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No.554「インプラント手術の際、歯科医師が患者のオトガイ下動脈をドリルで挫滅させ、血腫により気道閉塞を生じさせて患者が死亡。業務上過失致死罪を認定した地裁判決を維持した高裁判決」

東京高等裁判所平成26年12月26日判決 ウェストロージャパン

(争点)

歯科医師の注意義務と患者死亡の間の因果関係

*以下、被告人を△と表記する。

(事案)

△歯科医師は、昭和46年に歯科医師として登録し、昭和48年に歯科医院を開業した頃からインプラント治療に携わるようになり、平成4年に歯科インプラント手術を専門に行う歯科診療所(以下「△診療所」という。)を設立してインプラント治療に従事していた。

A(当時70歳の女性)は、平成19年5月18日、インプラント治療を希望して、△診療所を訪れ、歯科衛生士による問診を受け、歯のレントゲン写真を撮影されるなどした後、△歯科医師の診察を受けた。当時、Aには相当数の歯が欠損していたり、一部の歯は歯根のみが残存していたりし、かみ合わせ等が悪い状態となっていたことから、△歯科医師は、同月22日に、A の左下顎に3本、右下顎に1本、左上顎に1本、右上顎に3本の合計8本のインプラント体を埋入する手術をすることとし、Aにその旨を告げて了解を得た。

その後、Aは、同月21日、一度に8本のインプラント手術を行うことに不安を覚えて、△診療所に電話をし、手術を2回に分けるか、本数を減らしてほしいといった希望を伝えた。

△歯科医師は、Aの意向に従い、同月22日には、左下顎に4本、右下顎に1本のインプラント体を埋入する手術を行うことに行うこととした。

△歯科医師は、同月22日午後1時30分頃から、△診療所において、Aに対するインプラント手術を行い、午後1時54分頃から午後2時30分頃までに、左下顎骨に4本のインプラント体を埋入した。

引き続き、△歯科医師は、Aの右下顎第二小臼歯相当部にインプラント体を埋入するための手術に着手し、同部に形成した埋入窩にインプラント体を一旦埋入した。そうしたところ、Aに異常な反応が見られたため、口の中をみると、口腔底が盛り上がっていたことから、出血があったと考え、インプラント体を除去すると、埋入窩から出血があった。そこで、△歯科医師は、ガーゼでその部分を圧迫止血し、10分ほどで出血が止まったと考えて、再びインプラント体を埋入したところ、間もなく、Aがうなり声を上げて体をばたつかせ、やがて腕の力が抜けて垂れ下がった。そして、午後2時46分頃にはAの血中酸素飽和度(SpO2)が82%まで低下した。そこで、△歯科医師は、自ら救命措置を講じるとともに、△診療所外にいた歯科医師である息子に連絡して応援を求め、AEDを使用したり、心臓マッサージや人工呼吸を行ったりしたものの、効果がなかったことから、午後3時9分頃、119番通報により救急車の出動を要請し、この間、AEDを使用して電気ショックをAに与えた。

午後3時23分頃、救急隊が到着したが、Aは既に心肺停止状態であり、気道確保のため、ラリンゲルマスクを挿入するなどの処置がとられた上、S病院に搬入されたが、同病院に到着した午後4時1分頃も依然心肺停止のままであった。

S病院で経口挿管した際には、舌の浮腫と多量の口腔内出血が認められ、心肺蘇生術が実施された結果、午後4時20分頃、Aの心拍が再開したものの、自発呼吸は再開せず、瞳孔縮瞳傾向はなく、対光反射も消失しており、CT撮影の結果、脳の皮髄境界が消失し、びまん性脳腫脹が認められた。また、口底部からの出血が持続し、血圧が低下する傾向にあったため、S病院口腔外科のH歯科医師が血管を周辺組織とともに結紮する処置をした。

しかし、びまん性脳腫脹に伴う脳ヘルニアにより血圧維持が困難な状態が続き、翌23日午前8時30分過ぎごろから、動脈圧の波形が認められなくなり、家族が到着した午前9時18分、死亡が確認された。

原審は、以下の認定をして、△歯科医師の行為は業務上過失致死罪に該当するとして、禁錮1年6月執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。

原審の認定

「△歯科医師は、Aに歯科インプラント手術を実施した際、右下顎第2小臼歯相当部の歯槽頂からドリルを挿入してインプラント体の埋入窩を形成しようとした。下顎の舌側口腔底にはオトガイ下動脈等の血管が走行しており、これらの血管をドリルで損傷すると、出血により口腔底等に血腫を発生させて、気道閉塞を生じるおそれがあったから、その損傷の危険性を認識した上、これらの血管を損傷しないように、ドリルを挿入する角度と進度を適切に調整して埋入窩を形成しなければならない業務上の義務があった。ところが、△歯科医師は、舌側皮質骨を穿孔したとしても血管損傷の危険性がないものと考え、埋入窩をできるだけ深く形成しようとする余り、ドリルを挿入する角度と深度を適切に調整せず、舌側近心方向にドリルを挿入し、右下顎第1小臼歯根尖下方の舌側皮質骨を穿孔してドリルを口腔底の軟組織に突出させるという過失を犯した。その結果、その付近のオトガイ下動脈をドリルで挫滅させるなどし、出血により口腔底等に発生した血腫によって気道閉塞を生じさせて、Aを窒息させ、翌23日午前9時18分頃、S病院において、Aを窒息に起因する低酸素脳症と多臓器不全により死亡させた。」

これに対し、△歯科医師は控訴し、Aは、S病院に搬入後、オトガイ下動脈の出血について何らの処置も施されないまま、大量の出血をした結果、出血性ショックに基づく多臓器不全等により死亡したから、その死亡と△歯科医師によるインプラント手術との間には、因果関係がなく、したがって△歯科医師にも過失もない等と主張した。

(控訴裁判所の判決)

控訴棄却

(控訴裁判所の判断)

歯科医師の注意義務と患者死亡の間の因果関係

△歯科医師は、S病院で適切な治療が施されていれば、Aが死亡しなかった可能性が十分にあるとし、その根拠として、出血量を示すAの血液のヘモグロビン値が、S病院搬入時には正常な範囲内であったのに、その後大きく低下し、S病院において約14時間かけて、血液の約32.75パーセントに当たる約1.614リットルが流出したと推定されると主張しました。

この点について、裁判所は、なるほど、Aの血中のヘモグロビン(HG)値は、S病院に搬入された直後の時点では14.0(単位は「g・dl」、以下同じ。)と正常の範囲内であったが、その後減少を続け、午後9時には10.9となって正常値の下限11を下回り、翌5月23日午前6時17分には8.4まで低下しており、△歯科医師の計算によれば、この間に約1.614リットルの血液が失われたことになるとしました。

裁判所は、しかし、解剖結果によれば、Aの腹腔内には約500ミリリットルの淡赤褐色液汁が、左右の腹腔内には、合計約650ミリリットルのやや薄い血性液が、心嚢には約45ミリリットルの微血性液が貯留しており、これらは血管から体内組織に浸潤した血液とみられるところ、 解剖を行ったB教授の証言によれば、緊急状態では腸管が脳や心臓の血流を保つために絞るような生体反応を示すため、その状態が長く続くと、腸管の粘膜から大量の出血することがあるが、それは、低酸素脳症等の終末像の一つであって、Aの出血は、消化管に多臓器不全等による二次的な出血を大量に認めることなどの要因がかなり関係しているというのであると指摘しました。そうすると、これらの消化管出血は、△歯科医師の診療所において、Aが脳死に準じるような状態になったことにより生じた多臓器不全等による二次的な出血である可能性が強いと認められ、S病院におけるヘモグロビン値の低下は、オトガイ下動脈の遠心の断裂からの出血が同病院において大量であったことの必ずしも十分な根拠とはいえないと考えられると判示しました。裁判所は、付言すれば、遠心の断裂からの出血について処置されず、たとえS病院において相当量の出血があったとしても、それが△歯科医師の実施したインプラント手術に起因するものであることは疑いようもなく、しかも、B教授の証言によれば、Aは、△歯科医師の診療所において高度の低酸素血症が15分程度以上続いた結果、限りなく脳死に準じた状態となり、不可逆的な死に至ったものと考えられるから、S病院における出血は、△歯科医師の行為とAの死亡との因果関係を認めることの妨げとはなり得ないと考えられると判断しました

裁判所は、△歯科医師の控訴審での主張をいずれも採用せず、△歯科医師が、オトガイ下動脈をドリルで挫滅させるなどし、出血により口腔底等に発生した血腫により気道閉塞を生じさせてAを窒息させ、窒息に起因する低酸素脳症と多臓器不全により死亡させたこと、△歯科医師にはインプラント手術における業務上の過失があり、その過失とAの死亡との間に因果関係があることを認め、△歯科医師を有罪とした原判決の認定には誤りがないと判断しました。

以上から、裁判所は、控訴を棄却しました。

カテゴリ: 2026年7月10日
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