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No.290「膀胱癌患者が、膀胱全摘出術及び回腸導管手術後にイレウスを発症し、その後死亡。術後管理につき病院側の責任が否定された地裁判決」

宮崎地方裁判所 平成8年6月28日判決 判例時報1603号99頁

(争点)

Y病院の医師による診療行為について、Aのイレウスに対する、吸引療法の遅滞又は水分電解質の補給不足による注意義務違反が存し、これによりAが死亡したかどうか

 

(事案)

患者A(死亡当時77歳の会社役員の男性)は、平成3年7月ころK内科医院に通院していたところ、血尿が認められたことから、精密検査のため、Y医療法人の開設するY総合病院(以下、Y病院)を紹介された(以下、すべて平成3年)。

Y病院の体制は、常勤医師が23名、非常勤医師が28名、看護師(准看護師などを含む。)が159名であり、うち泌尿器科については、常勤医師が2名、非常勤医師が1名、看護師が15名であった。

Aは、8月8日、Y病院泌尿器科外来を訪れ、Yとの間で膀胱・尿道の精密検査及び膀胱・尿道に関する疾患の治療を目的とする診療契約を締結し、尿検査、超音波検査及び膀胱鏡検査などを受けた結果、多発性乳頭状膀胱腫瘍のため入院が必要と診断され、同月13日からY病院に入院した。

Y病院のB医師(Y病院泌尿器科部長)が、CTスキャン撮影などの検査を順次実施し、腰痛麻酔による膀胱鏡検査を行い、採取した組織につき病理組織検査を実施したところ、膀胱後壁に2カ所の乳頭状腫瘍があり、同所に癌細胞が認められた。

B医師は、Aと家族の同意を得た上で、外科医と麻酔医の補助を受け、9月4日午後2時1分から全身麻酔による膀胱全摘出及び回腸導管造設術を開始し、手術は午後7時45分に無事終了した。

Aは、9月4日午後7時52分ころ人工呼吸器及び挿管を付けたまま集中治療室に帰室し、同日午後9時30分ころ麻酔が切れ、半覚醒状態になり、翌5日午前零時30分ころには、自発呼吸が安定したことから、人工呼吸器などが取り外された。

Aは、手術後、腸管麻痺(生理的イレウス)の状態になったが、9月6日午後8時ころ(術後約48時間経過時)最初の排ガスが認められ、腸管運動機能が一旦正常状態に戻った。

B医師は、手術直後から癒着性イレウスの発症を警戒して、輸液療法として経中心静脈栄養療法(IVH)を行い、一日当たり約2000ミリリットルの水分電解質を補給するとともに、腸蠕動亢進剤であるパントールを予防的に投与したり、看護師に対し、排ガス、排便、腹部膨満感及び嘔吐などにつき注意しつつ看護するように指示を与えるなどした。

Aは、9月12日以降、断続的に腹部膨満感を訴えるようになるなど腸管運動機能の低下が認められるようになった。Aは、9月16日午後5時ころから、排ガス、排便の停止など術後イレウスの症状を呈するようになったが、嘔吐及び脱水症状は認められず、腹痛も自制範囲内であるなど、程度は未だ軽微だった。

Y病院の医師らは、術後イレウスに対する一般的な治療として、食事や水分の経口摂取を禁止したほか、腸蠕動亢進剤であるプリンペランを投与し、また歩行を促すなどの保存的治療を継続して行った上、看護師に対し、嘔吐物の確認や排ガス・排便の有無など症状の観察を徹底するよう指示した。

9月17日以降、嘔吐が認められるようになるなどイレウス症状が悪化したが、排ガス・排便は認められ、白血球数の急激な増加も見られないなど、未だ単純・不完全イレウスの状態にあった。

Aは、9月19日午前1時30分ころからイレウス症状の悪化が認められたため、Y病院の医師らは、各種検査の結果などの所見を総合し、Aが汎発性腹膜炎による麻痺性イレウス又は腸壊死を合併した絞扼性イレウスを発症した疑いがあると判断し、保存的治療の限界を認識し、開腹によるイレウス解除術を選択することを決定した。

B医師は、A及びその家族の同意を得た上で、9月19日午後10時48分、T医師(Y代表者でY病院院長)は、B医師ほか4名の医師(麻酔医を含む)の補助を受け、全身麻酔によるイレウス解除術を開始し、開腹したところ、Aのイレウスはかなり癒着が進行していて(小腸が腹壁に癒着し、空腸が脂肪組織に癒着し、さらに前回手術時の回腸吻合部が回腸導管部付近に癒着していた)、吻合部を含む回腸の腸管が骨盤底部に落ち込むような形できついV字型に屈曲していた(キンキング)ものの、腸が捻れていることはなく、腹膜炎を起こしていることも、動静脈の絞扼による血行障害も認められなかった。いまだ単純性のイレウスであり、切除の必要はないと判断したT医師らは、再癒着によるイレウスの再発を回避すべく腸管が急角度で癒着することを防ぐスプリンティングの役割を果たすチューブを空腸から回盲部内に設置し、その両端は体外に露出させた。

上記手術が9月20日午前3時10分頃無事終了したことから、午前3時20分頃挿管したまま集中治療室に搬入された。

9月20日午前4時40分ころの体温は37度と落ち着き、午前7時ころ名前を呼ばれてわずかに開眼するということがあったものの、午前10時ころから39.8度の発熱が認められるようになり、また、低下傾向にあった血圧が降下を止めず午前11時30分ころには80mmHg台―30mmHg台まで低下した。

Aは、麻酔から覚醒する予定の9月20日正午ごろになっても、呼名反応、対光反応及び睫毛反射が全く見られず、体温も38.9度と高かった。

Y病院の医師らは、Aに解熱剤及び抗生物質を投与し、氷枕を使用するなどして経過を観察したものの、Aの高熱は改善されなかったことから、神経内科のK医師に診断を仰いだ。K医師は、同日午後4時30分ころ、Aを診察したところ、Aには、対光反応及び角膜反射がわずかに認められ、人形の目現象も認められるものの、深昏酔に陥り、痛み刺激に全く反応せず、四肢も弛緩した状態であったことから、大脳が広範囲に障害を受けた瀰慢性脳障害の状態で、脳幹の機能もかなり低下しているものと診断した。

Aは、その後も症状が改善されることなく、41度を超す発熱を続け、血圧もさらに低下し、9月21日午前2時7分死亡した。

Aの遺族(子供4名中の3名)が、Yに、Aのイレウスに対する吸引療法の遅滞又は水分電解質の補給不足による注意義務違反(診療契約上の債務不履行)に基づく責任があるとして損害賠償請求訴訟を提起した。

 

(損害賠償請求)

原告(遺族)らの請求額 : 遺族合計1000万円
(内訳:患者の逸失利益384万4800円+慰謝料2000万円+弁護士費用100万円の内金)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額 : 0円

 

(裁判所の判断)

Y病院の医師による診療行為について、Aのイレウスに対する、吸引療法の遅滞又は水分電解質の補給不足による注意義務違反が存し、これによりAが死亡したかどうか

 

遺族らは、吸引療法の遅滞又は水分電解質の補給不足によりイレウスが悪化し、脱水症(血液濃縮)となって、これがAの脳障害を起こした旨主張しました。

これに対し、裁判所は、まず、9月4日に膀胱全摘出及び回腸導管造設術を受けて以降、Aの尿量に乏尿傾向は全く見られないことから、Aが高張性ないし等張性脱水症を発症したとは考えられないと判示しました。

次に、低張性脱水症については、裁判所は、9月20日のヘマトクリット値は54%に達していること及び同月17日以降BUN値が上昇していることが認められると指摘しましたが、Aの尿比重、血圧、Pk値、Pcl値、PNa値に低張性脱水症を疑わせる異常値は存在しないこと及びヘマトクリットの値はイレウス解除術施術の当日(同月19日)までは正常値内にあったことが認められると判示しました。また、BUN値の上昇については、Aに既往症として胃及び十二指腸潰瘍があった上、今回尿路変更術に伴う腸手術を行っていることから消化管出血の可能性があるほか、BUN値の上昇は若干の腎機能障害によっても生じうることなど他の原因も考えられると判示しました。

以上を総合考慮した上で、裁判所は、Aが低張性脱水症を発症していたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はないと判断しました。

さらに裁判所は、Y病院の医師らによるAのイレウスに対する処置は、Aの諸症状に対応したものであって、いずれも適当な処置がなされており、処置に過失は認められないと判断しました。

そして、裁判所は診療契約上の債務不履行を理由とする遺族らの賠償請求には理由がないとして棄却しました。

その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年7月10日
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