福島地方裁判所いわき支部令和2年3月12日判決 ウェストロージャパン
(争点)
- 医師に手技上の義務違反があったか否か
- 説明義務違反及び因果関係があったか否か
*以下、原告を◇、被告を△と表記する。
(事案)
◇(平成19年生まれの男性・本件手術当時3歳)は、平成22年2月1日、誤ってシチューをこぼした際にやけどを負い、地方自治体である△の開設する病院(以下「△病院」という。)を受診したところ、顔面熱傷、前胸部熱傷と診断された。
◇は、同日△病院に入院し、D医師(昭和59年5月医師免許を取得して平成7年5月から△病院の形成外科に所属する)が担当医師となった。D医師が医師免許取得後、本件手術までの間に行った植皮手術は約2000例であり、そのうち頭部を採皮部とする植皮手術は約30例であった。頭皮以外では、大腿部、背部及び腹部などを採皮部とした植皮手術を行ったことがあった。
その後、◇は、胸の一部を残して上皮化したと診断され、同月9日に退院した。退院後、◇は、同月12日、同月16日及び同月19日△病院を受診した。
△病院の医師は、◇の腋窩部の状態に鑑みて、◇の両親に対して植皮手術を提案したが、◇の両親は、植皮手術によらない治療法を調べるため、これを留保した。
◇は平成22年2月23日、I病院を受診した。担当したE医師は、◇の両親に対して湿潤治療について説明し、プラスモイストで被覆し、顔面にワセリンを塗布した。
平成22年2月25日、◇がI病院を受診したところ、両側前胸部、腋窩及び上腕については、周辺部から上皮化が進んでおり、感染症状がなかった旨診断された。
同年3月9日に◇がI病院を受診した際も同様であった。
◇は同月23日にI病院を受診したところ、瘢痕拘縮は起きていないようであるが、創が収縮していると診断された。
◇は、同年7月28日にI病院を受診した際、両側腋窩の瘢痕拘縮を認められた旨の診断を受けた。
平成23年2月14日、◇は△病院を受診した。D医師は、両腋窩及び顔面の瘢痕を認めるとともに、特に右腋窩は拘縮が強いと判断し、右腋窩の植皮手術等を提案した。その際、◇の両親は、手術による傷が目立たないようにしたいと考えたことなどから、でん部からの採皮を要望したのに対し、D医師は、でん部を採皮部とした場合、手術後、日常生活において、採皮部に疼痛が生じるなどの支障が生じるため、適当でないなどと考えて、頭部からの採皮を提案した。◇の両親は、頭部を採皮部とする植皮手術によって禿髪にならないかについてD医師に質問をした。D医師は、◇の両親に対し、「実施するのは分層植皮であり、禿げないよう毛根を残すようにする。採皮しても毛が生えてきて目立たなくなる。通常は2週間程度で生えてくる。」と説明した。◇の両親は、D医師の説明を踏まえ、頭皮を採皮部とする分層植皮手術を受けることに承諾した。
同年3月1日、◇の母は△病院で麻酔科の医師から行われる麻酔の概要等について説明を受けた上で、◇の代理人として、◇が麻酔を受けることに同意した。また、採皮部位は頭皮とし、顔面についての手術については今回行わないこととした。
平成23年3月8日、◇の父は、◇の病態及びその外科的治療の必要性について説明を受け了知したとして、手術を施行することに承諾し、同日、◇は手術のため△病院に入院した。
平成23年3月9日、D医師らは、◇に対し、採皮部である頭皮に生理食塩液を注入して、採皮部位を平たんにした上で、採取する皮ふが約0.3mmになるように設定したフリーハンドデルマトームを用いて頭皮を採取し、採取した頭皮の全部について、その一部はシートのまま、残部はメッシュグラフトⅡデルマトームを利用してメッシュにした上で、右腋窩に移植する本件手術を行った。本件手術においては、フリーハンドデルマトームや生理食塩液のほか、ベスキチン(被覆材)などが用いられた。
平成23年3月9日、本件手術後に◇の後頭部から出血があったため、ガーゼで◇の後頭部を固定したが、その後も後頭部からの出血があり、ガーゼ交換をした。
また、同日の本件手術後、D医師は、◇に対し抗菌薬(セファメジン)を投与し、同月14日にも抗菌薬(セフゾン)の内服を行うとともに、◇の家族に説明の上、抗菌薬を処方した。
平成23年3月14日、◇の植皮部の生着は良好な状態にあり、同月15日には生着が良好と診断されたことなどから◇は△病院を退院した。
平成23年3月18日、◇はS大学総合医療センターを受診した。採皮部には被覆材(ベスキチン)が固着、残存していたが、無理にはがすことはしなかった。同月23日の時点でも、◇の頭部には被覆材が付着しており、少しずつはがしたものを、なお付着していた。
同月26日、◇はS総合医療センターを受診した。その際、◇の頭部(被覆材個着)については、明らかな感染兆候は見られない旨診断されたほかは、◇頭部に発毛が見られない理由について、上皮化が遅れている場合には発毛が見られないことがあり得る旨の説明を受けた。また、◇の腋窩部についてはほぼ上皮化したと診断された。
平成23年3月31日、◇は△病院を受診した。その頭部について、上皮化傾向と診断されたが、右側頭部の浸出液を吸い取り被覆材(エスアイエイド外用)が貼付された。
平成23年4月9日の時点において、採皮部である◇頭部には、発毛している箇所が見られたほか、浮腫状の肉芽などが見られた。
平成23年4月12日、◇が△病院を受診したところ、採皮部に感染が見られたため、Dは当該部位に消毒剤(ポピヨドン液)で消毒し、被覆材(アクアセルAG)で創部の処置を行った。同月22日に◇が△病院を受診した際にも、上皮がない状態での感染がまだある旨診断されるとともに、植皮部は良好である旨診断された。
同年5月2日、◇は△病院を受診し、頭部の消毒などの処置を受け、プロスタンディン軟膏とリンデロンVG軟膏を処方された。◇は、採皮部はわずかに上皮化したとうかがわれる旨診断された。
同月7日、◇が△病院を受診したところ、頭部に感染兆候はないが、処置は同様に継続する旨診断された。
同月20日、◇は△病院を受診し、頭部の消毒や軟膏の塗布などの処置を受けた。◇は、頭部の感染は落ち着いてきた旨及び腋窩については未だ硬いが両手挙上はできる旨診断された。
同年6月2日、◇が△病院を受診したところ、上皮化していない部分があと少しである旨診断され、同月16日に◇が△病院を受診した際には、採皮部は上皮化した旨及び右腋窩は硬い旨診断された。
同月8月11日、◇は△病院を受診したが、その際、D医師は◇の頭部に禿髪の状態がある旨診療記録に記載した。また、同年10月7日に◇が△病院を受診した際に、対応した医師も「頭皮の禿髪は?」と診療記録に記載した。
平成24年2月1日、◇はI病院を受診した。その際、◇頭部には幅3cmの禿髪が3か所認められ、◇腋部の移植片からは発毛が認められた。
平成24年2月24日、◇の両親が△病院に来院し、◇頭部の禿髪が気になる、なぜこうなったのか、植皮部に毛が生えてるのは採皮が深かったからではないのかなどと発言した。
同年3月8日、◇が△病院を受診し、D医師は◇の両親に対し、◇頭部の禿髪などについて説明した。
平成29年6月当時、◇頭部には、長方形状(幅3~3.5cm、縦3~10cm)の禿髪が3か所あり、◇腋部からは発毛している。
そこで、◇は、D医師による、本件手術で予定されている採皮の範囲を超えて頭皮を採取したという手技上の過失及び本件手術に際して頭皮の採皮手術により頭髪が生えなくなる可能性に関する説明を怠った過失により、本件手術後、◇の頭皮から頭髪が生えない状態(禿髪)となり、精神的苦痛を被ったとして、△に対し、債務不履行に基づき、損害賠償請求を行った。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 800万円
(内訳:慰謝料800万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 200万円
(内訳:慰謝料200万円)
(裁判所の判断)
1医師に手技上の義務違反があったか否か
この点について、裁判所は、まず、◇頭部に生じた禿髪のうち、移植部である◇腋部から発毛が見られる限度においては、本件手術において頭皮を採取する際に毛根をも採取したことによって生じたものと認められるものの、◇の禿髪全体が生じた原因については、本来手術において頭皮を採取する際に毛根をも採取したことにあると認めることには疑問が残り、感染により禿髪が生じた可能性が否定できないから、◇の禿髪全体が本件手術によって毛根を採取したことによって生じたとまでは認められないと判断しました。
次に、裁判所は、本件手術において頭皮を採取する際に移植部である◇腋部から発毛が見られる限度で毛根をも採取したことにつき、手技上の注意義務違反が認めるかを検討しました。
採皮部の選択について、D医師は、日常生活における動作に際して疼痛が現れるなどの支障が大きくなく、毛髪が生えてきて、手術創などが目立たなくなることを理由に、頭皮を採皮部に選択し、◇の両親に提案しているとしました。このような採皮部の選択理由は、医療文献等において、頭皮は植皮手術における採皮部として、採皮後の疼痛が少ないことや採取後の瘢痕が目立たないなどの利点を有することが指摘されていることに照らし、一応の合理性を有するものと認められるとしました。そして、採取方法について、D医師は、生理食塩液を頭皮に注入した上で採取する皮ふの厚さが0.3mmになるよう設定したフリーハンドデルマトームを用いて採皮するという方法を選択していると判示しました。この方法は、採皮部を採皮しやすい状態にした上で、採取する皮ふの厚さを設定した採皮に用いる器具を使用して採皮を行うものであり、採皮の際に必要以上に深く採皮するおそれを低減させる方法といえ、本件手術において頭皮を採取する際に毛根をも採取するおそれを最小限化させる合理的なものと認められると指摘しました。
また、本件手術で頭皮を採取する際に、過度に深く頭皮を採取したとも認められないから、本件手術の具体的な態様について不適切な点があったと認めることもできないと判示しました。
以上によれば、本件手術は、合理的な理由に基づいて採皮部を選択した上、頭皮を採取する際に毛根をも採取するおそれを最小限化する合理的な採取方法がとられたものであったと認められ、このような採取方法に基づいて行われた本件手術も、過度に深く頭皮を採取するような態様でされたものとはいえないと判示しました。
裁判所は、よって、本来手術が手技上の注意義務に違反したものであると認められないと判断しました。
2説明義務違反及び因果関係があったか否か
- (1)説明義務違反の有無
-
裁判所は、この点について、D医師は、形成外科医として、相当の経験、知見等を有しており、当然、採皮の際に誤って深く採取した場合はもとより、そうでない場合でも、毛根が真皮の浅い部分に存在し得るために頭皮を採取する際に毛根をも採取するおそれがあること(D医師は、実際に自ら担当した、本件以前の症例では、禿髪を生じた例がなかったものの、禿髪が生じる可能性があること自体について認識していた旨供述する。)や、感染による脱毛のおそれがあることを把握し、かつ、植皮手術の採皮部位として、頭部以外にも、大腿、背部及び腹部などが候補となり得ることを把握していたものと認められるとしました。
しかも、◇の両親が、△病院の医師から植皮手術を勧められた際にこれ以外の治療方法を求めて留保したこと、その後、D医師が植皮手術の必要性を踏まえてその提案をした際も、◇の両親は、その必要性を認めたものの、採皮部としてでん部とすることを求め、D医師がでん部は適切ではないと考えて頭皮を採皮部とすることを提案した後も禿髪が生じないかといった質問を受けるなとしていたのであるから、◇の両親が手術後の整容面を意識し、頭部を採皮部とした場合に、禿髪が生じるおそれについて関心を有していたことを認識していたというべきであると指摘しました。
さらに、本件手術は、本件熱傷後の治療の状況等を踏まえ、既に上皮化した◇の右腋窩部の拘縮を取り除くために植皮の目的としたものであり、その必要性自体をもとより否定できないものの、一刻を争うなど特に緊急性を要するものであったというべき事情も見当たらないと指摘しました。
裁判所は、以上の◇の両親の関心及びD医師の認識に加えて、本件手術が一刻を争うなと特に緊急性を有するものであったとも認められないことからすれば、△としては、頭皮を採皮部とする本件手術を受けることについて、◇の法定代理人である◇の両親から同意を得るに先立ち、本件手術により禿髪が生じるおそれのほか、頭部やでん部以外を採皮部とする植皮手術の可能性やそのメリットデメリットについて、◇(実際には、幼児であり、意思能力のない◇に代わって本件手術を受けるかどうかを決定すべき、◇の法定代理人親権者である◇の両親)に対し、説明をすべき義務を負っていたというべきであるとしました。
裁判所は、しかしながら、D医師の供述等の関係証拠を踏まえても、◇の両親が本件手術に同意するに先立って受けた説明は、手術に際して毛根を残すようにする、採皮しても毛が生えてきて目立たなくなるといったものにとどまり、禿髪のおそれや頭皮やでん部以外の箇所を採皮部とする可能性について説明がされたものとは認められないから、△病院の医師であるD医師すなわち△の履行補助者が、その説明義務を怠ったもの、すなわち△に債務不履行があったものというべきであると判断しました。
- (2)説明義務違反と本件手術との間の相当因果関係
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この点につき、裁判所は、◇の両親が、頭皮を採皮部とする本件手術を行った場合に禿髪が生じるおそれがあることや頭部やでん部以外の部位を採皮部とする植皮手術の可能性について説明を受けた場合に、禿髪が生じるおそれを懸念して頭皮を採皮部とする本件手術に同意せず、それゆえ本件手術が行われなかった高度の蓋然性が認められると判断しました。
- (3)説明義務違反と◇頭部に生じた禿髪との間の相当因果関係
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この点につき、裁判所は、本件手術後に◇頭部に生じた禿髪全体について、その発生原因が毛根を採取したことによるか感染により毛根が死滅したことによるかのいずれであっても、本件手術と相当性を有すると認められるから、本件手術と◇頭部に禿髪が生じたこととの間には、相当因果関係が認められると判断しました。
そして、裁判所は、△の説明義務違反と、本件手術及び本件手術後に生じた◇頭部に生じた禿髪全体との間には相当因果関係があると認定しました。
以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後控訴されましたが控訴審で和解が成立して裁判は終了しました。














