名古屋高等裁判所平成29年2月2日判決 ウェストロー・ジャパン
(争点)
治療が実際に開始される1か月半前の時点で適切な治療が開始されていれば、実際に死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったか否か
*以下、控訴人(原告)を◇1~◇4、被控訴人(被告)を△と表記する。
(事案)
A(昭和8年生まれの女性・夫が代表を務める有限会社の取締役)には、ラクナ梗塞、リウマチ、糖尿病の既往歴があり、これらについて法人である△の開設する病院(以下「△病院」という。)に通院歴があった。また、平成6年頃、T医院において肝機能異常(C型慢性肝炎)を指摘されたことがあり、平成8年4月18日の△病院においても、C型慢性肝炎が指摘された。
Aは、平成19年6月11日、同月8日より発熱、咳、痰の症状があり、これらの症状が軽快しないとして、△病院を受診した。
Aを診察したC医師が血液検査を実施したところ、CRP値及び白血球数がいずれも高値となっていたことから、感染症、特に肺炎を疑い、胸部X線検査と胸部単純CT検査を行ったが、この時点で、黄疸等や血液検査での肝機能の数値の異常など、肝臓に異常があることを疑う所見は見当たらなかったことから、腹部CT検査を指示せず、また、胸部CT単純画像に一部しか写ってない肝臓については読影をしなかった。
なお、診察室ではデジタル画像をモニターで見ることはできず、シャウカステンを用いてレントゲンフィルムを読影したが、1枚ごとの画像は小さく、コントラスト等を調節しながら読影できるものではなかった。
同日のCT画像については、放射線科専門医であるD医師が読影し、同月12日付けのCT検査報告書において、肺野条件、縦隔条件につき読影結果を記載しているが、腹部については読影されておらず、肝臓の異常等を指摘する記載はない。
Aは、その後、同年6月中に4回、同年7月中に2回、同年8月及び9月中に各1回、△病院を受診し、その都度、血液検査ないし血液ガス検査が行われた。
Aは、同年10月15日、△病院を受診し、C医師は、Aの肺炎の経過観察として、再度胸部単純CT検査を実施し、撮影されたCT画像を、同年6月11日のCT画像と比較した。
このとき、Aには以前から引き続いて咳、痰等の症状があったことから、C医師は呼吸器系の感染症、特に肺炎を疑っており、胸部単純CT画像においても肺を中心に読影した。また、同日の時点でも、黄疸等や血液検査での肝機能の数値の異常など、肝臓に異常があることを疑う所見はなかったため、腹部CT検査は指示しておらず、胸部単純CT検査においても、横隔膜よりもさらに下で一部しか写ってない肝臓については読影しなかった。
なお、この際にも診察室でシャウスカステンを用いてレントゲンフィルムを読影した。
同日も放射線科専門医であるD医師による読影がなされ、同医師が作成したCT検査報告書には、同日実施された胸部単純CT画像と同年6月11日に実施された胸部単純CT画像を比較し、肺野条件として「前回、両側肺野に多発していた斑状影や浸潤影は、大半が消退しています。今回は右S5とS7、S10も濃度上昇が認められます。」と、縦隔条件として、「胸水なし。少量の心嚢水を認めます。有意な腫大リンパ節なし。甲状腺の濃度がやや低下しています。」との記載があるが、腹部については読影されておらず、肝臓の異常等を指摘する記載はない。
Aは、同年12月4日、同月2日、夜間より38度台の高熱と関節痛があるとして△病院を受診し、血液検査及びインフルエンザ検査を行ったが、感染症が否定され、経過観察となった。
Aは同月6日、上記症状が軽快せず、首から肩、腰、膝痛があるとしてM整形外科の紹介を受けて再度△病院を受診した。左膝関節炎が疑われ、穿刺を施行したところ、上記症状は軽快した。しかし、腹部の単純CT検査より、S4の部位2.5cm大の腫瘤が認められ、腫瘍マーカー検査(CEA、AFP、CA19-9)の値が3248と高値であったことから、腫瘍・感染等の精査と加療のため入院となった。
同月13日、Aに対し、腹部エコー検査、腹部単純CT検査及び腹部造影CT検査を実施したところ、S4の部位に30mm大の占拠性病変が認められた。辺縁部を中心に緩やかに造影されているため、転移性腫瘍が第一に疑われるとして、肝生検が実施された。
同月18日、上記肝生検の結果により、浸潤性の腺癌と判断されたため、全身の癌の検索のため、K病院におけるPET検査が予定され、Aは、同月22日に△病院を退院した。
同月28日、K病院にてPET検査を実施したところ、他に明らかな異常集積が認められず、原発性の肝臓の癌の可能性が高いと診断され、手術治療のためBがんセンターを紹介された。
Aは、平成20年1月17日、Bがんセンターに入院し、同月29日、胆管細胞癌であるとの診断を受けて、肝部分切除及び胆摘術が施行された。Aは、同年2月8日にBセンターを退院した。
同年2月14日以降は、△病院にてAの経過観察がなされた。
同年5月20日に再発・転移が疑われたため、同年6月6日にBセンターを再受診し、肝腫瘍生検を行ったところ、胆管細胞癌の再発・肝転移と診断されて、その後、同センターないし△病院にて化学療法が実施された。
同年10月20日に実施された腹部CT検査の結果、再発した胆管癌は増大傾向にあるとして、△病院への入院となり、癌の進行により腫大したリンパ節で胆汁の流れが阻害され黄疸が出現しているとして、同月21日以降、内視鏡的逆行性胆管膵管造影や経皮経肝胆管ドレナージが実施された。
同月23日、Aの予後は、早ければ1~2週間、持っても1~2か月程度と診断されて、Aの家族に対して、その旨の説明がなされるとともに、同月27日からは緩和ケアが実施された。
Aは、同年11月17日未明、コーヒー残渣物状の嘔吐を繰り返し、午前5時49分に死亡した。
そこで、Aの相続人ら(Aの夫および子ら)である(◇1~◇4)は、△には、Aについて、定期的な肝臓検査を行い、また、肝臓の病変をより早期に発見し、適切な精査等を行うべき診療契約上の注意義務があったのに、これを行わなかったことにより胆管細胞癌の発見が遅れ、そのために同人が死亡したとして、△に対し、不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求を求めた。
原判決(岐阜地方裁判所平成27年4月15日判決)は、◇らの請求を一部認容し、その余の請求を棄却したため、◇らはこれを不服として控訴をして請求を減縮し、△が附帯控訴した。
(損害賠償請求)
- 原審請求額:
- 遺族4名合計5741万6982円
(内訳:逸失利益1441万6985円+患者の慰謝料3000万円+遺族固有の慰謝料4名合計950万円+葬儀費用100万円+弁護士費用4名合計250万円)
- 控訴審請求額:
- 遺族4名合計5423万8645円
(内訳:不明)
(裁判所の認容額)
- 原審認容額:
- 219万9998円
(内訳:慰謝料200万円+弁護士費用19万9998円
- 控訴審認容額:
- 497万円
(内訳:慰謝料450万円+弁護士費用47万円)
(控訴審裁判所の判断)
治療が実際に開始される1か月半前の時点で適切な治療が開始されていれば、実際に死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったか否か
この点について、裁判所は、病状が進行した後に治療を開始するよりも、疾病に対する治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であるから、Aに対する治療が実際に開始される約1か月半前の時点で、その時点における病状及び当時の医療水準に応じた適切な治療が開始されていれば、特段の事情がない限り、Aが実際に受けた治療よりも良好な治療効果が得られたものと認めるのが合理的であると判示しました。
そして、肝内胆管癌再発例については、近年、再切除の報告も増加しており、再発例の生存期間中央値が、積極的に治療を行わない場合や、化学療法の場合が9.2か月に対し、再切除施行例では25.8か月であったとの報告や、再切除例がその他の治療例に対して良好な成績を示したとの報告、転移巣が多発の事例についても、再切除により、長期生存が得られている症例の報告もあることからすると、これらの報告にかかる症例が、再発までの期間が本件より長いものであることを考慮しても、本件再発・転移巣について、再切除によって身体の状態が改善する可能性がなかったとまではいえないというべきであると指摘しました。
控訴審裁判所は、したがって、本件再発・転移巣が平成19年10月15日時点で存在していたことを踏まえても、本件原発巣が平成19年10月15日の時点で発見されていれば、本件再発・転移巣について、現実に選択された化学療法のほかに、再切除等の治療を選択する余地があり(特に、△病院において、Aの肝臓にかかる過去のCT画像の分析を行い、本件原発巣の腫瘍倍増時間を計算し、その進行速度を踏まえた術後のフォローを行うことなどしていた場合には、本件再発・転移巣の発見がより早まった可能性があることも否定できず、これにより再切除の可能性が高まった相当程度の可能性がある。)、これを受けることにより良好な結果となった可能性は否定できないから、実際に死亡した平成20年11月17日時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったということができると判断しました。
以上から、控訴審裁判所は、上記(控訴審認容額)の範囲で◇らの請求を認めました。その後、上告及び上告受理申立がなされましたが、上告は棄却され、受理申立事件は上告審として受理されませんでした(平成29年7月19日最高裁第二小法廷決定)。














