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No.387 「腰背部痛を訴える患者に対する診察に過失があり、腹部大動脈瘤の破裂を発見できず、患者が死亡。遺族の請求を全部棄却した一審判決を変更して、病院側に損害賠償を命じた高裁判決」

広島高等裁判所平成30年2月16日判決 医療判例解説77号42頁(2018年12月号) 

(争点)

  1. 診察時に、患者は腹部大動脈瘤が既に破裂し、又は切迫破裂の状態にあったか否か
  2. 診察をした神経内科医師に過失があったか否か

(事案)

患者A(69歳の男性)は、平成9年末頃から平成10年2月にかけて、脳血栓で他院において入院治療を受けていたが、同年3月、椎骨脳底動脈循環不全症であり、抑うつ状態が疑われる患者として、Y地方独立行政法人の設置するY総合医療センター(以下、「Y病院」という。)を紹介され、神経内科及び神経科(精神科)での通院治療を受けるようになった。平成17年以降、神経科治療薬のほか、頭痛時の痛み止めとしてロキソニンの処方を受けていた。

平成19年5月、AはY病院の耳鼻科を受診し、起立性低血圧の指摘を受けた。また、平成19年11月、ぎっくり腰となったが、この腰の症状は平成20年1月には軽快した。

Aは、平成21年10月28日、左下肢の脱力を訴え、Y病院の神経内科で脳梗塞との診断を受けて、同年11月10日まで入院治療を受けた。Aは、脳梗塞の後遺症として、左半身の片麻痺が生じた。

そして、平成22年7月5日以降、AはY病院の神経科において、うつ病および脳梗塞の治療を受ける取扱いがされるようになった。

Y病院の神経科において継続的に測定されていたAの血圧は、平成23年以降、概ね、収縮期120mmHg以上、拡張期65mmHg以上であり、高いときには収縮期150mmHg、拡張期85mmHgを超えることもあった。

11月7日、午前7時頃、Aは起床し、朝食後(食べた量は明らかでない。)、新聞を読んで朝飲む薬を服用したところ、右の腰背部痛が突然発生した。体を動かさないでいるときも痛む安静時痛であり、湿布を施したが、効果はなかった。Aが苦しそうにしていたため、Aの妻X1は、同日午前9時に予約していた歯医者に行くことを躊躇していたものの、Aが行くように勧めたことから、一度は自家用車で歯医者に出かけた。しかし、歯医者に到着していたX1にAから電話が入り、Y病院に行きたいので帰って来てほしいとの話がされた。そこで、X1は急いで帰宅し、Aが手配していたタクシーが到着するのを待ち、Aをタクシーに乗せて、Y病院に向かった。

なお、Y病院よりも近くに救急病院が存在するが、A及びX1は、脳梗塞の再発を心配しており、かかりつけのY病院に行くことにした。

Aは、タクシーに乗車中に連続して2回、胃液や唾液の混ざった物を口から吐き出した。食物残渣は含まれていなかった。また、Aは、自宅を出るまでに血圧計で血圧を測ったところ、収縮期血圧は70~80mmHg台であった。

同日午前10時20分頃、Aは、Y病院救急部の受付の床(2ないし3m先に待合室がある。)に座り込んでいたところをY病院救急部の受付担当職員に発見され、同職員及び同人の連絡を受けて来たB看護師、C看護師及びD看護師により車椅子に乗せてもらった。C看護師は、A及びX1から症状等を聴取して、救急部問診表に記載した。

D看護師は、C看護師の指示を受け、Aを処置室内のトリアージブースに移動させ、バイタルサインを測定した。Aは、バイタルサインを測定された後、しばらく車椅子に乗ったまま待合室で待機していた。X1は、Aが腰痛を訴えたことから、看護師に対して、Aをベッドに移動させるように求め、C看護師はAを車椅子に乗せて救急部処置室内のベッドまで移動させた。

Aの救急部問診表はY病院救急部のE医師に渡された。E医師は救急部問診表を確認した上で、B看護師に対して、Aに再トリアージをすること及びその結果に問題がなければAに一般外来を受診させることを指示した。 B看護師は、Aの下へ行き、A及びX1から容態を聴取した。

AおよびX1は、以前脳梗塞になったときに左手の震えの症状があったが、右手の震えがそのときのものと似ており、脳梗塞の再発が心配であること、腰痛があること、高血圧であることなどを話し、B看護師は、救急部問診表に「右手ふるえた」、「腰痛(+)」、「高血圧」、「再梗塞への不安」と記載した。また、AがY病院耳鼻科のH医師にかかっていること、Aが仮声帯肥大、起立性低血圧と指摘された旨をAが話したことから、この旨を救急部問診表に記載した。さらに、B看護師は、AがY病院神経科のG医師にかかっていること及び11月30日に受診の予定があり、薬をもらうことになっていることを聴取し、その旨も記載した。

B看護師は、Aについて聴取し、待っている間の状態に変化がなかったことから、緊急性が低いと判断し、また、AおよびX1も脳梗塞の再発の不安を述べたことから、Aに対して、神経内科の一般外来を受診することを提案し、その際、担当医師がZ医師であることを告げた。Aがこれを了承したことから、B看護師は、その旨をE医師に報告し、E医師から、Aについて神経内科の一般外来を受診させるとの指示を受けた。

そこで、B看護師は、車椅子でAを内科の一般外来の待合室に移動させ、内科外来の看護師に対して、AおよびX1が訴えた脳梗塞の再発の不安、救急部でのAのバイタルサインの測定結果及びそれまでの聴取内容について申し送りをし、救急部問診表を渡した。

11月7日、午前10時54分頃、Aは、X1とともに、Y病院の神経内科の一般外来の受付をし、X1は、神経内科問診表を記載した。

同日午前11時頃から、Z医師による診察が行われた。Z医師は、本件診察に先立ち、神経内科の問診表を確認した。また、看護師から、Aがいったん救急部で受付をした後に、それが取り消されて一般外来を受診することになったという経緯を聞いていたが、その具体的な理由については聞いておらず、救急部問診表の確認もしなかった。

Z医師は、車椅子に乗ったまま診察室に入室したAに対して、「本日はどうされましたか。」と質問した。この質問に対して、Aは、時系列順に、2週間前から不眠であり頭部全体に痛みがあること、この症状に対して、Y病院の神経科のG医師から処方されたロキソニン及びデパスを飲んでいたこと、今朝もすっきりとせずに起床して新聞を読んで薬を飲んだら腰痛が発生して気分不良となったこと、腰痛に対して湿布を貼ったが効果がなかったこと、腰痛について具体的には右腰背部痛であること、救急部を受診したことを回答した。

そこで、Z医師は、上記内容をカルテに記載し、続けて、救急部を受診した際に発熱がなかったことのほか、Aのバイタルサイン(体温、血圧、酸素飽和度及び脈拍)を記載した。これらの数値はいずれも正常であり、異常値は含まれていなかった。

さらに、Z医師は、Aが腰背部痛を訴えていることを踏まえ、尿路結石、尿路感染症及び腎盂腎炎等の尿路系の疾患を鑑別するために、Aの排尿について質問した。Aは、排尿は普通であり、頻尿、残尿及び排尿痛がないと答えたことから、Z医師はその旨をカルテに記載した。

Z医師は、Aに対し、腰背部痛につき外傷によるものであるか(外傷エピソードがあるか)、安静時痛か体動時痛かについての問診をしなかった。また、Aが訴えた気分不良についても、その内容を具体的に聴取したことはなかった。

問診の後、Z医師は、腰背部痛につき尿路系の疾患を鑑別するために、Aの肋骨脊柱角を打診して叩打痛がないことを確認し、その旨をカルテに記載した。

次に、Z医師は、腸閉塞、イレウス及び腹膜炎等の消化器系の疾患を鑑別するために、Aの腸管の蠕動音を聴診したところ、正常であったことから、その旨をカルテに記載した。さらに、Z医師は、Aの腹部を押すなどして、腹壁の異常、腹部の硬化及び腹部の腫瘤の有無を確認したが、特に異常がみられなかったことから、その旨をカルテに記載した。

Z医師は、脳梗塞を鑑別するために、Aの四肢の腱反射に亢進があるかを確認したところ、左側の腱反射が亢進していたことから、そのことを示す図をカルテに記載した。その際、右側には亢進がなかったので、Z医師は、新しい脳梗塞の兆候はないものと判断した。

Z医師は、以上の診察の結果、脳梗塞の可能性はほぼなく、腰背部痛は筋骨格系のものであり、バイタルサイン等に異常がなかったことから緊急性の疾患でもないと判断して、Aに対して、既に神経科から出されている鎮痛剤を服用し、湿布を貼ることにより様子をみること及び症状が続くようであれば翌日にY病院の神経科を受診することを指示して診察を終了し、Aを帰宅させた。

A及びX1は、11月7日午後0時30分頃にY病院を後にし、同日午後1時30分頃、帰宅した。Aは、帰宅後、リンゴとバナナを少し食べ、きなこジュースを飲んだが、その後、二度、嘔吐した。

Aは、同日午後11時過ぎ頃、嘔吐し、意識レベルが低下した。Aの容態が急変したことから、X1は、同日午後11時45分頃、119番通報し、同日午後11時53分頃には、救急車がAの自宅に到着したが、そのときにはAは心肺停止状態にあった。

Aは、Y病院の救急部に搬送されたが、11月8日午前0時54分頃、死亡が確認された(死亡推定時刻は同月7日午後11時50分頃である)。その直接死因は、腹部大動脈瘤破裂だった。

死亡後に行われたCT検査による死亡時画像診断では、Aには腹部大動脈瘤破裂の所見がみられ、腹部大動脈瘤の最大径は55mmであった。血腫は後腹膜腔に止まっており、クローズド・ラプチャー(動脈瘤壁の一部が破綻し後腹膜腔内に出血し、血腫により破裂孔が一時的に圧迫被覆され出血が止まるタイプ)に該当する破裂様式であった。この腹部大動脈瘤は、その大きさから1日で生じたものではなく、7日午前中にもほぼ同程度のものが存在していた。

そこで、Aの遺族であるX1ら(Aの妻子)が、Z医師には、腰背部痛を訴えるAの診察において、十分な問診を行わなかった過失があり、これにより上記診察の時点で腹部大動脈瘤の破裂または切迫破裂の状態にあったAは救命のために必要不可欠な緊急手術を受けられずに死亡した旨を主張して、Yに対し、診療契約の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求をした。

原審(山口地方裁判所平成28年2月17日判決)は、Aに対する診察の時点において、同人の腹部大動脈瘤が破裂又は切迫破裂の状態であったとは認められないなどとして、X1らの請求を全部棄却した。

そこで、X1らはこれを不服として控訴した。

(損害賠償請求)

請求額:
6286万3960円
(内訳:逸失利益1051万2080円+死亡慰謝料3000万円+葬祭関係費175万1880円+遺族ら固有の慰謝料(妻と子2名の3名合計)1500万円+弁護士費用560万円)

(裁判所の認容額)

原審の認容額:
0円
控訴審裁判所の認容額:
3290万9664円
(内訳:逸失利益840万9664円+死亡慰謝料1800万円+葬祭関係費150万円+遺族ら固有の慰謝料(妻と子2名の3名合計)200万円+弁護士費用300万円)

(裁判所の判断)

1 診察時に、患者は腹部大動脈瘤が既に破裂し、又は切迫破裂の状態にあったか否か

この点について、裁判所は、

(1)
Aには、11月7日午前の時点において、最大径55mmもの大きさの腹部大動脈瘤が存在していたこと
(2)
Aが11月7日朝に訴えた腰背部痛は、突然発症した急性で、体動時でなくても痛みのある安静時痛であり、Y病院の救急部を受診することを要すると感じられる程度に痛みの強いものであったこと
(3)
Aは、11月7日朝の収縮期血圧が低下したこと
(4)
若干の嘔吐をしていたこと
(5)
Aの直接の死因が腹部大動脈瘤破裂(クローズド・ラプチャー)であったこと

の各事実が認められるとしました。

裁判所は、医学的知見によれば、上記(1)の動脈瘤は大きくて破裂しやすい状態であったこと、上記(2)の腰背部痛はその発症様式および性状からすると内臓に由来するものである可能性が相当に高いこと、上記(3)の低血圧は出血が生じたことを原因とするものであること、上記(4)の嘔吐は腹部大動脈瘤の破裂の症例において観察されることがあること、そして、上記(5)のとおりAの死因が腹部大動脈瘤破裂(クローズド・ラプチャー)であったことからすると、Aにおいて、腰背部痛を訴えた時点からY病院に到着した時点までのいずれかの時点において、上記(1)の腹部大動脈瘤が破裂したと認めるのが合理的であると判示しました。

2 診察をした神経内科医師に過失があったか否か

まず、裁判所は、以下のような医学的知見を指摘しました。

  • 腰痛は、筋骨格系に由来し対処療法で対応可能な症例が大半であるが、内科的疾患を原因とし緊急処置が必要となる症例の場合もあるから、緊急度が高い疾患や内臓に由来する疾患を鑑別することが大切であること
  • 緊急度が高い疾患や命にかかわる疾患として注意すべき疾患の一つに大動脈疾患があるとの文献、腰痛に関し、見逃してはならない生命に拘わる疾患として腹部大動脈瘤の破裂、解離性大動脈瘤等の血管疾患を挙げる文献があること
  • 突然腰痛を発症した場合、血管や消化器等の臓器が詰まった(尿路結石等)、破れた(大動脈瘤破裂)、裂けた(大動脈解離)、捻れた(S状結腸捻転等)病態をまず考えること
  • また、内臓に由来する腰痛の場合には、安静時にも痛み、姿勢や体の動きによる増悪がないこと
  • よって、緊急性の高い疾患、内臓に由来する疾患を見逃さないため、外傷、発熱の有無、既往症(免疫抑制状態、悪性腫瘍等)のほか、急激な症状の出現(発症様式)、安静時痛の有無を聴取する必要があること
  • 内臓由来の腰痛の原因として想定すべき腹部大動脈瘤の破裂は、失血死をすることがあるから、原因を鑑別する上で最も緊急性が高い疾患の一つであること

そして、Aの腰背部痛につき、急性の安静時痛であり、その程度としてもY病院の救急部を受診することを要すると感じられる程度に痛みの強いものであったこと、血圧低下及び嘔吐の症状が随伴していたと認められると判示しました。

その上で、上記医学的知見によると、Z医師は、Aの腰背部痛につき、整形外科由来の疾患ではなく内臓由来の疾患であるとの疑いをもつことが可能であり、CTを実施することにより腹部大動脈瘤の破裂の診断をすることができたということができると指摘しました。

そして、上記医学的知見によると、腰痛の診断として、緊急性の高い疾患、内臓由来の疾患を除外診断により優先的に鑑別すべきであるとされ、腹部大動脈瘤の破裂又は切迫破裂は、その中でも緊急性のかなり高い疾患の1例に挙げられていることが認められるとしました。

そうすると、Z医師は、本件診察において、腰痛を来す疾患として、緊急性の高い疾患と筋骨格系に由来する疾患とを鑑別するにつき、その発症様式、性状、程度及び随伴症状を問診し、急性の安静時痛があるとの症状及び血圧低下等の随伴症状を聴取した上で、緊急性の高い腹部大動脈瘤の破裂又は切迫破裂を疑い、CTを実施すべき義務があったというべきであると判示しました。

しかし、Z医師は、本件診察において、神経内科問診表を前提にして、車椅子に座ったままのAの様子を見ながら問診を進め、聴取した内容を踏まえて、尿路系疾患及び消化器系疾患を除外するための打診、触診及び聴診をしたが、Aが訴えていた腰背部痛の性状につき安静時痛であるか否かについては聴取しておらず、発症様式についても特に掘り下げての聴取、検討をしておらず、また、気分不良の具体的内容についての聴取も行わなかったのであり、これらによると、鑑別問診の対象とすべき必要性の高い腹部大動脈瘤の破裂又は切迫破裂の可能性を想定した具体的な検討がされていなかったものと認められると判示しました。

そして、Aから、腰背部痛が急性発症の安静時痛であり、血圧が低下していたことなどを聴取することができたとするならば、腹部大動脈瘤の破裂又は切迫破裂を疑うことができ、CTを実施することにより、腹部大動脈瘤の破裂を発見することができたと認めることができるとして、Z医師による本件診察につき過失があったと判断しました。

以上から控訴審裁判所は、X1らの請求を全部棄却した原判決を変更し、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲でX1らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年7月 9日
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