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No.194「大学病院で黄斑上膜手術を受けた患者に、術後、視力低下、頭痛などの症状が発生。術中の医師の過失を認め、大学病院側に賠償を命じた地裁判決」

東京地方裁判所 平成18年7月28日判決 判例タイムズ1253号222頁

(争点)

  1. 医師に過失はあったか
  2. 転院の際の個室料負担額は損害に含まれるか
  3. 鍼灸、カイロプラクティック及び指圧費用は損害に含まれるか

(事案)

X(手術当時60代の男性、年商約530億円の会社の社長)は、平成4年ころから左眼の視界のゆがみを感じるようになった。このゆがみが原因で疲れやすくなったため、平成14年8月31日、A眼科医院の紹介により、Y学校法人が設置運営するY大学付属病院(以下、Y病院)を受診し、B医師(眼科部長)及びC医師の診察を受けた。B医師は、左眼の黄斑部網膜上膜形成症について網膜の上に形成された膜を取る手術を行い、これにより視機能回復を図ること、ただし、この手術をすると白内障が術後進行しやすいので白内障の手術もした方が良い旨の診断をした。

Xは、同年10月31日、Y病院に入院し、同年11月1日、B医師の執刀のもと、左眼の黄斑部網膜上膜形成症に対する黄斑上膜手術(硝子体切除術・膜処理を含む)並びに白内障に対する超音波水晶体乳化吸引術(PEA)及び人工レンズ挿入術(以下、本件手術)が実施された。

しかし、翌2日、Xが眼帯を取ると、左眼はかすんでほとんど見えず、視界は常に薄暗い状態になった。また、Xの虹彩は手術前は茶色であったのが、手術後には灰色に変色していた。B医師は、Xに対し、角膜が濁っており、濁りがある間は眼が見えない、角膜の内皮が痛んでしまっていて、ポンプ作用がうまくいかず角膜に水がたまっている、その症状は機械的な刺激で起こることもあるが、原因は分からない旨を説明した。

Xは、同月13日、Y病院を退院したが、Xの左眼の視力は術前の1.2から術後は0.04程度に低下し、角膜には浮腫も見られた。Xは、平成15年3月4日、B医師の紹介により、D病院で左眼の角膜移植手術(再手術)を受けたが、視力の回復は思わしくなかった。

その後、XはB医師より再々手術が必要との診断を受け、同年6月12日、Y病院に再び入院し、同月13日、B医師の執刀により、左眼の硝子体切除術を受けた。これにより、左眼の状況は、光は明るく感じるようになったものの、見えづらさには変化がないまま、Xは同月20日に退院した。

Xは、平成16年1月13日、Y病院を受診したところ、B医師は、左眼の視力の回復は望めない、左眼の黄斑部に見えない点がかかっているので見えない、視界のゆがみは更なる手術でとれるかもしれないが、この見えない部分が問題である旨を説明した。

そして、B医師は、Xの症状の原因としては、本件手術における薬の間違い、膜外しの失敗及び強烈な光を眼に当てすぎたことが考えられるが、消去法で考えると、薬の間違いだと思う旨を説明した。

Xは、同年4月12日、E病院を受診したところ、左目は黄斑部機能障害であり、視力0.09でそれ以上の矯正は不能である、と診断された。Xは、その後も頭痛に悩まされたため、鍼灸、カイロプラクティック及び指圧による治療を受けた。

その後、Xは、Y病院を設置運営するY学校法人に対し、損害賠償を求めて訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:計9018万5199円
(内訳:治療費自己負担分1571万3583円+入院雑費4万5000円+通院交通費56万4824円+後遺障害による逸失利益4886万1792円+慰謝料2000万円+弁護士費用500万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計1970万3853円
(内訳:治療費235万3033円+入院雑費3万6000円+入通院交通費2万2620円+後遺障害による逸失利益779万2200円+慰謝料800万円+弁護士費用150万円)

(裁判所の判断)

医師に過失はあったか

この点につき裁判所は、本件手術の翌日には、Xの左眼はかすんでほとんど見えず、視界は常に薄暗い状態になり、また、手術前には茶色であった虹彩が、手術後には灰色に変色したこと、また、術前は1.2であった左眼の視力が、術後は0.04程度に低下し、角膜に浮腫が生じたことを認めました。

そして、このように、術後すぐに、手術を受けた左眼に大きな異常が生じていることは、術前に合併症として予想されていた症状が術後に発生したなどの特段の事情がない限り、手術の際に、何らかの不手際があったことを推認させるものであり、本件の場合、そのような特段の事情は認められないと判断しました。

また、本件手術の執刀に当たったB医師自身も、D病院に宛てた紹介状・診療情報提供書の中で、Xの症状の原因としては、術中の機械的刺激や薬剤の迷入などが考えられると記載し、また、Xに対しても、原因としては、本件手術における薬の間違い、膜外しの失敗及び強烈な光を眼に当てすぎたことが考えられるが、消去法で考えると、薬の間違いだと思う旨を説明しており、術中の何らかの過失を認めていると指摘しました。

さらに、Y学校法人も、本件訴訟の中で、過失の存否について積極的に争わないばかりか、眼内に局所麻酔薬などを誤って混入させた可能性があると認めており、このようなY学校法人の態度も考え合わせると、本件においては、過失の態様を特定するのは困難であるものの、Y学校法人の担当医師であるB医師には前述の3点のいずれかの過失があると考えられる、と判示し、過失の態様を具体的に特定せずに、過失の存在を認めました。

転院の際の個室料負担額は損害に含まれるか

この点についてY学校法人は、室料負担額は、個室管理の必要性が明らかではなく損害と認められないと主張したが、裁判所は、D病院では、海外からの角膜輸入に要する費用を室料に含めて請求していること、角膜移植に際しては、国内の角膜を移植する場合と、海外からの輸入の角膜を使用する場合があるところ、国内における角膜の調達が困難であることから、これを用いようとすると4年以上の順番待ちを強いられるのに対し、輸入角膜を使用すると、早期にかつ予定した時期に手術を行うことができ、この事情の下に、D病院では国内の角膜を使用するか、輸入角膜を使用するかを患者の選択に委ねていることが認められ、また、このような事情に加え、大学病院であるY病院においてこれを行わなかったことからも明らかなように、我が国では角膜移植を行う医療機関が限定されていること、Xのように突然に視力が大幅に低下し、その回復には角膜移植が必要とされた患者としては、1日も早く移植術を受けることを希望することは無理からぬことであり、その希望を実現するには、輸入角膜の使用を選択し、これに伴って高額の室料負担という病院側の示す条件を受け入れざるを得なくなるのが通常の事態であると評価できる、と判示しました。

なお、Y病院は、このように評価することについて医療保険制度上の問題点を指摘するが、損害賠償義務の範囲を定めるに当たっては、そのような公的制度の内容にかかわらず、それが被害者にとって通常の出費である以上、そのような出費をすることが公序良俗に反する事情が認められない限り、これを損害の範囲と認めるべきであり、本件において上記室料の負担が公序良俗に反するような事情は見当たらない、と判示しました。

鍼灸、カイロプラクティック及び指圧費用は損害に含まれるか

この点について裁判所は、Xの頭痛の症状がY病院担当医師Bの過失による視力低下を原因として生じており、鍼灸、カイロプラクティック及び指圧がその症状に有効であるとした上で、Xは、頭痛により、何も考えられないような状態になると供述しており、このような状態は、Xの生活の質を著しく害し、また、その業務にも支障を生じさせるものといえ、このような症状の緩和は必要なものと認められるのであるから、Xの症状に有効な鍼灸、カイロプラクティック及び指圧に係る費用は、Y病院担当医師Bの過失と因果関係のある損害であるというべきである、と判示しました。

もっとも、現在においては、Xの頭痛の緩和のために鍼灸、カイロプラクティック及び指圧が有効であるが、これらの施術が、将来にわたっても有効であるのかについては、証拠上明らかではなく、かえって、医師の鑑定書は、Xの頭痛に対するこれらの施術の有効性を認めつつも、長期的な効果については疑問な点が多いとしており、将来にわたる有効性については否定的に考えざるを得ない、と判示し、将来の鍼灸、カイロプラクティック及び指圧費用については、Y学校法人の過失と因果関係ある損害とは認めませんでした。

以上から、裁判所は、上記裁判所の認容額記載の範囲で、患者の主張を認め、病院側に損害の賠償を命じました。判決はその後、確定しました。

カテゴリ: 2011年7月 8日
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