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No.548「肝腫瘍手術後に患者が低酸素脳症になり、その後、手術前より罹患していた胎芽肉腫の再発により死亡。術後の経過観察義務を怠った医師らの過失を認め、過失と低酸素脳症との間に因果関係があるとして病院側に支払を命じた地裁判決」

千葉地方裁判所平成22年3月26日判決 医療判例解説(2011年4月号)31号74頁

(争点)

医師らに患者の手術終了後、経過観察を怠った過失があったか否か

*以下、原告を◇ないし◇、被告を△と表記する。

(事案)

O(昭和57年生まれの女性。平成16年4月23日当時、大学薬学部4年生で、成績は薬剤師試験合格を十分に伺わせるものであり、従業員数2000人以上のR株式会社より平成17年4月1日から採用する旨の内定通知を受けていた。)は、平成16年3月25日、腹部に違和感を覚え、Wクリニックにおいて精密検査を受けたところ、独立行政法人である△の開設する病院(以下「△病院」という。)への転院を勧められた。Oには気管支喘息の併発症があった。

Oは、平成16年4月5日、△との間で、必要、適切な最善の医療を提供することを目的とする診療契約を締結した。△病院内科L医師は同日、Oを診察し、肝腫瘍であり、入院治療が必要であると診断した。

Oは、平成16年4月14日、△病院に入院し、受持医師はA医師とされ、肝切除手術が同月23日に予定された。

△病院第二手術室(以下「本件手術室」という。)において、A医師の執刀によりOの肝切除手術が行われた(以下「本件手術」という。)。本件手術に際しては、麻酔担当のD医師から全身麻酔(硬膜外麻酔併用)を受けた。

本件手術は、本件手術室において、平成16年4月23日午前9時から午後2時まで行われ、術者はA医師とB医師、助手がC医師、麻酔医はD医師、執刀医を補助する直接看護師E看護師、記録と患者の全身状態の確認の担当は間接看護師F看護師であり、本件手術におけるOの出血量は802g、尿量は430mℓであり、切除した肝の重量は340gであった。

△病院には回復室がないため、術後は病室に戻った上でモニター機器を装着することが予定されていた。

本件手術終了後の経過(いずれも平成16年4月23日の出来事である。)

D医師は、午後1時30分ごろ、筋弛緩薬ミオブロック1mgを投与し、午後2時ころ、筋弛緩モニターで4連反応を確認後、ミオブロックの拮抗薬であるワゴスチグミン2mgと硫酸アトロピン1mgの混合液を半分ずつ、1分間隔で投与した。

A医師は、午後2時に終刀し、D医師は、このころ、笑気、セボフルレンの投与を中止し、毎分6ℓの酸素の投与を開始した。

G看護師は、午後2時過ぎ、E看護師から依頼され、本件手術室内で、同看護師と共に、手術に使用した器具の確認作業を開始した。D医師は、F看護師と共に、Oの覚醒状態、全身状態の確認を行っていたが、脈拍が70拍/分前後に安定したことから、午後2時10分ころ、Oから人工呼吸器に接続されていた気管内チューブを抜管した。

D医師は、抜管後、F看護師と共に、Oの胸郭の動きを見たり、開眼をするかを確認していたが、Oは、うつろうつろしている状態であったが、格別、異常はなかった。午後2時15分ころ、麻酔終了と判断したが、F看護師は、Oに声掛けを行ったところ、開眼をしなかったことから、D医師が再度、Oの名前を呼んだところ開眼した。同時点におけるOの状態は、体温36.2度、心拍数72、呼吸数18/分、血圧120/69mmHg、SpO2は100%であった。その後、D医師、A医師、このころから手伝いに入ったH看護師らが、生体情報モニターを外し、Oを手術台からストレッチャーに移動させた上、F看護師がT字帯、腹帯を着用させ、G看護師が浴衣を着せた。Oにはストレッチャーに備えつけられている酸素ボンベに接続したベンチュリーマスク(以下「マスク」という。)から40%酸素8ℓ/分投与が開始された。その後、D医師は、Oの頭部付近の麻酔器の付近で麻酔記録の整理をし、F看護師は看護記録の整理、E看護師とG看護師は、手術器具の確認、H看護師は本件手術室のゴミ等の片付けをしていた。

E看護師、G看護師が手術器具の確認が終了した午後2時20分ごろ、記録室内でOを病棟看護師に引き継ぐため、Oをストレッチャーに乗せたまま、H看護師がOの足側を、G看護師がOの頭側を担当して、移動を開始した。G看護師が、本件病室を出るまでは先頭に立ち、病室を出た廊下からはH看護師が先頭になって、本件手術室から約14mの距離にある記録室前に向かった。 D医師は、G看護師の後方数mから歩いて続いた。

手術室看護室長であるI看護師は記録室に来ていたA医師からOがもう少しで出てくると知らされ、記録室内でOの到着を待っていたが、ストレッチャーを引く音が聞こえたため廊下に出た。I看護師は、Oの状態を観察するとOの顔色が白く見えたことから、H看護師に「顔色が悪い」と指摘した。H看護師がOに声かけをしたが反応はなかった。当時のOの状態は顔面蒼白であり、口唇チアノーゼであった。D医師もOが呼吸をしていないことに気づき、Oの頬を2回ほど叩き、頸部の脈拍を確認したが、反応がなく、脈が触れなかったため、前胸部を叩き、下顎を挙上した上で、人工呼吸の準備(アンビューバック)を指示した。D医師は本件手術室ではなく、第6手術室に入ることを考えたが、麻酔器の準備ができていなかったため、本件手術室に戻ることとした。ストレッチャーが本件手術室を出てから戻るまでの時間は約1分であった。

D医師は、ストレッチャーを本件手術室に戻し、午後2時21分ころ、人工呼吸を、A医師が心臓マッサージを開始した。このころ、Oにモニターが装着された結果、PEA(無脈性電気活動。脈は触知できないが、モニター画面上で認められるあらゆる電気活動を意味する)であることが判明した。

A医師は、午後2時22分ころ、Oにエフェドリン8mgを投与した。午後2時24分の血圧データは、動脈血二酸化炭素分圧57.2mmHg、動脈血酸素分圧86.5mmHg、動脈血酸素飽和度93.8%、BE-8.0であった。午後2時25分に、J医師がアトロピン1アンプルを投与した。午後2時27分にボスミン1アンプルが投与されたところ、Oの血圧が上昇した。午後2時29分に気管内挿管され、午後2時31分には自発呼吸が確認された。Oは、午後3時ごろ、経過を観察するため、ICUに転室したが、低酸素脳症(無酸素性脳損傷)の状態が継続した。

本件手術後、平成16年6月22日付でOについての病理組織検査が行われ、「肝細胞腺腫内紡錘形細胞肉腫(疑)」という病理組織学診断がなされた。

Oは、平成17年12月5日、発語、自力での歩行、摂食、排便が不可能であり、同時点以降、著明な回復が見込めない可能性が大きいと診断された。

Oは重度の低酸素脳症のため、発語、自力での歩行、摂食、排便は全て不可能な状態となった。その後、Oには、平成20年4月22日、超音波検査で肝左葉に10cm× 6cmの腫瘍が認められ、同年6月3日、肝左葉切除術(以下「第2手術」という。)を行った。

この第2手術の病理組織学的検査の結果、Oが未分化胎芽性肉腫に罹患していることが判明し、平成21年7月26日に肝未分化胎芽性肉腫の再発により死亡した。

そこで、◇ら(両親および妹)は、(1)Oが手術後に△病院及び看護師の術後観察義務の不履行により、Oに発生した心肺停止が見過ごされ、また(2)心肺停止発見後の蘇生措置が遅れたことによって重度の低酸素脳症に罹患した、さらに、その後、(3)△病院医師により肝腫瘍再発が見逃されたため死亡に至ったと主張して、△に対し、不法行為及び債務不履行に基づき損害賠償請求をした。

なお、Oも原告として訴訟提起していたが、その後死亡したため、両親である◇および◇がOを承継した。

(損害賠償請求)

請求額:
2億1100万円
(内訳:逸失利益9924万0148円+患者の慰謝料5400万円+家族固有の慰謝料3900万円+家族の付添看護費5895万3800円+駐車料金589万5380円+タクシー代1318万6533円+入院雑費1105万3837円+弁護士費用2503万2968円の合計の一部請求)

(裁判所の認容額)

認容額:
7510万9184円
(内訳:逸失利益1577万0097円+患者慰謝料2800万円+家族固有の慰謝料500万円+付添看護費1509万8320円+駐車料金150万9832円+入院雑費283万0935円+弁護士費用690万円)

(裁判所の判断)

医師らに患者の手術終了後、経過観察を怠った過失があったか否か

この点について、裁判所は、Oは、麻酔終了時には、覚醒しており、バイタルも安定していたと認められるとしました。しかしながら、手術が終了し、覚醒する過程は、中枢神経・自律神経機能、呼吸・循環機能、筋弛緩状態などの患者の生理機能のダイナミックに変化するために、(1)呼吸抑制や低換気による低酸素血症や高二酸化炭素症、呼吸性アシドーシスによる不整脈、ショック、心停止の危険性、(2)分泌物、舌根沈下、咽頭痙攣による気道閉塞の危険性、(3)喘息の既往のある患者は、気管支痙攣を誘発する等の危険性、また、麻酔に使用した薬剤は、ショック、重篤の不整脈(心停止、完全房室ブロック、高度徐脈、心室性期外収縮、心室頻拍、心室細動)といった副作用の危険性が予想され、これを防止することと早期発見が重要であると認められるとしました。この防止及び早期発見のためには、回復室を備えていると否とに関わらず、抜管後少なくとも15分程度は、意識、呼吸、血圧、脈拍などを、麻酔医、主治医、看護師が連携して、パルスオキシメーター、血圧モニター、心電図モニター等を使用して、注意深く観察する必要があるというべきであると判示しました。

裁判所は、しかるに、午後2時15分に生体情報モニターが外されたのち、看護師らは、看護記録の整理、手術器具の確認、本件手術室のゴミ等片付けをして、Oの意識、呼吸、血圧、脈拍などに注意を払っていたとは認められず、D医師は記録を整理しながら、Oに目をやっていたとは推認されるが、Oの意識、呼吸、血圧、脈拍などに十分な注意を尽くしていたとは認めることができないと指摘して、△病院医師らの過失を認定しました。

そして、Oがストレッチャーに移された後、本件手術室を退出するまでの時点までに、心停止が発症し、心臓マッサージが開始されるまで、1~6分の時間が経過したことによりOに低酸素脳症が発症したと認めるのが相当であると判示し、本件手術後の経過観察における△病院医師らの過失とOの低酸素脳症との間に因果関係を認めるのが相当であると判示しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2026年4月10日
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