大阪高等裁判所令和6年7月5日判決 医療判例解説(2025年2月号)114号51頁
(争点)
- 医師にミエログラフィーの際にL1/2に穿刺を行ったことにつき過失があったか否か
- 医師に説明義務違反があったか否か
*以下、原告を◇、被告を△と表記する。5個の腰椎(第1~5腰椎)については、それぞれL1~5と表記し、椎間レベルをL1/2 (第1腰椎第2腰椎椎間レベル)などと表記する。
(事案)
◇(当時86歳の男性)は、妻を介護しながら自宅で生活していたほか、要支援1の認定を受けており、杖を用いて歩行したり、腰痛を理由に買物代行サービスを週に一度利用していた。
◇は、平成28年1月17日から、腰痛等を理由に医療法人社団Ⅴ整形外科クリニック(以下「Ⅴ整形外科」という。)に通院加療し、頸椎症、変形性腰椎症との診断の下、牽引等で治療を受けていたが、同年5月下旬から6月初旬ごろ、左下肢痛が出現して歩行困難となった。Ⅴ整形外科は、同月28日付で地方公共団体である△県が設置運営する病院(以下「△病院」という。)に対し、◇が左下肢痛を発症し、MRI検査を施行したところ、L3/4にて狭窄を認めたなどとして、「腰部脊柱管狭窄症、頸椎症、変形性腰椎症」との診断名で、◇を精査・加療目的で紹介した。
△病院のA医師は、V整形外科からの紹介を受け、同月29日以降Aの診療をするようになった。なお、A医師は、平成15年6月から令和3年冬頃まで、△病院で整形外科医として勤務し、脊髄疾患等に関して多数の執刀経験を有する者である。
A医師は、V整形外科の情報提供を踏まえ、当初、L3/4狭窄の場合に一般的にみられる、L4神経根の圧迫を想定したが、同外科で撮影されたMRI画像や、ラゼーグテスト等諸検査の身体的所見に照らし、L4ではなく、L3神経根の圧迫を疑った。
そこで、A医師は、同年7月7日、◇に対して、L3/4の穿刺によるミエログラフィー(脊髄造影検査)及び、その後のCT検査(CTミエログラフィー)を実施したところ、L3神経根への造影剤による描出が確認されなかった。これを受け、A医師は、同日、L3神経根に対して神経根ブロック注射をしたところ、◇の左下肢痛が激的に改善したことから、更にV整形外科とは異なる断面で撮影する形でのMRI検査、L3/4の椎間板造影検査を行い、これらの結果を踏まえ、◇の痛みの原因が主として、L3/4の外側ヘルニアであると判断した。
A医師は、このような判断のもと、同月19日、当該椎間板ヘルニアを切除する手術(外側開窓ヘルニア切除術)を行い、同手術により、◇の腰椎及び左下肢痛が軽快し、◇は短期間のリハビリを経た後、△病院を退院した。
◇は、平成29年3月、L1圧迫骨折が認められたが、コルセット装着等のみの保存的療法の限度での対応がされた。
◇は、平成30年10月10日頃、腰痛、左下肢痛を自覚し、同月15日、△病院の整形外科を受診した。
平成30年10月17日、△病院はMRI検査を施行し、L2腰椎の新鮮圧迫骨折と、L3/4の腰部脊柱管狭窄を認めた。
そして、L2椎体の骨癒合が得られた後も下肢痛等が軽快しなければ、L3/4のPLIF(腰椎後方進入椎体間固定術)を行うとの治療方針の下、骨癒合を待ったが、同年12月時点でも生活に支障を来すほどの左下肢症状が残存していただけではなく、右下肢症状も出現してきたため、これらの下肢症状を改善するため、PLIFを行うこととし、その術前の評価のため、本件ミエログラフィーを実施することとなった。
A医師は、本件ミエログラフィー実施直前の段階で、◇にはラセーグ徴候を認めたため、この狭窄箇所から一般的に想定できる、L4神経根症状があると考えたが、これに加え、前記の経過から、外側ヘルニアの再発による左L3神経根の圧迫については留保を付しつつも疑いをもっていた。A医師は、これに先立って、平成30年12月6日、◇に対して、今後予定される手術の内容のほか、本件説明文書に沿って、ミエログラフィーに関する説明を行った。
本件説明文書には、ミエログラフィーの合併症として頭痛及び造影剤アレルギーが挙げられているほか、「その他、あらかじめ確認できない患者様の身体的個人差もあるため、非常にまれなことですが、予測できない事態が生じる可能性があることについてもご承知願います。」との記載があり、他にミエログラフィーに付随する危険性に言及する記載はない。
◇は、平成30年12月12日、△病院に入院した。この時、◇は歩行器にもたれるような状態で病室内を歩行していた。
平成30年12月13日、本件ミエログラフィーが実施された。
A医師は、本件ミエログラフィー実施に当たり、◇を側臥位にして背を丸めさせ、同医師は背側に立ち、L4/5の腰椎棘突起の間から穿刺を試みたが、針先が骨に当たり脊柱管内に到達しなかった。A医師はさらに、L5/S1 (第1仙椎)、L3/4、L2/3の穿刺を順に試みたが、いずれも針先が脊柱管内に到達することができなかった。
そこで、A医師は、X線の透視下にてリアルタイムで針先の位置を確認しながら、1mmずつ慎重に針を進める形で、L1/2の穿刺を行うこととした。
A医師は、◇の脊髄円錐が、L1/2高位にあるため、L1/2の穿刺が下位腰椎と異なり脊髄円錐損傷のリスクがあることを認識していたが、◇に対して、特段の説明を行うことなく、L1/2に穿刺を開始した。A医師が、L1/2からの穿刺が可能と考えたのは、◇の脊髄円錐の位置と穿刺する針先の位置関係は、MRI画像上、硬膜と脊髄円錐(下端部)との間には、間隔があることが確認できており、本件ミエログラフィー実施時の脊髄円錐の位置は、◇に背を丸めさせたことにより、MRI画像におけるよりも、さらに若干針から遠い腹側に位置することになると考えたことによるものであった。
A医師が穿刺を終え、髄液圧測定及びクエッケンテストを経て、造影剤注入の段階に入り、相当程度まで注入した段階で、◇が痛みを訴え始め、体動したが、そのまま残りの造影剤を注入し、穿刺針を抜去した。
A医師は、腰部脊柱管狭窄症のような変性の強い疾患に関しては、術前検査として、原則全例ミエログラフィーを実施していた。また、△病院は、医師側からのニーズもなかったため、MRIミエログラフィーを施行できる体制は執ってなかった。
◇は、本件ミエログラフィー実施中に痛みを訴え、その後病室に帰室した段階で、左下肢の膝立ができなくなり、左下肢の指先がわずかに動く程度となったほか、膀胱直腸障害を生じ、バルーンカテーテルの使用を要することとなった。
その後、△病院において入院治療が行われ、◇は平成31年2月5日に△病院からWリハビリテーション病院に転院し、令和元年5月8日に同病院を退院したが、その後も、自宅で介護を受ける生活を余儀なくされた。
◇の上記痛みは、本件ミエログラフィーの穿刺による脊髄円錐損傷によるものであり、これにより、◇には左下肢麻痺及び膀胱直腸障害の後遺障害が生じた。
そこで、◇は、△が、A医師には、(1)本件ミエログラフィーの際に、脊髄損傷の高度の危険性があるL1/2の穿刺を行った過失がある、(2)脊髄損傷の高度の危険性があることについて説明することなく、L1/2の穿刺を行ったことにつき、説明義務違反があるなどと主張して、△に対し、使用者責任または診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をした。
原審(神戸地裁令和5年12月14日)は、本件ミエログラフィーにつきL1/2の穿刺を行ったことについて過失が認められ、L1/2の穿刺を行うことについての説明義務違反にも違反するとして、◇の請求を一部認容した。
△は、原判決の敗訴部分を不服として控訴した。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 3202万1434円
(内訳:治療費86万7431円+入院雑費22万2000円+家屋改造費4320円+将来介護費等1052万7683円+傷害慰謝料250万円+後遺障害慰謝料1500万円+弁護士費用290万円)
(裁判所の認容額)
- 原審認容額:
- 2161万0090円
(内訳:治療費86万7431円+入院雑費22万2000円+家屋改造費4320円+将来介護費等645万6339円+傷害慰謝料210万円+後遺障害慰謝料1000万円+弁護士費用196万円) - 控訴審認容額:
- 1904万0064円
(内訳:治療費86万7431円+入院雑費22万2000円+家屋改造費4320円+将来介護費等444万6313円+傷害慰謝料210万円+後遺障害慰謝料1000万円+弁護士費用176万円)
(裁判所の判断)
1医師にミエログラフィーの際にL1/2に穿刺を行ったことにつき過失があったか否か
この点について、裁判所は、一般的に、脊髄円錐はL1/2付近に存在するため、ミエログラフィーのためにL1/2に穿刺することはいかに慎重に手技を行ったとしても、また、脊髄円錐とL1/2との間に間隔が空いていることが確認された場合であっても、他の部位からの穿刺に比して、針が脊髄円錐と接触することによる脊髄損傷の危険性が常にあり得るとの点で、より危険性が高くなる関係にあるとしました。そして、もとより、脊髄を一度損傷すれば運動機能等に重大な障害が残り、これを回復することが非常に困難であること、他方で、ミエログラフィーが患者のくも膜下腔にまで針を穿刺して造成剤を注入する方法により実施されるため、検査時に患者の僅かな動きや体勢の変更等、術者で制御できない不測の事態が生じうることも併せると、L1/2の穿刺は他の部位からの穿刺に比して相当程度危険性の高い手技であるといえると判示しました。そのため、医学上、一般的にミエログラフィーにおける穿刺は下位腰椎とされ、L1/2の穿刺は注意すべきであり、必要性が低ければ避けるべきと解されるのであり、かかる危険性に鑑みると、ミエログラフィーを行うに当たっては、当該症例において、L1/2の穿刺を行う場合であっても、他の部位からの穿刺とは異なり、このような身体に対する別段の危険を正当化し得るに足りる高度の必要性が求められるというべきであると判示しました。
そして、脊椎外科を専門とする医師からは、既に責任病巣が特定されており、本件ミエログラフィーの実施の必要性は低いとの意見が述べられている一方で、本件ミエログラフィーの必要性に関して△が指摘する事項(責任病巣を特定・確認する必要性、手術計画を詳細に立案する必要性)は、いずれも根拠として十分とはいえないのであって、本件ミエログラフィーにつき、L1/2の穿刺を正当化し得るに足りる高度の必要性があったということはできないと指摘しました。しかるに、A医師はL1/2の穿刺に当たって、本件ミエログラフィーの必要性と、L1/2の穿刺による危険性との衡量や代替手段の有無等について、熟慮することなく、その必要性についての判断を誤ったものであり、その判断に過失があったと認定しました。
なお、控訴審において、△は、ミエログラフィーの経験が豊富なA医師が、◇のL1/2の状態を踏まえ、細心の注意を払いながら穿刺を実施したところ、予見が不可能又は著しく困難な◇の大きな体動により、脊髄円椎に針が接触したものと考えられるから、◇に対するL1/2への穿刺の危険性が極めて高いとはいえず、身体に対する別段の危険を正当化し得るに足りる高度の必要性が求められるとまではいえないと主張しました。
控訴審裁判所は、しかし、患者のくも膜下腔まで針を穿刺して造影剤を注入するというミエログラフィーの方法に鑑みれば、術者としては患者が大きな体動することも想定すべきであって、◇に対するL1/2の穿刺の危険性は高いというべきであるから、△のこのような主張を採用することはできないとしました。
2医師に説明義務違反があったか否か
この点につき、裁判所は、ミエログラフィーの際に一般的に穿刺箇所として選択される下位腰椎とは異なり、高位のL1/2に穿刺する方法でのミエログラフィーは、脊髄損傷という重大なリスクを有するものであって、通常行われるミエログラフィーとは身体に対する侵襲の内容、程度が明らかに質的に異なるのであるから、本件ミエログラフィーの事前説明において、通常の穿刺方法を前提とする一般的な説明にとどまり、L1/2の穿刺特有の脊髄損傷のリスクについて具体的な説明が行われていない以上、A医師は、L1/2に穿刺する前の段階で、◇に対し、改めて本件ミエログラフィーの必要性の内容、程度、L1/2に穿刺することに伴う脊髄損傷のリスク、他の代替手段の有無等を具体的に説明した上で、L1/2に穿刺する方法でのミエログラフィーを受けるのかを熟慮し判断する機会を改めて与える必要があったというべきであると指摘しました。しかるにA医師は当初予定していなかったL1/2に穿刺する前に、その方法による脊髄損傷のリスク等に関する具体的な説明を何らしていないのであるから、説明義務違反があると認定しました。
なお、控訴審において、△は、A医師において予見し得なかった◇の大きな体動という事象を前提に、詳細な説明を尽くすべき義務があるとするのは妥当でないと主張しましたが、控訴審裁判所は、A医師において◇が大きな体動をすることも想定すべきであったとして△の主張を採用しませんでした。
以上から、控訴審裁判所は、上記(控訴審認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。














