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No.560「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を受けた84歳患者が出血性ショックにより死亡。適応を欠く手術をしたとして医師の注意義務違反を認めた地裁判決」

東京地方裁判所令和3年8月27日判決 判例時報 2542号70頁

(争点)

患者に内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の適応があったか否か

*以下、原告を◇1および◇2、被告を△と表記する。

(事案)

A(死亡時84歳の男性)は、平成30年(以下、同年の出来事を指す場合には記載を省略する。)3月28日、医療法人社団である△の開設する病院(以下「△病院」という。)消化器内科を受診し、小球性貧血の精査及び消化管出血疑いのため、4月4日に造影CT (腹部・骨盤)検査を、同月13日に上部内視鏡・下部内視鏡検査をそれぞれ受検することとした。

Aは、△病院において、これらの各検査を受けたところ、胃に腫瘍が認められ、生検が実施されたほか、S状結腸憩室が確認された。

Aは、4月25日、△病院の消化器内科を受診し、胃癌疑い(病理検査:Group4)、ピロリ感染胃炎、膀胱結石、結腸憩室との診断を受けた。

Aは、△病院において、5月11日に造影CT(胸部・腹部・骨盤)検査を、6月2日に、腹部超音波・胃透視検査を受け、ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)の治療を受ける方針となった。ESDとは、早期胃癌等に対する内視鏡治療の一つであり、高周波デバイスを用いて病巣周囲の粘膜を切開し、さらに粘膜下層を剥離して切除する治療方法である。

Aは、6月11日、△病院の消化器外科を受診し、Dの診察を受けた。Dは、Aに対し、ESDが適応外であることを説明したが、AがESDの実施を強く希望したため、確実に腫瘍が取れる保証はなく、取れたとしても追加切除が必要になる可能性があること、術中に穿孔が生じた場合や、出血コントロールがつかない場合にはESDを中止する可能性があり、緊急開腹手術になる可能性もあることを説明した上、D医師による本件ESDを7月18日に実施することとした。本件当時、D医師の医師としての経験年数は30年以上35年未満であり、ESDの経験も豊富であった。

D医師は、6月16日、A及びその家族に対し、Aの胃に悪性と思われる腫瘍があること、通常であれば開腹手術の適応であるが、Aが強く希望したため、例外的に内視鏡治療であるESDを行うこととしたこと、ESDで腫瘍を切除できるかは不明であり、確実に取れる保証がないこと、術中に大量出血や穿孔が生じ、緊急開腹手術になる可能性があること、ESDによる治療が難しい場合には、後日開腹手術を実施することを説明した。

術前検査により、本件でESDの対象とされた腫瘍(以下「本件病変」という。)は、約9ないし10cm大の隆起した腫瘍であること、造影CTにおいて異常に太い腫瘍内血管があることが確認されていた。ただし、病巣は胃内に限局しており、リンパ節転移や遠隔転移は確認されていなかった。

Aは、7月18日(以下、同日などの出来事を指す場合には、記載を省略し、時刻のみを記載する。)、本件ESDを受けるために△病院に入院した。

D医師は、午後1時5分、Aと家族に対し、腫瘍を切除できない可能性があること等を説明した上で、午後1時24分、本件ESDを開始した。なお、午後1時15分時点におけるAのバイタルは、血圧が145/66mmHg、心拍数が84bpm、SpO2数値が97%であった。

D医師は、午後1時33分、本件病変周囲の粘膜の切開を開始した。前壁側約半周の粘膜の切開はトラブルなく終了し、午後1時52分から切離面に太い血管が何度も確認されたため、止血をしながら施術を継続した。

D医師は、午後3時頃から、大きなしこり部分の切除を開始した。

D医師は、午後4時20分頃、Aの血圧が86/53mmHgと低下したところ、これを出血のためと判断し、午後4時23分、ボルベン輸液(循環血液量の維持に用いる薬剤)の急速投与を指示し、同投与が開始された。 D医師は、午後4時25分にはAの血圧が103/40mmHgと回復した頃から、本件ESDを継続した。

また、D医師は、午後5時頃から、腫瘍により視野が妨げられることが多くなり、止血に難渋するようになったことから、本件病変を一括切除することを諦め、剥離していた腫瘍を分割切除し、一旦治療を終了する方針へと切り替えた。

Aの血圧は午後6時頃から急速に低下し、午後6時7分には胃の穿孔が確認された。D医師は、(1)午後6時43分の採血の結果、Hb (ヘモグロビン)値が10.4g/dlであり、本件ESDの開始から約5時間で2g/dlほどしか低下していなかったことから、出血量は多くないと考えたほか、(2)血圧低下の原因は、胃を拡張させるために炭酸ガスを注入していることにある、(3)右鼠径部の脈拍が触知できていることから、血圧は70台を保っていると考え、直ちに輸血する必要はないと判断し、凝固血塊を吸引するなどしながら施術を継続した。なお、前記(1)の検査結果にはエラー表示がされていたが、D医師はこれを見落としていた。

Aの血圧は、午後7時15分、68/20mmHgと急激に低下した。D医師は、鼠径部の脈拍が触知できることを確認した上で、補液をしながら本件ESDを継続し、午後7時23分にはスネア(高周波の電流を流して病変を焼き切る器具)による本件病変の分割切除を開始した。D医師は、午後7時30頃分から午後8時頃にかけて、Aの低血圧状態に対して、ボルベン輸液500mlを3本投与したほか、ノルアドレナリン(昇圧剤)やビカネイト(循環血液量及び組織間液の減少時における細胞外液の補給や補正、代謝性アシドーシスの補正に用いるもの)を投与し、午後7時45分と午後7時53分にはクリップによる止血を実施した。

D医師は、午後8時頃の採血の結果、Hb値が4.5g/dlと急速に貧血が進行していることを確認し、輸血が必要であると判断した。また、D医師は、血液ガス検査の結果(pH6.891)、アシドーシス(血液が酸性になること)が進行していると判断し、脱気をするとともにメイロン(炭酸水素ナトリウム液。アシドーシスを改善する。)を追加投与し、その後も、ノルアドレナリンやビカネイト、メイロン等を追加投与した。

D医師は、午後8時38分、輸血が到着するまでの間に、更に出血しないように、一旦ESDを中止することとし、脱気をしながら全身状態を落ち着かせることに専念した。

Aに使用する輸血は午後9時30分に△病院に到着した。D医師は、午後9時34分からAに対する輸血を開始し、輸血によりAの血圧が徐々に回復していることを確認した上で、午後10時8分と午後10時9分にはクリップによる止血を行い、これにより出血が止まったと判断した。

D医師は、午後10時25分、止血を確認し、午後10時31分の採血の結果、Hb値が8.4g/dl、pHが7.182と改善したことを確認して、午後10時54分、Aを内視鏡室から病棟へ移送した。

Aについては、帰室後も低血圧状態が続き、D医師や△病院消化器外科医師において、Aに対する輸血及びノルアドレナリンやメイロン等の投与が行われた。

D医師は、7月19日午後1時6分、Aのバイタルサインが安定しないため、出血の可能性が高いと考えて、胃カメラを実施したところ、複数箇所から細やかな出血があることを確認し、内視鏡で止血した。

Aは、7月19日午前1時29分、心停止となった。D医師と△病院の消化器外科医師らは、同日午前2時15分まで心臓マッサージを継続したものの、心停止の波形は変わらず、Aについては同日午前2時44分、死亡が確認された。

そこで、Aの相続人である◇らが、D医師には、適応外のESDを実施した注意義務違反が認められると主張して、△に対し、使用者責任による損害賠償請求権に基づき請求した。

△病院に設置された事故調査委員会(以下「調査委員会」という。)は、本件に関し、医療法6条の11に基づく医療事故調査を実施し、報告書(以下「本件報告書」という。)を作成した。

(損害賠償請求)

請求額:
遺族2名合計3292万2024円
(内訳:葬儀関連費用150万円+墓石彫刻費用4万6440円+逸失利益538万2673円+死亡慰謝料2000万円+近親者固有の慰謝料遺族2名合計300万円+弁護士費用299万2911円)

(裁判所の認容額)

認容額:
遺族2名合計3168万2672円
(内訳:死亡慰謝料(近親者の慰謝料を含む)2200万円+逸失利益538万2673円+葬儀関連費用150万円+弁護士費用280万円。相続人が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

患者に内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の適応があったか否か

この点について、裁判所は、調査委員会は、本件報告書において、本件ではESDの適応がなかったとして、◇の主張に沿う見解を示しているとしました。

裁判所は、△は、これに対して積極的に反論していない上、本件報告書に示された見解は、医学的知見や診療経過等に即したものであり、基本的にこれを採用することが相当であると判示しました。

すなわち、ESDに係る各ガイドラインにおいて、病変が一括切除できる大きさと部位にあることがESDの適応の基本的な考え方とされており、潰瘍所見の有無に応じて2ないし3cmが一つの指標として掲げられるところ、本件病変はこれを大幅に上回る約9ないし10cm大の腫瘍であった。この点に加え、術前の造影CTにおいて、異常に太い腫瘍内血管が認められていたことにも照らすと、本件ESDにおいては、処置に長時間を要し、多量の出血が見込まれることが事前に予想されていたといえる(ESDは一般的にも出血を伴うことが指摘されているが、本件では前記事情からより一層出血の危険があったといえる。)。Aが本件当時84歳と高齢であったことに照らすと、そのような長時間の施術や出血に耐えうる状況であったとは認め難く、術後の穿孔や出血のリスクもあったといえると指摘しました。

裁判所は、これらの事情を総合的に考慮すると、Aが開腹手術よりも内視鏡治療の実施を希望していたことを踏まえても、本件ESDは適応を欠くものであったといわざるを得ないとしました。

よって、D医師には、適応を欠く本件ESDを実施したことにつき、注意義務違反が認められるとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2026年10月 9日
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