく、背景に神経内科的疾患が存在する可能性も疑って、原因の探索のため更なる精査を考慮するのが相当であったというべきであり、同日の診察において、Xに対し、解離性転換性障害との診断を再評価するとともに、視力障害の原因を鑑別すべく、神経内科に転医させて同科の専門医の診察を受けさせるなど、適切な措置をとるべき注意義務を負っていたと判断しました。

また、Y4医師についても、視神経乳頭に充血や浮腫がなく、急激な視力低下を来した場合には、心因性の視力低下が疑われるが、心因性の視力障害や詐病が疑わしくても、確証が持てない場合には、鑑別の必要な器質的疾患に対する種々の検査を行って、一つ一つ鑑別診断をしなければならないとされているのであり、心因性の視力障害との診断は、鑑別診断を経た上で、慎重になされるべきものと判示しました。

とりわけ、Xは、8月18日ころから視力障害が明確に現れ、その後、発熱等の全身状態の悪化も伴って急激に視力障害が進行し、9月8日の診察時点では、視力が極めて不良な状態にまで至っていたのであるから、Y4医師としては、その視力障害を始めとする臨床症状の重篤さにかんがみ、心因性の視力障害以外の可能性にも十分に配慮することが求められていたというべきであると判示しました。その上で、裁判所は、Y4医師は、9月8日の診察時において、Xに神経内科的疾患が背景に存在することを疑い、視力障害の原因を更に精査すべく、Xを神経内科に転医させ、同科の専門医の診察を受けさせるなど、適切な措置を執るべき注意義務を負っていたと判断しました。

裁判所は以上のとおり、Y3医師及びY4医師につき、9月8日(Y3医師については遅くとも9月8日)の診察時において、Xの視力障害を始めとする臨床症状の重篤さにかんがみ、神経内科的疾患が存在する可能性を疑って、更なる精査を検討すべきであったのに、安易に心因性の視力障害であると考えて精査を指示しなかった点に過失を認めることができると判断しました。

過失と失明の因果関係及び損害

裁判所は、まず、Xのクリプトコッカス髄膜炎は、治療自体が容易ではない疾患であったと認定し、仮にY3医師またはY4医師が、9月8日の時点で、神経内科的疾患を疑って、神経内科の専門医に転院するなど適切な措置を執り、Xが迅速に神経内科医による診療を受けることができたとしても、Xが視神経の障害の結果、視神経萎縮により視力を喪失しない段階で、クリプトコッカス髄膜炎に対する治療が奏功したか否かは疑問があると言わざるを得ないと判示しました。

そこで、裁判所は、Y3医師またはY4医師が、本件注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば、Xの両眼の失明という結果を回避することができたであろうことを是認し得る高度の蓋然性があったと認めることができず、Y3医師及びY4医師の過失とXの失明という結果との間に因果関係を認めることはできないと判断しました。

しかし、裁判所は、視力は日常生活を営む上で極めて重要な感覚機能であって、両眼の失明という後遺症は、日常生活全般にわたり極めて大きな支障を生じさせることとなるのであるから、患者が視力を維持することは重大な利益というべきであると判示しました。

その上で、裁判所は、Y3医師及びY4医師の上記各過失と失明という重大な後遺症が残ったこととの間に因果関係を認めることはできないから、Xにおいて両眼の失明に至ったことにより生じた損害の賠償を求めることはできないが、Xは、両医師の各過失により、両眼の失明という重大な後遺症が残らなかったであろう相当程度の可能性を侵害されたことにより、精神的苦痛を被ったものと認められるので、その賠償を求めることができると判断しました。

そして、9月8日の時点において、Xに対し、神経内科の専門医による診療を実施すべく適切な措置が執られていれば、Xの失明という重大な後遺症が残らなかったであろう可能性の程度、Y3医師及びY4医師の過失の内容・程度、Xの年齢、家族関係など、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、Y3医師及びY4医師の上記各過失によりXが被った精神的苦痛に対する慰謝料は600万円が相当であると認定しました。

以上から、裁判所は、上記「裁判所の認容額」の範囲でXの請求を認容し、判決はその後、確定しました。

カテゴリ: 2013年8月 9日
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