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No.261「新免疫療法単独での治療効果について医師の説明義務違反を認めたが、説明義務違反と患者死亡との因果関係は否定し、慰謝料の支払いを病院側に命じた地裁判決」

東京地方裁判所 平成24年7月26日判決 判例タイムズ1395号246頁

(争点)

  1. 新免疫療法についてのY医師の説明義務違反の有無
  2. Y医師の説明義務違反と死亡との因果関係

 

(事案)

1.患者A(昭和21年生まれの男性)は、平成15年3月12日、S病院において初期の食道癌であり、内視鏡による粘膜切除術によって外科的治療が可能であると告げられ、同月13日、W大学附属病院(以下W医大)を受診し、同月17日には、T大学附属病院を受診し、内視鏡、CTなどの検査を受けた。これらの検査を踏まえ、T大学附属病院の医師は、Aに対し、食道癌の占拠部位、深達度、リンパ節転移の状態について図解で説明し、内視鏡的粘膜切除手術による治療には適応がないこと、外科的手術であれば適応があること、放射線と抗がん剤治療の併用も可能であるが、2か月程度の入院が必要であり、80~90%の確率で癌が3分の1から2分の1に縮小する可能性があることを説明し、手術又は根治的放射線化学療法を勧めた。しかし、AはYの行っている新免疫療法による治療を受けたい旨述べたことから、同病院の医師はY宛の診療情報提供書を作成した。

Y医師は、免疫学等を専門とする医師であり、Yクリニック等の名称で診療所を開設し、新免疫療法と称する癌の治療を行っていたが、平成15年当時、同クリニックの分院として、Zクリニックを開設していた。

同年4月17日、Aは、上記診療情報提供書及びT大学附属病院の医師が病状の説明の際に用いた用紙を持参し、Zクリニックを受診した。

2.Yは、Aから交付された診療情報提供書等の記載に基づいて、Aに対して、現在の病状を説明し、新免疫療法の理論的な根拠や治療方法については診察室備え付けの患者説明用ファイルを用いて説明したが、Aに外科的手術、放射線治療、抗癌剤治療(以下、これらの治療を「標準的な治療」ともいう)の適応があることから、これらの治療と新免疫療法との併用を勧めた。

しかし、Aがこれを断り、新免疫療法単独での治療を希望したことから、Yは新免疫療法単独でしばらく治療して、経過を観察し、癌の進行が認められれば標準的療法との併用に切り替え、経過が良好であれば内視鏡手術の適応等を判断することとし、その旨をAに説明した。そして、経過観察をするについては内視鏡検査やCT検査等が必要で、そのために必要なフォローアップはW医大で行うことなども説明した。

同日、Zクリニックの丙医師は、Aの超音波検査を行ったが、脂肪肝との所見が得られた他は、他の臓器への癌の移転を示す所見は見られなかった。

3.その後、Aは平成15年5月22日、6月26日、7月31日とZクリニックを受診したが、Yはその都度、前回受診時の採血結果について、各種腫瘍マーカーの推移や免疫検査の結果をAに対して説明し、6月26日には丙医師の下で超音波検査が行われたが、他の臓器への転移が疑われる所見等も見られなかった。

Aは、初診から約4か月後である同年8月28日、Zクリニックを受診した。

超音波検査の結果に異常は見られなかった。Y医師は前回血液検査の結果を説明したが、初診から4か月が経過していることとから、W医大での画像検査の有無について確認したところ、Aは多忙であることを理由に受けていないと述べた。そこでY医師は次回の診察(電話診療)までにW医大において検査を受けるよう指示し、新免疫療法で用いる医薬品及び健康食品について2か月分処方した。

同年9月26日、AはZクリニックを電話し、Y医師による電話再診を受けたが、この際Y医師から腫瘍マーカーの一部について低下傾向にある旨説明された。

同年10月30日、AはZクリニックを受診した。Y医師は前回の血液検査の結果について説明を行い、血液検査の結果については今後も注視すること、そして、W医大での画像検査の結果については次回持参するようAに述べた。

その2か月後の同年12月18日、Aは再度Zクリニックを受診し、診察の際に、Aは時々胃がもたれ、上腹部、腹部の膨満感があることを訴えた。更に、10月30日の受診時に採血された血液検査の結果についても腫瘍マーカーに悪化が見られた。これらのことから、Y医師はAの食道癌の進行の可能性を疑い、新免疫療法において処方している薬の変更を検討することとし、その旨をAに説明し、W医大での画像検査についても再度指示した。

その後、Aは、平成16年2月26日のZクリニックでの電話再診の際に、再度、平成15年12月18日の血液検査の結果について説明を受け、3月2日にZクリニックで採血をした後、4月22日にZクリニックを受診した。

同日、Y医師は同年3月2日の血液検査の結果について、腫瘍マーカーは基準値内に収まっていることを説明したが、Aがこの時点でも未だ初診時に予定していたW医大での内視鏡検査やCT検査等の画像診断を受けていなかったことから、Aの意向を聞いた上で、W医大よりも近く待ち時間も短いS病院での内視鏡検査を受けるよう指示し、同病院宛の診療情報提供書を作成した。

4.同年5月6日、Y医師からの指示を受けたAはS病院で内視鏡検査を受けたが、検査の結果、胃接合部約口側約2㎝から切歯より25㎝の間にボールマンⅠ型病変に変化した腫瘍が認められた。

S病院の担当医師は、上記検査結果を踏まえ、A及びAの配偶者であるXに対し、病状の説明を行い、放射線治療、外科的手術、抗癌剤治療を提案したが、Aは「自分は手術はしたくないのです。」と真剣な表情で身を乗り出して述べた上で、治療法の選択についてはY医師と相談してから決めると述べた。

同月8日、Aは上記内視鏡検査の結果及び治療の選択肢についての提示を受け、Zクリニックを再度受診し、治療方法についてY医師と相談した。Y医師は根治手術及び放射線治療と新免疫療法との併用を提案し、手術及び放射線等についてはE大学の丁教授宛の診療情報提供書を作成し、同教授の診察を受けるよう指示した。

同月24日、Aは、E大学付属病院を受診し、丁教授の診察を受けた。丁教授はAの病状を踏まえ、根治のためには外科的手術が必要であること、手術を受けるのであれば今が最後のチャンスであることをAに話したが、Aは手術を受けるつもりはないと話した。

その後、同年5月29日、AはK大学附属病院も受診した後、同年6月7日、W医大に入院した。

W医大においては、同月21日により放射線治療と抗がん剤治療とを並行して行う根治的化学放射線療法が開始され、同治療は同年8月10日まで行われたが、同月17日のCT検査の結果、癌の遠隔転移(肝臓・肺)が確認され、根治治療は困難とされた。その後、Aは胸水の貯留等が見られるようになり、抗癌剤の単独投与を受けたが、効果が見られず、同年10月1日、死亡した。

 

(損害賠償請求)

患者遺族(配偶者)の請求額:合計1億4696万9498円
(内訳:治療費513万7410円+通院交通費33万2800円+葬儀費用83万842円+逸失利益1億1066万8446円+A及びAの配偶者X固有の慰謝料計3000万円)

 

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:100万円
(Y医師の説明義務違反により、治療選択における自己決定権が侵害されたことについての慰謝料)

 

(裁判所の判断)

1.新免疫療法についてのY医師の説明義務違反の有無

(1)Y医師の説明義務の内容

まず、裁判所は、Y医師の行っている新免疫療法は、癌の治療方法としては医学的に確立され一般的に承認されたものではなかったと判示しました。

そして、未確立の治療方法については、医学的に確立され一般に承認された治療方法とは異なり、当該治療方法によった場合の治療効果や治療に伴う危険性等について一般的な認知がなされていないことから、当該治療を行おうとする医師において、患者に対して、ア:患者の現在の状態(病名、病状)の他に、イ:当該治療方法の具体的な内容及びその理論的根拠、ウ:当該治療法の長所及び短所、エ:当該治療法を行った場合の過去の治療成績、オ:当該治療法を行った場合に予測される予後の見通しについて可能な範囲で具体的な事前説明を行うべきであると判示しました。

次に、裁判所は、Y医師の行っている新免疫療法は、標準的な治療方法が可能である場合には、標準的な治療方法と併用しつつ、それぞれの治療方法との相乗的な効果を期待して行うものであり、実際にY医師はAに対しても放射線等の治療法との併用を勧めているが、Aがこの勧めを断り、新免疫療法単独での治療を希望したため、結局は新免疫療法単独でしばらく治療し、経過を観察することとしたというのであるから、この点に係る患者の自己決定に必要な情報としては、新免疫療法単独での治療をした場合の治療効果(過去の治療成績を踏まえた危険性や予後を含む。以下同じ)を可能な限りで具体的に説明すべき義務があり、標準的な治療方法との併用を前提とした治療効果の説明のみを行ったとしても不十分であると判示しました。

(2)Y医師の説明義務違反の有無

裁判所は、本件では、新免疫療法単独で治療を行った場合の治療効果を説明すべき義務があるというべきところ、この点についてY医師が十分な説明を行ったものとは認められないとしました。

新免疫療法は、標準的な治療方法の適応がある患者については基本的に標準的な治療方法との併用を想定するものであり、特に食道癌については、Y医師自身、その当時、標準的な治療方法をやり尽くした患者以外に新免疫療法単独で治療した経験はなく、その治療効果について、Y医師において説明可能なデータを十分に有していなかったと考えられると判示しました。

また、Y医師は、少なくとも食道癌については新免疫療法単独で根治するとは考えていなかった(せいぜい内視鏡手術が可能な程度に癌が縮小する可能性を期待していたにとどまる)というのであるから、これらの事実、すなわちa)標準的な治療方法が可能な患者に対する新免疫療法単独の治療実績はなく、その効果についての十分なデータはないこと、及びb)特に、食道癌については新免疫療法単独で根治は考えられないことを説明すべきであったと判断し、Y医師の説明義務違反を認定しました。

2.Y医師の説明義務違反と死亡との因果関係

この点につき、裁判所は、まず、Aは少なくとも侵襲度の高い外科的手術については強い拒絶の意向を有していたと認定しました。また、放射線と抗癌剤との併用治療についても、一定の治療効果(しかも、その治療効果は、Y医師において提示された標準的な治療と併用した場合の新免疫療法の治療効果より高い数値の治療効果)が得られることの説明を受けたにもかかわらず、これらの治療を受けることに対して相当消極的であったことが推認されるとしました。

また、Y医師がAに対して標準的な治療と新免疫療法との治療との併用を勧め、新免疫療法単独の治療中に癌の進行が認められれば、標準的な治療との併用に切り替える旨の説明をしていることからすれば、新免疫療法単独での治療が標準的な治療方法と併用する場合に比して治療効果が不十分となる危険性は少なくとも黙示的には示されており、そのことはAも認識していたと考えられること、Aは初診時のYの説明から、新免疫療法により腫瘍の縮小が見られた段階で内視鏡下での手術を行うことを期待し、そもそも新免疫療法単独での癌の根治を目指していたものではないことも併せて考慮すると、仮に、Aが初診時において、新免疫療法単独での治療効果についての十分なデータはないこと、Aが罹患している食道癌について、新免疫療法単独で根治することは期待できないことの説明を受けたとしても、外科的根治手術、放射線、抗癌剤等の標準的な治療方法を受けることに消極的であったAにおいて、(標準的治療との併用への切り替えを念頭に置いたうえで、内視鏡手術の可能性を目指す)新免疫療法単独での治療を断念し、標準的な治療法を受けたものとまで認定できないと判示しました。

裁判所は、以上のことから、Y医師の新免疫療法単独での治療効果についての説明義務違反は認められるが、当該説明義務違反とAの死亡結果との因果関係は認められないと判示しました。

裁判所は、Y医師の説明義務違反により侵害された利益は、Aが自己の癌の治療法を選択するにあたって、新免疫療法を単独で行う場合の癌の進行の危険性について十分な説明がされなかったことに係る治療選択における自己決定権に留まると判示し、この点についての慰謝料としては100万円が相当であると認定しました。

裁判所はY医師への損害賠償請求を100万円の限度で認容し、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2014年4月10日
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