広島高等裁判所岡山支部平成30年7月26日判決 ウェストロージャパン
(争点)
急速遂娩を実行せず、帝王切開術が遅れた過失がある否か
*以下、原告(控訴人)を◇1ないし◇3、被告(被控訴人)を△1および△2と表記する。
(事案)
社会医療法人である△1の運営する病院(以下「△病院」という。)は、病床数162床の総合病院であり、産婦人科の診療実績は、平成23年、総分娩数734、うち帝王切開術件数156であった。
◇3は、妊娠週数40週を超え、平成23年〇月〇日、陣痛が始まり、同日午後6時45分頃、△病院に入院し、分娩監視装置によるモニタリングが開始された。
◇3の体温は、38.2℃であった。これは、産科ガイドラインによれば、推奨レベルBとして、連続モニタリングが求められるものである(ただし、トイレ歩行時など医師が必要と認めた時には一時的に分娩監視装置を外すことは可能である。)。
C助産師は、夜間当直であったD医師に報告し、その指示に基づいて破水していないか検査し、D医師に、陰性であったことを報告し、その指示に基づいて、抗生剤を投与し、採血をした。なお、子宮口は3cmであった。
同日午後7時14分頃、CTGの胎児心拍数が80bpm未満で持続時間が約20秒ないし1分間の変動一過性徐脈があった。これは、産科ガイドラインによれば、レベル2であり、推奨レベルCとして、医師に、経過観察、又は、監視の強化、保存的処置の施行及び原因検索が、助産師に、経過観察、又は、連続監視及び医師への報告が求められるものである。
同日午後7時23分頃、CTGの胎児心拍数が100bpm未満を表示する遅発一過性徐脈又は変動一過性徐脈と評価できる一過性徐脈(一過性徐脈の最下点が子宮収縮の最強点と異なる時期にある。)があった。これは、産科ガイドラインによれば、少なくともレベル2であり、推奨レベルCとして、医師に、経過観察、又は、監視の強化、保存的処置の施行及び原因検索が、助産師に、経過観察、又は、連続監視及び医師への報告が求められるものである。
同日午後7時30分頃、C助産師は、破水を確認した。
同日午後7時54分頃から心拍数の減少が始まり、約4分間後に元に戻る高度遷延一過性徐脈があった。これは、産科ガイドラインによれば、レベル4であり、推奨レベルCとして、医師に、保存的処置の施行、原因検索及び急速遂娩の準備、又は、急速遂娩の実行及び新生児蘇生の準備が、助産師に、継続監視、医師の立会いの要請及び急速遂娩の準備、又は、急速遂娩の実行及び新生児処置の準備が求められるものである。
C助産師及びB助産師は、◇3の体位を仰臥位から左側臥位に、更に右側臥位にする体位転換を実施し、帝王切開術に備えたルートキープをして、D医師にコールした。
この間、CTGの胎児心拍数は、徐脈となっている時間帯を除いて、160bpm前後で推移した。
同日午後8時15分頃、D医師は、C助産師に対し、様子を見ること、今はまだ術前検査をしなくてよいことを指示した。
同日午後8時30分頃、C助産師は、◇3が便意を訴えたため、分娩監視装置のモニターを外した。なお、子宮口は4cmであった。
同日午後9時15分頃、C助産師は、ベッドの上で四つん這いの状態になっている◇3に対し、分娩監視装置のモニターを装着したが、◇3が残便感を訴えたため、すぐに取り外した。
同日午後9時25分頃、C助産師は、◇3に対し、分娩監視装置のモニターを装着した。
同日午後9時28分頃から心拍数の減少が始まり、約3分後に元に戻る高度遷延一過性徐脈があった。これは、産科ガイドラインによれば、レベル4であり、推奨レベルCとして、医師に、保存的処置の施行、原因検索及び急速遂娩の準備、又は、急速遂娩の実行及び新生児蘇生の準備が、助産師に、連続監視、医師の立会いの要請及び急速遂娩の準備、又は、急速遂娩の実行及び新生児蘇生の準備が求められるものである。
C助産師は、これが母体心拍か胎児心拍が不明瞭と考えた。
この間、CTGの胎児心拍数は、徐脈となっている時間帯を除いて、160bpm前後で推移した。
同日午後9時50分頃、基線細変動の消失を伴う高度徐脈もあった。これは、産科ガイドラインによれば、推奨レベルBとして、胎児well-being(健康状態)が障害されているおそれがあると判断するものとされ、推奨レベルCとして、医師及び助産師に対し、急速遂娩の実行及び新生児蘇生の準備が求められるものである。
C助産師は、◇3の体位転換を実施した。
同日午後9時55分頃、C助産師及びB助産師は、D医師に報告し、その指示に基づいて、更に、体位転換を実施した。なお、子宮口は6cmであった。
同日午後9時57分頃、D医師は、エコー検査を実施した。
同日午後10時2分頃、D医師は、帝王切開術を決定した。
同日午後10時23分頃、△病院の医師は、帝王切開術を開始した。
同日午後10時25分頃、◇1は出生したが、◇1には自発呼吸、心拍ともに確認できず、筋緊張もなかった。
その後、◇1には低酸素性虚血性脳症による脳性麻痺の障害が残った。
そこで、◇らは、△病院の医師(△2医師を含む)及び助産師には、◇3に対する分娩監視を適切に行わなかった過失、帝王切開術が遅れた過失、又は、◇1に対する蘇生措置を適切に行わなかった過失があると主張して、△1に対して民法715条に基づき、△2医師(△病院の医師)に対し民法709条に基づき損害賠償請求を求めた。
原審(平成29年1月25日岡山地方裁判所判決)は、分娩監視及び帝王切開術に関する過失等を認めず、△2医師に蘇生ガイドラインに反して、気管内挿管を実施しなかった蘇生措置に関する過失を認めたものの、本件後遺障害との間に因果関係は認めず、本件後遺障害が残らなかった相当程度の可能性による慰謝料の請求権も、産科医療補償制度による補償金で全て填補されたと判断して◇らの請求をいずれも棄却した。
そこで、これを不服として、◇らは控訴を提起した。
(損害賠償請求)
- 患者側の請求額:
- ◇ら合計2億0499万3190円
(内訳:不明)
- 原審裁判所の認容額:
- 0円
(控訴審裁判所の認容額)
- 控訴審裁判所の認容額:
- △1につき1億3085万8910円
(内訳:入院雑費11万2500円+付添看護費45万円+将来の介護費用6467万1320円+装具・器具購入費21万8791円+家屋改造費77万3439円+逸失利益3555万2860円+出生児の入院慰謝料148万円+出生児の後遺障害慰謝料2200万円+父親の近親者慰謝料300万円+母親の近親者慰謝料300万円-損益相殺として産科医療補償制度による補償金1200万円+弁護士費用3名合計1160万円)
△2に対する請求は棄却(認容額0円)
(控訴審裁判所の判断)
急速遂娩を実行せず、帝王切開術が遅れた過失がある否か
控訴審裁判所は、医師及び助産師には、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準を基準として定まる注意義務が要求されるところ(最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決)、この医療水準は、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられるものである(最高裁平成7年6月9日民集49巻6号1499頁参照)と判示しました。そして、いわゆる診療ガイドラインがある場合は、これが、一般的に、医学的知見を集約したものであることからすれば、医療水準の認定に当たって、その記載内容の趣旨及び示されている推奨等を勘案し、考慮するのが相当であるとしました。
これを産科ガイドラインについてみるに、胎児心拍数波形のレベルに応じた対応と処置は、推奨レベルCとされており、また、絶対的なものではなく、対応の決定に際しては、妊婦の背景並びに施設の諸事情を考慮することが求められ、対応と処置の実施内容については、これを参考に、各施設において、具体的なルールを定めることが望ましく、医療機関の裁量権に委ねられるべきであるとされているとしました。
ところが、この対応と処置は、「胎児が健康である場合(基線、基線細変動が正常であり、一過性頻脈があり、一過性徐脈が無いとき)」と「胎児well-beingが障害されているおそれがあると判断する場合(基線細変動の消失を伴った、繰り返す遅発一過性徐脈や高度変動一過性徐脈、または、高度遷延一過性徐脈や高度徐脈が出現するとき)」以外に関して一致した意見をみていなかったところで、これら2つの極端例以外のパターン(中間分類)に関しても、胎児well-being (健康状態)評価と臨床的対応の標準化を早急に確立する必要があって、記載されることになったという歴史的背景があるものであるとしました。
控訴審裁判所は、このような記載内容の趣旨を勘案すれば、産科ガイドラインにおいて、推奨レベルCは、原則として、「実施すること等が考慮される、考慮の対象となるが、必ずしも実施が勧められるわけではない」と解釈するものであるものの、こと前記胎児心拍数波形のレベルに応じた対応と処置については、常に推奨レベルCの解釈によるのではなく、背景因子(妊娠週数、母体合併症、胎児の異常、臍帯・胎盤・羊水の異常、分娩進行状況等)、経時的変化及び施設の事情(緊急帝王切開術の準備時間等)によって、当該措置を採ることが、医師及び助産師の義務になるというべきであるとしました。
そこで検討するに、まず、◇3は、妊娠週数40週を超え、平成23年〇月〇日、陣痛が始まり、38.0度以上の発熱があり、同日午後7時30分頃、破水もみられていた(ただし、同日午後8時30分頃でも、子宮口は4cmであった。)としました。
その上で、◇3には、同日午後7時14分頃から、変動一過性徐脈等(レベル2)があり、同日午後7時54分に高度遷延一過性徐脈(レベル4)があったから、同時刻頃には、少なくとも産科ガイドラインのレベル3に応じた対応と処置である、助産師に対する連続監視及び医師への報告や、医師に対する監視の強化、保存的処置の施行及び原因検索に相当する対応と処置が、それぞれ求められたというべきであるとしました。にもかかわらず、△病院の医師(△2医師を含まない)は、体位転換により、その後CTGの胎児心拍数が160bpm前後で推移したことをもって、助産師に経過観察を指示しただけで、原因検索を実施することなく、監視強化を実施することもなかったと指摘し、かえって、△病院の助産師は、その後、約55分間も、◇3に分娩監視装置を装着せず、連続監視を怠ったとしました。
控訴審裁判所は、さらに△病院の規模及び設備からすれば、産科ガイドラインの胎児心拍数波形レベルに応じた対応と処置を行うことが困難であるとは認められないと判示しました。
控訴審裁判所は、△病院が、産科ガイドラインと異なる胎児心拍数波形のレベルに応じて行うべき対応と処置のルールを定めていたことを認める証拠もないとしました。
以上のような、背景因子、経時的変化及び施設の事情によれば、産科ガイドラインの胎児心拍数波形のレベルに応じた対応と処置を採ることは、遅くとも同日午後9時25分頃には、△病院の医師(△2医師を含まない)及び助産師における具体的注意義務となっていたと認められると判示しました。
控訴審裁判所は、そして、同日午後9時28分に約3分間の高度遷延一過性徐脈があったことからすれば、△1が主張するように、帝王切開術が経膣分娩と比べて母体の合併症が多いことを考慮しても、もはや、△病院の医師(△2医師を含まない)及び助産師において、産科ガイドラインのレベル4に応じた対応と処置のうち侵襲度の高い急速遂娩を実行する法的な注意義務があったと認められるとしました。
ところが、△病院の助産師は、高度遷延一過性徐脈が母体心拍か胎児心拍か不明瞭であったものを、母体心拍と考え、医師の立会いの要請さえも実施せず、△病院の医師(△2医師を含まない)も、急速遂娩を実行しなかったとしました。
控訴審裁判所は、したがって、△病院の医師(△2医師を含まない)及び助産師には、帝王切開術が遅れた過失が認められると判断しました。そして、これによって、◇1に本件後遺障害が残ったと認め、△1に不法行為責任があると判断しました。
控訴審裁判所は、なお、△2医師は、◇3の分娩の経過の監視及び助産師の報告等に基づく判断に関わっておらず、そのことに責任を負うべき事情も認められないから、以上の過失は認められないと判断しました。また、△2医師を含む△病院の医師が行った蘇生措置における過失の有無について判断するまでもなく、本件後遺障害との間には因果関係が認められないし、相当程度の可能性も認められないから、△2医師に不法行為責任があるとはいえないと判断しました。
以上から、控訴審裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認めました。














