静岡地方裁判所浜松支部令和6年12月9日判決 医療判例解説(2026年2月号)120号53頁
(争点)
緊急帝王切開の不実施に関するに注意義務違反があったか否か
*以下、原告を◇1~◇3、被告を△と表記する。
(事案)
◇3(出産時41歳の女性・初産)は、平成30年10月頃、Wクリニックを受診し、妊娠していると診断された。同クリニックは、分娩を取り扱っていなかったことなどから、◇3に対し、分娩医療機関として市が開設し、△(公益財団法人)が指定管理者として管理する病院(以下「△病院」という。)を紹介した。
△病院は、総合病院であり、産科・小児科を備え、地域周産期母子医療センターの指定を受けている。
◇3は、平成30年12月3日、Wクリニックの紹介状を持参して△病院を受診し、分娩予約などをした。◇3が持参した平成30年12月3日付け紹介状には、妊娠12週0日、出産予定日令和元年6月17日と記載されていた。
◇3の主治医は平成12年4月から△病院の産婦人科の医師として勤務していたA医師であり、B医師(◇3の出産当時△病院の産婦人科の医師として勤務していた)も◇3の診療にも関わっていた。
なお、◇3は、Wクリニックにおいて、平成31年1月24日と令和元年5月16日に溶連菌を目的菌とした一般細菌培養・同定検査を受けたが、いずれの検査でもGBS(B群溶血性レンサ球菌)は陰性という結果であった。
◇3は、令和元年6月12日23時30分頃、自宅で破水した(前期破水)。◇3は、△病院に電話を架け、破水の確認のために来院するように指示されたことから、夫である◇2の運転する車で病院に向かい、翌13日0時1分頃、△病院に到着して診断を受けた。診察の結果、破水(前期破水)が確認されたことから、◇3は、そのまま△病院に入院することとなった。◇3は、入院時、妊娠39週3日であった。
◇3は、令和元年6月13日0時18分頃から同月14日16時16分頃までの間、断続的に分娩監視装置が装着され、医師や助産師によって経過観察がされた。
◇1は、令和元年6月14日16時16分、重症新生児仮死の状態で出生した。啼泣はなく、全身チアノーゼで筋緊張がなく、ただちに人工呼吸が開始された。
16時18分、A医師が心拍を確認するが確認できず、心臓マッサージが実施された。16時21分の時点でも心拍を確認できず、アプガースコアは、出生後1分0点、出生後5分0点であった。
また、16時37分、16時53分及び17時9分に、臍帯血が採取され、血液ガス分析等がされた。このうち、16時37分に採取された臍帯血の血液ガス分析結果は、顕著な代謝性アシドーシスを示すものであった。
◇1は、同日18時20分頃、V病院に救急搬送され、NICU (新生児集中治療室)において低体温療法が開始されたが、両側頭蓋内出血が確認されたため、同療法の継続が不可能になり、6時間ほどで終了となった。
V病院の担当医は、同年10月14日、◇1について呼吸器機能障害があると診断し、その原因として重症新生児仮死、脳出血、GBS敗血症を挙げた。また、◇1の総合所見として、自発呼吸なく呼吸はすべて人工呼吸に依存しており、また、脳性麻痺のため寝たきりの状態で生活のすべてを介護者に依存している、脳障害は強く自発呼吸が回復することは見込めない旨の意見を付した。
◇1は、その後もV病院に入院し続けており、24時間の人工呼吸器による管理を必要としている。◇2(◇1の父)と◇3は、交替で、あるいは両親そろって、入院している◇1の下に通って面会等をしている。◇2及び◇3は、V病院から、◇1について、将来、在宅で人工呼吸管理と栄養注入を行う在宅医療に切り替えることを目指す方針を伝えられているが、現時点でも、◇1の退院時期や、在宅療養が可能となる見込みなどについては具体的に明らかとなっていない。
なお、V病院においては、◇1に髄膜炎が合併している可能性もあると考え、◇1に対し、同年6月25日には、「GBS菌血症に対して、ABPC (抗菌薬であるアンピシリンのこと)、髄膜炎治療量に増量して投与継続」する等の治療行為を行っている。もっとも、◇1の脳浮腫が強く腰椎穿刺ができない状態であるため、◇1について髄液検査は行われていない。
そこで、◇らは、△に対し、△病院の医師及び助産師には、(1)陣痛促進剤(オキシトシン)の投与、投与量及び投与中止の判断に係る過失、(2)適切な分娩監視に基づく報告及び緊急帝王切開を怠った過失、(3)血液検査等や抗生剤の投与を怠った過失があると主張して、診療契約上の債務不履行又は不法行為(民法709条、715条)に基づく損害賠償請求をした。
なお、第一事件の原告は◇1であり、第二事件の原告は◇2および◇3である。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 2億4112万2374円(第1事件)
(内訳:文書料+後遺障害慰謝料+逸失利益+将来介護費+将来治療費+将来付添交通費+将来雑費+弁護士費用。各項目の具体的な金額は不明)
- 請求額:
- 1000万円(第2事件)
(内訳:家族固有の慰謝料一人につき500万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 1億9878万4243円(第1事件)
(内訳:文書料+後遺障害慰謝料+逸失利益+将来介護費+将来治療費+将来付添交通費+将来雑費+弁護士費用。各項目の具体的な金額は不明)
- 認容額:
- 400万円(第2事件)
(内訳:家族固有の慰謝料一人につき200万円)
(裁判所の判断)
緊急帝王切開の不実施に関するに注意義務違反があったか否か
この点について、裁判所は、CTG(胎児心拍数モニタリング図)の所見上、14日4時43分頃にレベル3 (軽度)の異常波形が現れ、その後、CTGの中断時や分娩監視装置の装着不良等により正確に波形を記録することができなかった時間帯を除き、分娩時までほぼ間断なくレベル3から4 (中等度)の異常波形が出現していると指摘しました。特に、7時30分頃からは、レベル4の出現頻度が高まっており、子宮頻収縮が認められるようになった11時16分頃までの3時間45分ほどの長時間にわたって、このような状態が続いているとしました。裁判所は、CTGの異常波形が認められた場合の偽陽性率の高さや、9時3分頃に一時的にレベル2まで波形が改善していること、10時8分頃から10時31分頃まで及び11時55分頃から12時22分頃までの基線波形レベルが1~2と認められること、レベル3の比較的軽度の異常波形も相当数認められることを考慮に入れても、心拍数基線が常に頻脈ないし頻脈傾向にあり(正常脈と認められる時間帯であっても、胎児心拍数は頻脈と正常脈の境界である160bpm付近にあった。)、基線細変動も減少と評価される時間帯が長く続いていることからすれば、このようなCTGの所見からは、遅くとも14日11時16分頃の時点で、胎児血酸素化の不全やその重篤化のおそれを疑うべき状況にあったと認められると判示しました。
そして、このようなCTG所見に加え、前期破水の症例で羊水減少により子宮収縮に伴う臍帯圧迫の程度が強く出る可能性があったこと、発熱があり、子宮内感染の可能性を否定できず、その場合には臍帯の酸素・二酸化炭素の交換機能が低下したり、胎児の低酸素に対する耐性や防御機構が減弱したりしている可能性があったことも考慮に入れると、上記のとおり、異常波形の出現が相当長時間にわたって続いていた11時16分頃の時点では、子宮収縮による臍帯圧迫によってもたらされる一時的な低酸素状態が胎児の健常性を損なう相当程度の可能性があることも十分に考慮に入れるべきであったというべきであると判示しました。
裁判所は、本件では、このような状態で、11時16分頃からは子宮頻収縮と評価されるほどに子宮収縮の頻度が高まっていたのであり、このような陣痛の増加は、早期の経膣分娩につながる場合には、胎児の低酸素状態の解消につながることから好ましい側面もある一方で、分娩進行度や進行速度に照らして早期の分娩が期待できない状態にある場合には、胎児の低酸素状態を悪化させる状態が更に続くことを意味し、異常波形の出現が長時間にわたって続いており、前期破水や発熱といった身体所見も認められる本件においては、これ以上経過観察を続けて、胎児低酸素状態の継続と悪化の可能性を高めることは、母子共に健康な出産を目指して締結された診療契約の目的に照らし、もはや許されない状況にあったというべきであるとしました。そして、本件では、11時45分頃の内診の時点でも、子宮口開大が5cm、Station―2、展退70%に過ぎず、分娩進行度も遅く、オキシトシンの投与を続けても早期の経膣分娩を実現することは望めない状況にあったのであるから、遅くともこの時点で、△病院の医師らは、臍帯の圧迫を強めて胎児の低酸素状態を悪化させないオキシトシンの投与を速やかに中止した上で、緊急帝王切開により急速遂娩する方針に転換し、速やかにその準備と実施をすべき診療契約上の注意義務を負っていたものと認められるとしました。
裁判所は、しかしながら、△病院の医師らは、これ以降も緊急帝王切開により急速遂娩を実施することを怠ったものであるから、△病院の医師らには、このような緊急帝王切開による急速遂娩をすべき診療契約上の注意義務を怠った過失が認められるとしました。
以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。














