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No.464「虫垂切除術を受け、その後下血の続いた入院患者が、貧血で失神を起こしてトイレで転倒。患者に重い後遺障害が残ったことにつき医師らの過失を認めた地裁判決」

名古屋地方裁判所豊橋支部平成15年3月26日判決 判例タイムズ1188号301頁

(争点)

医師および看護師らの術後管理上の過失の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(転倒事故当時26歳の女性)は、平成8年7月4日午後8時(以下、特段の断りのない限り、同月のこととする。)ころ、同日午後3時ころから下腹部痛が出現したとの主訴により、医療法人△の経営する病院(以下「△病院」という。)を受診した。

当直のA医師(消化器内科部長)が◇を診察すると、右下腹部痛、嘔気があり、体温36.8度、血圧120/68、白血球数11400、赤血球数402万、ヘモグロビン12.8mg/dl、CRP1.3mg/dlであり、既往歴として、小学生のころに虫垂炎になったが手術を受けていないとのことであったため、急性虫垂炎を疑い、外科のD医師に診察を依頼した。D医師も急性虫垂炎を疑ったが、婦人科疾患の可能性もあり、この時点での確定診断は難しいと考えた。そして、◇が手術を希望しなかったこともあり、入院させ、絶食の上、抗生剤による治療(輸液療法)で経過観察をすることとした。

5日午前の血液検査では、白血球数12700、CRP5.6mg/dlとなり、D医師が◇を診察したところ、腹膜刺激症状が強度に見られ、虫垂炎であるか婦人科疾患であるかはともかくとして、急性腹症として緊急手術をするべきと判断した。そして、同日午後2時15分ころから45分ころまで、腰椎麻酔の上、D医師及びB医師(外科部長)により本件手術が行われた。本件手術では、腹腔内に中等量の膿性腹水を認め、虫垂炎症状はカタル性であったので、急性虫垂炎、盲腸憩室炎又は付属器炎に伴う汎発性腹膜炎と診断し、虫垂を切除し、ドレーンを留置した。

本件手術後、◇の夫から看護師に対して、付添いを希望する旨の申出があった。◇は女性の6人部屋に入院していため、E師長は一晩だけ付添いを許可した。

△病院では、腰椎麻酔により腹膜炎の手術をした際は、麻酔の影響を考えて、手術当日はベッド上で排泄させるようにしているが、一方、麻酔の影響で腸の動きが悪くなり癒着するのを防止するため、原則として翌日からは歩かせるようにしていた。◇も、5日は、ベッド上で排尿した。

6日午前2時30分、◇から申し出があり、本件手術後初めて歩いてトイレへ行き、排尿した。血液検査の結果、赤血球数385万、ヘモグロビン11.9mg/dl、ヘマトクリット35.2%であった。赤血球数、ヘモグロビン及びヘマトクリットの値は、いずれも貧血の指標とされているところ、この数値は、いずれも正常値ではあるが最下限のものであった。熱は下がり、ドレーンから、軽度膿状液が出ていた。

8日、熱はなく、手術創は清明であったが、◇は、外科医長C医師に対し、帯下が多いと訴え、午後3時ころ、看護師に、排便が1回あり、出血が見られたと訴えた。

9日、ドレーンからの液は清明であった。持続点滴は中止された。◇は、午後3時ころ、看護師に、排便は少量ずつ2回あり、出血が混じり、黒色便で帯下が血性であったと言った。

10日、帯下も減った。腹部症状、嘔気、頭痛はなく、食欲はあり食事を全量摂取した。◇は、看護師に、軟便が1回出たが、血は混ざっていなかったと言った。

11日午前6時ころ、◇は、看護師に対し、帯下は血性であり、便に黒っぽいものが混じっていると訴えた。午前中に◇を回診したD医師は、◇に対し、退院後に注腸造影検査をするように説明した。

12日、◇は、回診したB外科部長に対し、血便があったと訴えたので、B部長は、手術創はほとんどよいが、あと1週間くらい入院予定なので、来週早々大腸ファイバー検査を消化器内科の医師に行ってもらうことを予定した。◇は、この日3回排便があったが、いずれも血便だった。

13日午前6時ころの回診時、◇は、看護師に対し、「今朝も血便がたくさん出てびっくりした。心配で夜も眠れなかった。」と訴えた。便は、前日から4回とも鮮紅色であった。下腹部痛の増強はなく、嘔気もなかった。

その後、◇は、下痢の痛みのような腹痛を覚え、急いで身体障害者用のトイレに行った。身体障害者用のトイレは、車椅子でも利用できるようにスペースが広く、洋式便器で、便器の脇に手すりがあり、床はタイル敷きで、便器から立ち上がると自動的に水が流れるようになっており、身体障害者ではない患者も利用することができ、また、ナースコールが付いていた。◇は、急いでいたため鍵も掛けずに排便したところ、飛び散るような下痢と出血があった。◇は、排便後立ち上がり、降ろしていた下着を戻し、その後便器の方を見たら、水は流れたもののまだ便器に血が付着していたため、トイレットペーパーで拭こうとしたところ、気を失い、その後の状況は覚えていない。

午前7時30分ころ、他の患者からの連絡で看護師が駆けつけると、◇は、トイレの床に仰向けに倒れていた(本件事故)。呼びかけには反応し、発言も聞かれた。◇は、「頭が真っ白になってどうやって倒れたかわからない。」と言い、全身が痺れ、体が痛いと訴えた。会話はスムーズであった。血圧136/60、脈拍78で、離握手ができず、全身ダラダラ状態で、顔色も不良であった。嘔気、頭痛はなかった。緊急血液検査の結果は、赤血球数291万、白血球数5400、ヘモグロビン9.0mg/dl、血小板21.9万であった。

午後1時ころ、頸椎レントゲン及びMRIを実施し、第5及び第6頸椎の脱臼並びに頚髄損傷が明らかになった。午後4時ころ、◇は、救急車でT病院に転送された。

◇は、△病院入院当初から憩室炎であった可能性があり、憩室からの出血が下血の原因であることが考えられるので、T病院では、当面絶食の上、点滴をしながら経過観察をするようにと指示がされた。それとともに、抗生剤の投与による大腸炎を起こしている可能性もあるので、抗生剤の投与を中止することが可能であれば、それも考慮するようにとの指示がなされ、経過観察の結果、◇の下血は治まった。

しかし、◇は、第5及び第6頸椎の脱臼並びに頚髄損傷により、遅くとも平成8年8月1日以後、意識、知力、言語は問題ないものの、損傷部位以下の四肢が完全に麻痺する後遺障害が残り、排尿及び排便は自力でできず、常時介護を要する状態となった。

そこで、◇は、△病院の経営者である医療法人△に対し、転倒の原因は排便中の相当量の下血等によって貧血を起こして失神したためであり、

(1)△病院の担当医師には、貧血の検査及び貧血の治療等を行わず、看護師に対しても◇の観察及び報告を指示しなかった過失が、

(2)看護師には、◇を観察しその異常を医師に報告して指示を仰ぐことを怠った過失及び◇をベッドサイドで排便させたりトイレまで付き添うなどして介護することを怠った過失が、

(3)△病院の医師及び看護師らは、◇が憩室又は憩室炎であったのだから、絶食の上安静にさせなければいけなかったところ、その食事を常食に切り替えたために大量出血を生じさせた過失があるなどと主張して、選択的に、診療契約上の債務不履行(民法415条)又は不法行為(民法709条、715条)に基づく損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
1億5409万5982円
(内訳:逸失利益6056万0107円+介護費用4853万5875円+家屋改造費800万円+慰謝料2600万円+弁護士費用1100万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
5745万4747円
(内訳:逸失利益4767万1582円+介護費用3423万7912円+家屋改造費500万円+慰謝料2400万円-5割の過失相殺5545万4747円+弁護士費用200万円)

(裁判所の判断)

医師および看護師らの術後管理上の過失の有無

この点について、裁判所は、9日の2回の◇の便はいずれも黒色便であり、また、10日午後8時から11日午前6時までの1回の便はいずれも黒っぽいものが混じっていたというものであったのに対し、看護師が2回目に観察した12日午前8時の◇の便の状態は、有形便の周囲の水にうっすらと鮮血が浮いていたのであるから、明らかに出血量が増加傾向にあったというべきであり、△病院の医師らは、遅くとも12日午前8時以降の時点において、看護師らに対し、◇の出血の状況等に応じて、◇に失神を起こす可能性について注意を促し、◇の排便時にトイレまで付き添うなどの指示をするべき注意義務を負っていたとしました。

次に、看護師らの注意義務については、確かに、◇には、本件事故までにだるさ、ふらつき、立ちくらみ、頭痛及び胸の苦しさといった症状があったことを認めることはできないので、本件で、看護師が、◇に対し、トイレまで付き添ったり、ベッド上で排便させるなどする注意義務があったとまではいい難いとしました。しかし、12日は、午前8時に1回、有形便の周囲の水にうっすらと鮮血が浮いているような状態等の血便をした後、午後3時までに1回、午後8時までに1回、翌13日の午前6時前に1回、それぞれ鮮紅色の血液が付着した便をしており、◇は、その都度、△病院の看護師に報告し、特に13日午前6時の回診時においては、◇が、「今朝も血便が沢山出てびっくりした。心配で夜も眠れない。」と訴えていたのであるから、△病院の看護師らは、遅くとも13日午前6時までの時点において、◇の出血量の増加を踏まえて、◇に対し、失神を起こす可能性について注意を促した上で、排便時に相当な量の出血があった場合には立ち上がらずにナースコールで看護師を呼ぶよう指示をして置く注意義務があったというべきであるとしました。

しかるに△病院の医師らは、これを怠り、看護師らに対して上記指示をすることもなく、また、看護師らも、13日午前6時までの時点において、不安を訴えている◇に対して、失神を起こす可能性について注意を促すこともなく、また、排便時に相当な量の出血があった場合には立ち上がらずにナースコールで看護師を呼ぶよう指示をしておくこともなく、◇の訴えを漫然と放置していたものであり、結局◇は、一連の出血による貧血が原因で失神を起こし、本件事故に至ったのであるから、△病院の医師及び看護師らに、本件事故について過失があったと言わざるを得ないとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、この判決は控訴されましたが、控訴審で和解が成立して、裁判は終了しました。

カテゴリ: 2022年10月 7日
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