横浜地方裁判所令和7年7月16日判決 判例タイムズ1545号179頁
(争点)
手術においてNBCAを用いてTVEを実施したことが不法行為ないし債務不履行に当
たるか否か
*以下、原告を◇、被告を△と表記する。
(事案)
◇(平成30年1月当時33歳の女性・美容師)は、平成29年8月ごろ、めまい等を主訴として、Aクリニックを受診し、同クリニックにおいて「右後頭葉動静脈奇形~硬膜動静脈廔」と診断され、医療法人社団である△の経営する病院(以下「△病院」という。)を紹介された。
◇は、平成29年8月25日、△病院を初めて受診し、院長のB医師(以下「B医師」という。)に対し、主にめまいの症状があることを伝えた。
◇は、同年9月11日から同月13日までの間、脳血管撮影検査のために△病院に検査入院し、同月15日までの間に、テント下もしくはテント内小脳皮質静脈にシャントポイント(動脈と静脈が連結した位置)を持つ「non-sinus type」のDAVF(硬膜動静脈瘻。脳脊髄を包む硬膜内を走行する硬膜動脈が、本来であれば毛細血管を経由した上で静脈と連結するところ、毛細血管を経由することなく直接に静脈に連結するシャント疾患。動脈を流れる高圧の血液が静脈に流れ込むことによって、逆流等の循環障害を引き起こし、脳内出血等を引き起こすおそれがある。DAVFのうち、動脈が静脈洞(脳の全ての静脈血が心臓に戻る際に通る硬膜内の太い静脈)に連結するものを「sinus type」といい、静脈洞ではなく、通常の細い畳宇脈に連結するものを「non-sinus type」という。)であると診断された。
◇は、平成29年9月22日、B医師から、検査結果や手術を勧める旨の説明を受けたものの、知人の医師を同席した上で改めて説明を受けたいとの意向を示し、同年11月24日に再び説明の機会を設けることとなった。
◇は、平成29年11月24日、◇の母親及び知人の医者を同席うえ、B医師から、今後の治療方針やDAVFに対する治療のための手術(以下「本件手術」という。)に関する説明を受けた。B医師は、同日、◇に対し、「硬膜動静脈廔塞栓術の説明と同意書」と題する書面(以下「本件説明書」という。)を交付した。
上記説明において、B医師は、「やっぱり、リスクの高いことはしたくないので。症状は今はないもんだから。ある程度、このシャント量、動脈から静脈に行く短絡シャント量をできるだけ少なくしておくだけでも別に効果は違う」「だからまずは、あのー、消せるもので消していって。で、どうしてもダメな場合は静脈からまた考えますよってこと」「まず動脈。できるだけ奥まで詰めればそんなリスクは少ない。」「リスクはゼロとはいえないけれど、でも、これ頭の外なんで、比較的、その万が一何かそうなったとしても、脳出血のそういったリスクは少ない。だからできるだけ動脈側からまずやるだけやって、で、何回かに分けてね」「できるんだったら、静脈からで完治させてあげたいっていうのがこちらの希望なんだけど。まぁ、それはその時の手術におけるリスクとそこまでやれる、やれる安全性とリスクと天秤にかけて考えます。とりあえずは一旦はこの量を減らすことをやったほうがいいんじゃないかと思います」などと説明をした。
また、◇が治療経過について質問したところ、B医師は「大体動脈の治療に関しては、2回から3回。2回で終わるかもしれないし、3回ちょっとかかっちゃうかも」などと回答した。
◇は、平成30年1月11日、B医師に対し、署名押印をした本件説明書を交付し、同月13日に本件手術を受けるために△病院へ入院した。
◇は、平成30年1月15日午前9時50分から同日午後0時30分までの間、全身麻酔下で本件手術を受けた。本件手術は、B医師及びC医師(以下「C医師」という。)により実施された。
B医師は、本件手術前の時点においては、動脈側からのアプローチであるTAE(経動脈的塞栓術。DAVFに対する治療法の1つであり、シャントポイントの動脈側にマクロカテーテルを通し、動脈側を塞栓する治療法)を実施する予定であったものの、本件手術開始後、静脈からのアプローチであるTVE(経静脈的塞栓術。シャントポイントの静脈側にμカテーテルを通し、静脈側を塞栓する治療法)を試みたところ、比較的容易にカテーテルがシャントポイントに到達したため、そのままTAEを実施することなくTVEを実施することとした。
B医師は、シャントポイントの静脈側からコイル及び液体塞栓物質であるNBCAを用いて塞栓し、これよりシャントポイントが消失したことを確認した上、本件手術を終了した。
◇は、本件手術直後である平成30年1月15日午後0時50分頃、病室に戻ったものの、頭痛スケール9/10に相当する頭痛や嘔気を訴え、エリーテン(嘔気止め)及びアデフロニック(鎮痛剤)の処方を受けた。しかし、◇は、同日午後2時頃にも頭痛スケール8/10に相当する頭痛を訴え、同日午後3時には「さっきよりましですが、痛いです」と述べ、この時点では頭痛スケール5/10と判断されたが、午後3時50分にも頭痛及び嘔気を訴え、酸素マスクを拒否して外すような状態となった。
C医師は、同日午後4時15分頃、◇に対し、頭部CT検査を実施したところ、◇は急性硬膜下血腫(硬膜とくも膜の間に血液が溜まった状態)であると診断され、同日午後5時頃、緊急開頭手術を受けた(以下「本件緊急手術」という。)。
◇は、本件緊急手術により一命はとりとめたものの、左上肢と左下肢に麻痺が残存し、同年7月1日、同障害を理由とする身体障害者手帳(1級)の交付を受けた。
そこで、◇は△病院の医師(以下「△医師ら」という。)には、◇の同意を得ることなく、適応のない本件手術を実施した過失等があるなどと主張して、△に対し、使用者責任または債務不履行に基づき、損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
- 患者の請求額:
- 2億8368万1412円
(内訳:入院治療費152万9240円+入院雑費65万5500円+長下肢装具代14万0694円++後遺障害逸失利益7953万1428円+将来介護費1億3602万4550円+慰謝料4000万円+弁護士費用2580万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 1億9387万2861円
(内訳:治療費及びリハビリテーション費用152万9240円+入院雑費65万5500円+下肢装具代14万0694円+後遺障害逸失利益4857万8700円+将来介護費1億0164万3922円+後遺障害慰謝料2370万円+弁護士費用1762万4805円)
(裁判所の判断)
手術においてNBCAを用いてTVEを実施したことが不法行為ないし債務不履行に当たるか否か
この点について、裁判所は、以下(1)(2)等の理由から、本件手術において、◇はTVEを実施するに同意しておらず、△医師らによるTVEの実施は医師の裁量を逸脱しており、違法性阻却事由としての患者の同意を欠くものであって、不法行為及び債務不履行を構成すると判断しました。
- (1)◇の同意の有無
-
裁判所は、B医師の平成29年11月24日の説明時の発言内容や質問に対する回答内容に照らせば、かかる説明を受けた患者は、本件手術において、まずは危険性の少ない動脈側からのアプローチ(TAE)を実施するものであると考えるのが通常であり、本件手術後、いずれかの時点において、静脈側からのアプローチ(TVE)を実施する必要が生じる可能性を認識することはできたとしても、少なくとも本件手術において、静脈側からのアプローチ(TVE)を実施する可能性があると認識することは極めて困難であると判示しました。
また、B医師は同日の診療録において、「数回のTAEの後にTVEを考慮」と記載しているのであって、B医師自身も本件手術においてはTAEを実施し、本件手術後に、改めてTVEを実施することを前提としていたことがうかがわれると指摘しました。
そうすると、◇が本件手術においてTVEを実施する可能性があることに認識していた又は認識し得たとはいえず、本件手術においてTVEを実施する可能性があることを前提として、本件手術に同意したと認めることはできないと判断しました。
- (2)裁量逸脱の有無について
-
この点につき、裁判所は、B医師は、◇に対し、自ら動脈からのアプローチ(TAE)の方が静脈からのアプローチ(TVE)よりリスクが少ない旨の説明を実施しており、TAEとTVEはそれぞれ危険性の異なるものであるとの認識を有していたとうかがわれること、△も「non-sinus type」のDAVFに対しては、TVEではなく、TAEを実施することが一般的であることはおおむね認めていること、実際に「non-sinus type」ないしテント部のDAVFについては、TAEを治療の基本とする文献のあること、◇の提出する鑑定書においてもTVEにはTAEとは異なる危険性があることについて指摘されている等の各種事情を踏まえると、仮に、◇のDAVFに対し、事前にTAEを実施することなくTVEを実施することが、本件手術当時の医療水準を逸脱したものとはいえないとしても、少なくとも、本件手術においてTVEを実施するためには、患者である◇に対し、本件手術においてTVEを実施する可能性があることを伝えた上で、その同意を得る必要があったというべきであり、△医師らがこのような説明や◇の同意を得ることなく、本件手術においてTVEを実施したことは、医師の裁量逸脱する違法なものであったといわざるを得ないとしました。
裁判所は、◇は、TVEを実施する可能性があることを前提として、本件手術に同意したものとは認められず、△医師らが、◇の承諾なく、TAEからTVEに術式を変更したことは、医師の裁量を逸脱したものとして違法であり、違法性阻却事由としての患者の同意を欠くものであって、診療契約上の債務不履行及び不法行為を構成すると判断しました。
以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。














